第55話 迫りくる脅威
「ようし、窯に火を入れよう」
オラバウルは、坑道から持ち出した松明代わりの薪を炉窯へ放り込むと、炭を追加しながら皆にそう告げた。
ガラン達は坑道から持ち出した道具、タガネやツルハシ、角鋤を炉窯の前に並べていく。
「こっちは『焼き入れ』はいらないな……『なまし』て『戻す』……っと。こっちは叩いてから――」
ガランはブツブツとつぶやきながら、並べられた道具類を必要な工程ごとに分けていく。道具類は硬ければ良いというものではない。硬さは弾力を失うことと同じであり、欠けやすくなる。それは最悪の場合、割れや折れを引き起こし、逆に危険なのだ。鉄が持つ粘り強さ、靭性が道具には欠かせない。硬性と靭性、そのバランスを『焼き戻し』で調整する。
「俺とアインは見張り、じゃないが、向こうで自分達の道具を手入れしとくよ。――行こう、アイン」
「あぁ、毛皮も洗おう。――何かあれば声をかける。では」
タイガとアインが立ち去るその背に、ガランが声を掛ける。
「気遣いありがと!」
タイガは背を向けたまま、アインは振り返り、手を挙げてそれに応えた。
「ボクは話を聞きながら『作品』の準備しよっと」
アッシュは補修用の革セットを取り出し、革紐を編み始める。ガランはポーチから何やら取り出し、それを炉窯の炭に放り入れると、角鋤を手にした。炉窯の温度が上がりきる前に、波打った平刃から叩き伸ばすようだ。オラバウルはそんな二人を微笑ましげに見ながら、懐からパイプを取り出してその火皿に煙草の葉を詰める。火皿に火を移し、二度三度と吸っては吹きと繰り返し、その煙を楽しみながら口を開いた。
「じゃあ、竜の話でもするか」
「うんうん!」
「教えて教えて!」
ガランの頷きと、アッシュの好奇心輝く瞳に促されるように、オラバウルも二人と三角形を作るようにどっかりと腰を下ろして語り始めた。
「――言い伝え、昔話みたいなもんだがなぁ。昔っから俺達ドワーフは……いや、ヒトもエルフも同じだな。俺達は山の恵みってやつに、随分助けられたはずだ」
ガランとアッシュは頷き、時折オラバウルに視線を移しながらもそれぞれの作業を続けている。
「だが、それと同じくらい恐ろしい目にも遭った。土砂崩れ、崖崩れ、事故やなんかも有ったろうなぁ。道に迷い込んで谷に落ちたり、獣に出くわしたり、な。――だから感謝と同時に、畏怖の念も抱いたはずだ」
オラバウルの語りで、ガランもアッシュも今までのことを振り返っていた。アッシュは自然に囲まれた森で育ち、ガランはそれこそ死を覚悟しながら山を越えたのだ。恵みと災いは背中合わせだ。
ガランは自身の頷きに合わせるようにハンマーで角鋤の曲がりを直し、アッシュも頷きでリズムを取るように組紐を編んでいる。
「そんな山を遠くから見た時、その山影は何か大きな、とても大きな生き物のように見えただろう。ほら、そこの岩も」
そう言ってオラバウルが指差した先には、ゴツゴツとした岩が日に照らされ、その表面に陰影を作り出していた。
「見ようによっちゃあ、誰かの横顔にも、正面を向いた猪のようにも見えるだろ?」
「うんうん。猪だ!」
食いしん坊のガランがそう言えば、柔軟な発想のアッシュも感じたことを口に出す。
「あれは……逆さになった鳥じゃない?」
「ガハハ! 確かに鳥にも見えるな。だが山のような――文字通り山と同じ大きさの生き物なんぞ見たことはない。だからその、山の姿から想像させる何かに名前を付けた。それが竜という呼び名。恵みをもたらすが災いも呼ぶ、竜という生き物を想像した」
