第54話 カカラ鉱山(後編)
鉱夫飯場の一角で一夜を明かしたガランたち。
朝日に照らされながら、ガランとアインは日課の槍の稽古に励んでいた。
突き、薙ぎ、払う。
振り、捻り、廻す。
ガランのその姿を手本に、アインも動きをなぞる。
腕や足の関節の動き。
重心の移動。
踏み込み。
少しでも技を盗もうとするアインの姿勢が、その瞳にも現れていた。
少し離れた場所では、アッシュが弓の鍛錬をしていた。
立てた弓の弦を腕の内側から引き絞り、狙い、放つ。
胸の前で矢を番え、胸を張りながら両腕で引き、放つ。
しゃがんだ姿勢で弓を横に持ち、弦を腕の外側に構え、速射する。
弓を縦横に、弦を内外にしたそれぞれの構え。弓と矢を同時に引くか、弓を先に構えて右手のみで引き絞るか。障害物や足場、状況に合わせて使い分けなければならない。
そしてタイガは――
昨夜は鉱山敷地内ということもあり、緊張感から解放されたタイガは、半熟卵が乗ったサラザンの薄焼きを大層気に入り、それを肴に酒をしこたま飲んだ。当然まだ、夢の中である。普段なら、皆と一緒に槍の稽古に励んでいるのだが、野営時に護衛として、慣れないながらも一番気を張っているのも彼である。こんな日があってもいいと、皆わかっている。
そのタイガもようやく目覚め、タープから出てきた。
「みんな、おはよう……」
「「おはよう!」」
皆に挨拶をすると、タイガも身体を動かし始めた。ブツブツとつぶやき、腕を大きく上に上げる。
「腕を前から上に上げ……背伸びの運動から――いっち、にーい、さん、し――」
ガランたちはタイガとアインが同行するようになってから、アッシュの提案で身体をほぐす準備運動を毎朝行うようになっていた。ガランたちは『ラヂオタイソー』と聞かされているが、その言葉の意味はアッシュを含めて誰も知らない。だが、寝固まった身体をほぐすにはちょうどいい運動だった。
それぞれが鍛錬と準備運動を終え、朝食も済ませた頃。飯場の食堂から微かに聞こえていた鉱夫たちの話し声が途切れ、しばらくするとその食堂からオラバウルが出てきた。
「お、皆朝飯は済んでるな」
「オラバウルさん、おはよう!」
「「おはよう」」
ガランらの元気な挨拶に、オラバウルも笑みをこぼして挨拶を返す。
「あぁ、おはよう」
「これ、昨日話したブラウ兄ぃからの紹介状!」
オラバウルはガランから革筒を受け取ると紐を解き、中の紹介状に目を通す。
「……なるほど。ガランは北の隣国の出か。アダモスには――言わんでもいいだろ。ブラウドも元気にやってそうだな」
「うん! トゥサーヌじゃ、職人は引っ張りだこみたい。それで秘伝の技と竜脈なんだけど……」
「そうだなぁ、何から話すか……」
オラバウルは顎に手を当てて、少し考える素振りを見せる。癖なのか、親指でしきりに顎髭を撫でている。
「くりんくりんだねぇ……」
アッシュが思わずつぶやいた。オラバウルの髭はブラウドとは違い、毛先があちこちにカールしていて、まるで羊のようであった。恐らくそのカールにこだわりがあるのだろう。ガランもその柔らかそうな髭に見送った爺さんたちの髭を重ねたようで、小さく頷いている。そんな二人の視線を意にも介さず、オラバウルが口を開いた。
「作業もあるし、脈からにするか。炉窯も使うんだろ?」
「うん! アッシュに何を作るのか聞かなきゃだけど……」
ガランがそう言ってアッシュに視線を向ければ、アッシュはにこやかに微笑みながら、何かに期待しているかのように二度頷いた。
「そんじゃ、ま。行くか」
オラバウルの案内で現場へと足を進める四人。飯場をぐるっと半周する位置に炉窯があり、その先に採掘場か坑道があるようだった。炉窯の横には厩舎もある。今は厩舎に馬の姿はないが、掘り出した鉱石を運ぶ馬車がここに来るようになっているのだろう。周囲を見れば雨水を貯める大きな桶と洗い場もあり、その先に宿舎の裏口が続いている。ガランは、現場から洗い場を経由して飯場に入ることで、宿舎を清潔に保つその配置に感心していた。ひとり頷いているところにオラバウルの声が掛かる。
「これだな。ここにも炭はあるが、ここの炭はあくまでも蹄鉄とか馬具、道具やなんかの手入れ用。鉱山局舎で管理してる炭だ。許可なく使えんが――どうだ? 道具の手入れをするついでに作れそうか?」
