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神無月
風の音だけが草原を渡る夜、この世とあの世の境がひと筋の薄い膜となり、
喫茶店の灯りは、遠い魂を導く標のように揺れていた。
白猫のシロは、焙煎した豆の香りをそっと立ちのぼらせる。
その香りは、夏の名残と秋の気配をひとつに溶かし、静かな闇へと沁み渡っていく。
やがて、気配が草を踏む。
姿は見えずとも、悪魔も魔物も、迷い子の霊も、境界の薄れた夜にだけ現れる客たちだ。
彼らは音もなく椅子に腰を下ろし、シロの差し出す珈琲を、まるで懐かしい故郷の水のように飲み干していく。
苦味は影を鎮め、香りは魂をほどき、温もりは長い彷徨をそっと休ませる。
飲み終えた瞬間、客たちはふっと気配を薄め草原の闇へと帰っていく。
最後の一杯を淹れ終えたとき、シロの頬を冷たい風が撫でた。
境界の夜は静かに閉じ、草原には優しい余韻だけが長く残った。