「「竜……」」
「山によってその竜は見え方が違う。裾野が広い山は、うずくまった獣に見えたかもしれない。山肌が荒れた岩山なんかは、鱗を持つヘビやトカゲに。いろんな竜を想像しただろう。そして、どの山にも地層地脈がある。俺達ドワーフの鉱夫は、精霊が通るだろうその脈を、いつからか竜脈と呼ぶようになった」
「竜脈は……枯れるの? 枯れたらどうなるの?」
ガランは手を止め、オラバウルに問うた。オラバウルは少し首を傾げ、苦笑いを浮かべる。
「わからん。わからんが――精霊は今も近くにいる、ということはわかる。精霊が力を貸してくれる、それが証拠だ。だが、枯れたら――そうだなぁ……例えば、鉱脈は掘り尽くせば枯れるが、さっき坑道で話した通り、また精霊が地を押し上げたら、鉱脈は戻って来るだろ? 同じ場所かもしれんし、違う場所かもしれんがな。だから恐らく竜脈も同じ。枯れた場所がもしあったとしても、きっとまた現れるはずだ。精霊がいなくならない限りは、な?」
オラバウルはそう言って、パイプを燻らせる。
ガランは考えていた。祖父は確かに枯れたと言った。しかしその先は言わなかった。竜脈について語ったオラバウルの話も理解できるものだ。どちらかが嘘をついているわけではない、とそこまで考えてはっと気付いた。どちらも真実だと。ガランはその気付きを小さくつぶやいた。
「爺ちゃんは、オレが留まることを心配したんだ……!」
オラバウルの言うように竜脈は『きっとまた現れる』のだろう。しかし『同じ場所か、違う場所かわからない』。
祖父は危惧したのだ。ガランがひとりぼっちでそれを待ち続け、集落と共に朽ち果てるのを。だから下手な希望を抱かせるその先を言わなかった。そうだ。精霊はすぐそばにいるのだ。ならば竜脈は甦る、精霊がいる限り。
緑豊かに復活した集落を思い描き、ガランは力強く頷いた。
「うん……うん!」
希望を感じたガランの心に火がついた。改めて道具の手入れに向き合う。これもドワーフの秘伝、技に繋がるはずだ。ひとつ息を吐き、火と、鉄と戦う。
角鋤の波を叩き伸ばし、丸タガネの切っ先を再び尖らせ、ツルハシの剣先を鋭く整える。焼きなまし、焼き戻し、焼き冷まし。道具類の手入れを次々と終わらせた。
鉄に篭った熱を冷ましている間に、アッシュから頼まれた『作品』の部品作りに取り掛かる。
材料は廃坑で引き抜いた釘。一番最初に炭の中に放り込んでいたのはその釘だ。
「アッシュ! 今から作るよ!」
「うんうん! こっちも準備できてるよ!」
アッシュは革紐で編んだ組紐を掲げて見せる。
ガランは一度頷き、火鋏で真っ赤に焼けた釘を取り出す。それをヤットコで掴み、ハンマーで叩き、細く伸ばしていく。細く、細く。針のように鉄を伸ばしていく。
二本は靭性を高め、曲がりやすさを求めて焼き戻し、砂に突っ込んで冷ます。
二本は硬性を高め、平タガネで指ほどの長さで斜めに断ち切ってくの字に曲げ、水で急冷する。
日が中点を過ぎた頃、ガランの作業は終わりを迎えた。後は道具類の鉄に残った熱をゆっくり冷ますだけだ。そこでようやくガランは深い息を吐いた。
「ふぅ……。できた」
「ガランお疲れ様!」
アッシュの労いの言葉に、ガランは手ぬぐいで汗を拭きながら頷きで答える。そしてオラバウルもガランの仕事ぶりを褒める。
「うん、なかなかの手際だ! ブラウドに追いつけるかもな。ガハハッ! ――しかしこの細いのは、何に使うんだ?」
オラバウルの疑問にアッシュが自慢気な笑顔を見せる。