オラバウルの問いかけにガランはアッシュを見る。何を作ればいいのかわからないからだ。アッシュもそれに気付き、ガランを手招きすると、皆から少し離れた場所でガランに耳打ちする。
「ガラン……! えっとね……ゴニョゴニョゴニョ……で、ゴニョゴニョゴニョ……くらいの……どう?」
「それなら……ゴニョゴニョゴニョ……でいけるね。だけど……ゴニョゴニョゴニョ……でいいの?」
「うんうん!」
「わかった! やってみるよ! ――オラバウルさん、オレ、道具の手入れやるよ!」
ガランがオラバウルにそう告げると、オラバウルもにやりと笑って頷いた。
「ようし、これで脈の話がしやすい。ガラン、それから皆もだ。坑道に入れてやる。手入れがいる道具を集めに行くぞ!」
それを聞き、四人が顔を見合わせる。しかし、よくよく考えればわかる。部外者を坑道に入れることは当然できない。例え紹介状を持っているとしても、一個人の知り合いを独断で王家が管理する坑道には入れられないのだ。
だが作業を手伝うなら話は変わる。それは鉱夫や人足と同じく、鉱夫頭たるオラバウルの責任、裁量に委ねられるからだ。オラバウルは、ガランが求める竜脈を教えるために坑道で地脈を見せる、そのリスクを負ったのだ。昨夜、オラバウルやアダモスをドワーフ流でもてなし、怪我をしていたハンナを手当てして軟膏まで譲ったガランやアッシュに報いる心意気。それが、オラバウルという男の人間性だった。
「「オラバウルさん、ありがとう」」
ガランもアッシュも里で学びを深めたのだ。考えなしではない。しっかりと己で答えを導き出し、オラバウルに感謝を伝えた。タイガとアインも理解をしたのか、自然と頭を垂れる。二人とも、ガランとアッシュが引き寄せる何かがわかった気がしていた。
「やったねガラン……! 探検の第二弾だよ……!」
「アッシュ……! 探検じゃないよ……! 手伝い、仕事だよ……!」
そう囁き合う二人を連れ、オラバウルが先へと歩みを進める。
「脈ってのは、簡単に言やぁ地層だな。切り立った崖のある山とか丘なんかがわかりやすい。土やなんかが雨や風に流され、削られ、また積もって層になってるよな。表面的には」
オラバウルは坑道が掘られた岩山の前で、身振り手振りを加えながらガランたちに語る。
「ところがなぁ、じゃあなんで山になるのか、丘になるのかってのを考えなきゃならん。風や雨で山ができるか? 丘になるか? 川や雨風が土を削って谷を作るってのはあるにしてもだ。全部が全部そうじゃあねぇ。俺たちが立ってるこの地ってのは――動いてる。気が付かないほど、僅かだがな。母親の腹ン中で赤子が蹴っ飛ばすと、その時だけだがそこだけ腹が盛り上がるだろ?」
オラバウルが服の下に両手を入れ、あたかも妊婦のように腹の部分を膨らませながら、服の下から山を作ってみせた。
ガランとアッシュはその山を見て頷く。家畜の出産でも腹が動くのはよく見る。
「そうやって山ができるんだ。元々脈ってのは繋がりとか連なりみたいな意味だが――だけどどうだ? 地の中に赤子がいるみたいに地面を蹴り上げて山を作るなんて、まるで生きてるみたいに思わないか? だから俺は、胎動する赤子のような脈拍の脈、地脈って言うんじゃないかって思ってるんだ」
オラバウルはそう言うと、顎をしゃくって坑道へと入っていく。
皆もその後に続いた。中は広く、数日前に通った廃坑とそっくりだった。入るとすぐに篝台が置かれ、長い薪が焚べられていた。オラバウルはその薪を一本抜き、松明代わりにして先へと進む。どうやら篝台はある程度の距離を開けて置いてあるようだ。
オラバウルは時折、坑道の壁面を照らしながら地脈の流れを説明する。湾曲した層やある線を境にずれている層など、ちょっと見ただけではわからない層の境目なども指さして解説する。ガランもアッシュも、オラバウルが語るその地層が変化していく様を想像し、面白そうに頷いていた。
先に進むにつれ、坑道の奥から甲高い金属音も聞こえてくる。鉱夫たちがツルハシを振るったり、ハンマーでタガネを叩いているのだろう。
オラバウルは話しながらも、坑道のあちこちの隅に置いてある木箱から、手入れが必要なものを抜き取っては四人に渡していく。
「――で、だ。こんな風に力が働いて地層は曲がったり薄くなったりするんだが、さっきの母親と赤子の話な。腹ン中に赤子がいるとして、背中側を蹴飛ばしたとしようか。山はできるか?」
