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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第四章 鉱山のドワーフ —カカラ鉱山編—
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第53話 幕間 ―賑やかな宴―

「オオヒグマ……」


 アインの不安げなつぶやきを聞き、ハンナが申し訳無さそうに眉尻を下げた。


「あら、怖がらせちゃったかね。ごめんねぇ」


 ハンナが困った風にアダモスと視線を合わせると、アダモスは少し肩をすくめて口を開いた。


「コレだけ騒げばあっちが避けるだろ? ――ま、クマはたまにでるのさ、ウルラスも近いしな。だから柵もあるし、柵の向こうにゃ獣避けの鳴子やなんかもあちこちに仕掛けちゃいる。だが臭いや声までは、な」


 ガランはその話で気付いたのか、昼に立ち寄ったカカラ鉱山局舎の方角に一瞬だけ視線を向け、改めてハンナの傷を見てから頷いた。


「だからロバが暴れたんだね?」


「そういうこと。だのに――」


 ハンナが息を吐きながらガランとアッシュを見て、いきなりアダモスの頭をはたいた。


「痛っ!」


「ちょっと暢気過ぎやしないかい? 全く!」


 そんな夫婦のやり取りを聞いていたタイガが不意に顔を上げ、ガランとアッシュに問いかけた。


「なぁ。二人ならこういう時、どうするんだ?」


 急に意見を求められたガランとアッシュは一度顔を見合わせ、それぞれが考えだす。


「ボクなら、そうだねぇ……」


「オレは逃げれるなら逃げるけど、ここじゃそうはいかないし……」


 そんな二人を横目に、オラバウルは酒のお代わりを頼み、アインは沸いていた小鍋をかまどから降ろした。紅茶を淹れる準備だろうか。ガランはそれを見ながら自身の考えを話す。


「オレはやっぱり木酢使った獣避けを増やすかな」


「そだね。ボクもまずはそこだね。あとはイバラを植える。カラダチとかバラノイバラとかね。オオワルナスでもいいかも」


「うんうん。ヤマハマナスとかクロサンザシでもいいんじゃない? 出入りが大変になるし……食べれないけど」


 二人が挙げたカラダチ、サンザシは棘のある低木、ハマナスやノイバラ、ワルナスも同じく棘がある藪草だ。アッシュの故郷、ソウジュの里でも植えられており、ガランとアッシュには馴染みがあった。それを聞いてオラバウルが感心したように頷く。


「やっぱりアッシュはエルフか」


「まぁね〜」


「しかし、木は育つのに時間がかかるし、芽が小さいうちに小物に荒らされそうだ。蔓の方が育ちは早いと思うが、何か知らんか?」


「棘のある蔓といえば……」


 アッシュが蔓を思い出しながら考えていた時、『記憶』が何かを閃かせた。アッシュはその記憶を追い、ブツブツとつぶやきながら何やら考え始めた。


「……長い。……釘? ううん、切って……捻って……」


 ガランはその様子に『記憶』だろうかと思い当たりながらも口を挟まず、肉を口に入れた。ひとり頷きながらその脂の旨味を噛み締める。やはりドワーフ流の肉は美味いと満足気だ。その時アッシュが顔を上げた。


「――わかった! きっとガランなら作れる!」


 アッシュの言葉に、ガランは思わず噛み締めていた肉を飲み込んだ。


「うぐ――お、オレ?」


 己を指差し、アッシュに問うガラン。他の皆もガランを見る。


「うんうん。ねぇオラバウルさん。ここにも炉窯、あるよね?」


 アッシュに聞かれてオラバウルがアダモスを見ながら頷いた。


「まぁ、手入れ用の窯はあるにはあるが……小さいぞ?」


「そっかそっか。じゃあ明日見てみなきゃ。ね、ガラン」


 オラバウルの言葉にアッシュも頷き、ガランの肩を叩く。叩かれたガランは訳がわからないながらも頷く。炉窯に魅力を感じたのだ。


「そうだね。明日見てみようか」


「きっと上手くいくと思う!」


 そう言ってアッシュが小皿に入れられた炒った穀物の粒を口に入れる。屋台のアラモスが持ってきた突き出し(つまみ)だ。


「ん! これ美味しい」


 炒って塩を振ったその黒い穀物は、シンプルな味ながらも風味がとても強い。美味いと聞けば逃さないのがガランである。ガランもそれに手を伸ばす。口に入れるとまず塩味が舌に乗るが、噛めば穀物独特の甘みを感じ、ほのかにある苦みが現れてはスッと消える。