「これがボクらの作品になるんだ! この曲がった針をこうやって組紐に通して――どう? 棘のある紐! これをもっと長く、たくさん作れば、獣避けになると思うよ!」
アッシュはそう言って針の生えた組紐を見せる。
「なるほど! イバラの代わりか!」
オラバウルがポンと膝を打つ。
「こっちも同じだよ。二本の針金を作って、互い違いに針をつける。捻りながら針を縛って針金も太くするんだ。もちろん途中にたくさん針をつけて。鉄のイバラだね!」
アッシュの提案でガランが材料を作った『二人の作品』。それは有刺鉄線であった。
オラバウルはそのまだ短く、針の本数も少ない組紐と針金を手に取り、まじまじと観察しながら感想を告げた。
「紐で作る棘付き棒ってとこか。獣を寄せ付けないだけなら十分だな。――若干太さと長さ、硬度に検討の余地はあるが、試作品としては及第点以上だぞ!」
「狩るのが目的じゃないしね。太いトゲだと獣の毛皮は突き破れないけど、細いと刺さりやすいと思うなー。チクッとするだけで逃げると思う」
アッシュは弓を扱うだけに刺突性がわかっていた。針なら刃を付けなくても刺さりやすいのは事実だ。革の縫製の経験で獣の皮の固さは実感済み。ガランもトゲに対して嫌な思い出があるのか、困ったように眉尻を下げた。
「チクチクするのはオレも嫌だな。寝床にトゲムシとかいたら嫌だもん。トゲムシのトゲじゃ死なないってわかっててもね。――ブラウ兄に意見を聞いてみても良いかもしれないね」
「ボク、毛虫は大っ嫌い……」
アッシュも嫌そうに顔をしかめると、ガランとオラバウルは小さく笑った。三人で炉窯を片付け、道具類を坑道に運んでいた時。不意に森から一斉に鳥達が飛び立つ羽音が聞こえた。大小さまざまな鳥の群れがウルラスの方角に飛び立ち、さまざまな鳴き声を上げている。
「なんだ……?」
オラバウルが飛び立つ鳥たちを見ていると、そこにクーも戻ってきた。
「ピッキュ! ピッピッキュ!」
警戒の鳴き声にガランとアッシュに緊張が走った。
「オラバウルさん! 魔物か獣だよ! もしかしたら――」
ガランがオラバウルに危険を告げた時、青い顔したタイガとアインが炉窯の前に駆け寄ってきた。
「ガラン! アッシュ! 森の獣達の動きがおかしい! やばいかもしれんぞ! 小物や猪、狼やらクマでさえ、何かから逃げてウルラスに向かってる!」
「捕食する側の獣が逃げ出すなんて普通じゃない!」
タイガとアインの言葉を聞いたオラバウルは早かった。
「――俺達で避難を呼びかけよう! ガラン、アッシュ! 飯場に残ってる者を下の局舎に誘導してくれ! 俺は坑道に知らせる!」
「わかった! こっちは任せて!」
オラバウルの指示に大声で返すガラン。それを聞いてオラバウルは坑道へと駆け出した。ガランはすぐさまタイガに確認する。
「――タイガさん! 荷は?」
「タープもすべて畳んで荷造りしてある、二人の分も含めてな!」
頷くガランは次にアッシュに声を掛ける。
「ありがと助かるよ! ――アッシュ、急ごう! クマが追われてるってことはクマより大きい……オオヒグマが魔物化したのかもしれない!」
「だね、ガラン! クー! 上から見張るんだ! 行け!」
「キュキュ!」
アッシュは冷静にクーに警戒の指示を出し、魔物と思われる脅威を監視させる。ガラン達四人はそれぞれのリュックを担ぐと飯場へと急いだ。
「鉱夫の皆さん! ここにいる皆も! すぐに避難して! 魔物が出たかもしれない!」
ガランの言葉がすんなり入ってこないのか、そこにいた鉱夫達はただ呆然と立ち尽くしている。