オラバウルの問いにガランが即答する。
「できない。背骨があるもん」
「そうだ。同じことがこの地中でも起こる。柔らかい方に盛り上がりやすく、硬いとなかなか盛り上がらない。でも蹴飛ばす力が凄く強かったら?」
「そりゃ背骨が折れ――そうか! それが断層!」
ガランの答えにオラバウルが満足げに頷き、切れ目のある層を指さす。
「あぁ、そうだ。ここら辺が大昔の断層だな。――鉱石には柔らかいの、硬いの、脆いのといろいろある。そのいろんな岩や石が詰まった層もいろいろだ。切れてる層もあれば、ずれがある層、歪んだ層もある。腹ン中の赤子と同じで、こればっかりは直接は見えん。しっかり読むんなら、いろんな鉱石を見て、経験を積むしかない。精霊から力を借りられる精霊使いなら、《地》を使えるんだが――」
「オレ、使えるよ? 《地》」
話の流れで、ガランは自身が精霊使いであると打ち明ける。オラバウルの右眉が上がった。
「むう? ガラン、お前も《地》を使えるなら、話は早いぞ。脈を読むなら叩いたときの振動、それに指向性を持たせればいい」
「指向性……」
オラバウルの指向性という言葉をガランは反芻し、アッシュはつぶやきが口を突いて出た。
「それ……! 《風の囁き》と同じ……!」
精霊使いをほのめかす言葉に、オラバウルも確認せずにはいられない。
「まさか……アッシュも、か?」
「うん。ボクは地の精霊魔法も、《風の囁き》もまだ使えないけど……」
二人の告白に、オラバウルはゆっくりと息を吐いて己を落ち着かせた。
「ふぅ……こりゃたまげたな……でもまぁ俺も、《風の囁き》は聞いたことがあるだけで使えん。聞いたのもずいぶん昔だが――アッシュがそう思ったように、考え方は同じはずだ。分散しない分、深度が上がってより深くまで脈が読める」
「「なるほど」」
ガランは《地》の可能性を、アッシュは《風の囁き》習得のヒントを得た気がして、噛み締めるように頷いた。
「どこまでも……って訳にはいかんがな。――さぁ、ここからがガラン。お前の知りたい竜脈だ。改めて聞くが――誰がこの地面の中を蹴っ飛ばしてンだ?」
地の中を動かす何か。その自然の力を考えるガランだがすぐに思い当たる。
「地面の下から……あ!」
「ボクもわかった……!」
アッシュもすぐに思い当たり、ガランと顔を見合わせてその名を口にした。
「「精霊が動かしてる!」」
「そうだと考えてるドワーフは多い。俺もそのひとりだ。ま、精霊がどうやって動かしてンだかは知らんがな。だが動かせるとしたら精霊以外にはありえんだろ? そして精霊が動かす地の流れ……いや、もしかしたら精霊がこの地を巡ってるのかもしれないが――それが竜脈だと云われてる」
現代ではプレート・テクトニクス論と呼ばれる、マントルの対流とプレートの移動、それに伴う地殻変動は、地形変化や火山活動、地震を引き起こす定説になっている。しかし現代においても完全に解明できている訳でも、完璧に正しいと立証されている訳でもない。もしかしたら超自然的で不可思議な存在が引き起こしている恐れも、なくはない。
「しかしこりゃ……他の者がいなくて良かった。精霊使いが……おい! まさか、タイガとアインもじゃ――」
「ないない!」
「私も残念ながら……」
タイガは慌てた口ぶりで否定し、アインは困ったようにオラバウルに告げる。
「いつか二人にも精霊の祝福を――っと、まぁ、こればっかりはな。それはともかく、俺は《地》しか使えんが、一応精霊使いの端くれ……なんだが、実は誰にも言っちゃいなんだ。仕事柄ってことで察してくれるとありがたい」
オラバウルの少し面倒くさそうな表情で、タイガはすぐに理由がわかった。
「あちこちに引っ張りだこ――どころか、手放して貰えないだろうな」
「まぁなあ。俺だけならいいが、鉱夫仲間も大勢いる。足枷代わりに巻き込んじまうかも知れんからなぁ」
「オレ、誰にも言わない」
「ボクら皆も、黙っとくよね?」
「「もちろんだ」」
五人の秘密の約束にオラバウルは満足気に頷いた。
「よし。じゃあとっとと潰れた道具集めて、手入れするとしようか。話の続きは外だな。竜の脈って云われるのにも理由があるしな」
プレート・テクトニクスに精霊が関係している……。
信じるか信じないかはあなた次第です。