「魔物なら……ここで様子を見たほうがいいんじゃないか? なぁ?」
ガランは内心で舌打ちする。この心理状態をジローデンから聞かされていた。
正常性バイアス。
人は咄嗟の時に『大した事ない』と、発生した事実を過小評価してしまうのだ。これを解決させる方法は幾つかあるが、ひとつは『明確で具体的で、分かりやすい指示を出して考えさせない』ことだ。パニックを起こさせては元も子もない。ガランは近くにいた鉱夫に改めて指示を出す。
「そこの人! 隣の人と一緒に水袋を局舎に運んでくれない? そっちの人はその鍋を運んで欲しいな。ありがと! 助かるよー」
アッシュはのん気に笑いながら皆の手を引っ張る。
「はーいみんなこっちこっちー。ボクに付いてきてー。さぁ手を繋いでいくよー。はい、手を離さなーい。来て来てー」
タイガはおだてて動かす作戦のようだ。しかし額からは冷や汗が流れている。
「最低限食料がいるな。――お! あんた体格いいねぇ! あんたならきっと芋袋くらい余裕なんだろな。よっし! これ持って驚かしてやろうぜぇ」
「任せろ! 二袋は軽いぜ!」
アインは同情を誘う言葉で一緒に逃げて欲しいと訴える。
「すまない。私はどうも怖がりで、良かったら皆と一緒に逃げたいんだ。お願いだ、連れていってもらえないだろうか」
実際にアインの膝は震えており、少なからず本心も含まれているのだろう。
「なんだしょうがないな。一緒に行ってやるよ」
そう答えた鉱夫の足も震えていた。
四人はそれぞれ工夫しながら鉱夫達を次々と外へ誘導していく。
そしてほぼ全員が外へ出た時。森の奥から一番聞きたくない音が聞こえた。
ゴオオォアアァッ!
魔物の咆哮。その咆哮で現実に引き戻される鉱夫達。続いて木をへし折ったのか、メキメキと破砕音が響き渡る。鉱夫達は息を呑み、不安げに周りを見渡す。大丈夫なのかと小声で話す者もいた。
そこですかさずガランが声を張り上げる。
「大丈夫! 局舎の頑丈さは知ってるでしょー! 馬防柵もあるし、慌てて怪我すると恥ずかしいよー! さぁ先に進んで! 局舎は近いんだから、心配いらないよ!」
そうこうしてる間に局舎へと着く。魔物の咆哮を聞いたヨゼフとケインズは既に馬防柵を開け、準備をしていた。
「おぉ! 皆落ち着いてるなぁ。さあさあ、入った入ったー」
ヨゼフが皆を緊張させないよう砕けた態度で接し、順に収容していく。ケインズもにこやかに笑顔を見せ、皆を迎え入れる。不安を言葉に出し、ささやきあっていた鉱夫達に安心感を与えようとしているのがわかった。
ガランはアッシュと視線を交わし、目で会話する。力があるのは恐らく自分達だけだ、と。アッシュも意を汲んで頷く。二人はクーの飛翔を目で追った。距離はまだあるが、黒い巨大な影が木々の隙間から見え隠れしている。ガランとアッシュはその魔物を足止めすべく、ゆっくりとその場を離れたのだった。
実は意外にも有刺鉄線は近代19世紀頃からと言われてます。
針金自体はかなり古く、紀元前からありました。
この話ではガランは釘を打ち伸ばし、短いながらも針金を作りましたが、中世ではそういった手打ちの他、太い丸太に巻きつけながら引っ張り伸ばしていたそうです。その動力は水車。
有刺鉄線は産業革命の機械化で生まれたものかもしれませんね。
その有刺鉄線で作るのが鉄条網。
あの渦巻きのような丸いやつ、まさに『鉄のイバラ』ですね。
ご興味があれば、是非検索してみてくだい。
そしてピンチが訪れようとしてます。
ガランとアッシュはこの危機にどう立ち向かうのでしょうか?