「うん! 香ばしくて鼻を抜ける風味がいいね!」


 小麦やもろこしとはまた違う味わいに、ガランも満足気だ。


「そりゃサラザンだよ。栄養はあるんだけど、皆食べ飽きちゃってねぇ。挽いたのもあるんだけど食べるかい?」


 サラザンに興味を持ったガランとアッシュは、ハンナの提案に笑顔で頷く。


「「食べる!」」


「そうかい。じゃあ――」


 ハンナが席を立ち、サラザンを取りに行く。そこにアインがカップを持ってきた。


「少し時間がかかって済まない。お茶を淹れてきた」


 アインからカップを受け取ると、湯気と共にダジリンの芳醇な香りが鼻をくすぐる。


「「いい匂い!」」


 二人の声にアインも頷く。


「ダジリンを飲む時にはカップを温めておくんだ。沸いた湯でカップを温めて、茶葉も同じく沸いた湯に入れる。水から煮ても駄目、火に掛けたままでも駄目。火から降ろして茶葉を入れたら、すぐに蓋をして茶葉がほどけるまで蒸らす。早くほぐそうとかき混ぜても駄目なんだ。ゆっくり茶葉がほどけるまで待つから少しだけ時間が掛かる。茶器があればもっと香り立つし美味しいんだが――あ」


 ガランとアッシュは普段見せない、饒舌に語るアインに少し驚いた。その二人の視線に気付き、少し気まずそうにアインが肩を竦めた。


「さ、飲んでみてくれ」


「ありがと、アインさん。――んー、やっぱり良い香り。でしょ? アッシュ」


「うん! ガランがこの香りを気に入ったのも今ならわかるよ。――うん、美味しい」


 カップに口を付ける二人に続き、アインも自身のカップに鼻を近付ける。


「やはり香りが良い。――ガラン。肉を煮るなら、飲み残しや出がらした茶葉でも良いと思う」


「そうする!」


 そんな三人の様子を見ながら、タイガはシードルのカップを掲げてしみじみとこぼす。


「俺は茶より酒だな」


「ガハハ! そうだそうだ! タイガ、飲め飲め! タダ酒ほど美味いもんはないぞ!」


「おい、オラバウル! ……まぁ、しみったれて飲むよりはいいか。おーい倅! お代わりだ!」


 オラバウルに続きアダモスも酒をお代わりし、こちらもこちらで盛り上がっていた。そしてハンナも麻袋を持って戻ってきた。


「全く、酒好きはしょうがないねぇ。はいこれ、サラザン粉だよ。これで生地を作ってパン代わりに焼くんだけど……もうご馳走も出てるし、少しだけにしたほうがいいかもねぇ」


「ありがと! じゃあ……チーズ焼きの時みたいに薄焼きにしよっか」


 アッシュが麻袋から灰色のサラザン粉を鍋に移し、水を入れて練り始めた。


「パン窯じゃなくて鉄板だから……少し緩い生地にして――これくらいかなぁ」


 そう言って鍋を傾け、鉄板へと生地を流してみる。灰色がかった生地はアッシュの予想よりだいぶ緩かったが、多少の厚みを残して丸く鉄板の上に広がった。


「丁度いい……のかな? これくらい薄い方がすぐに焼けそう」


 手のひらより少し大きいくらいに広がった生地の焼き目をヘラで確認しながらひっくり返す。


「アッシュ、肉乗せよ、肉!」


 ガランが塊肉の焼けた部分を薄く切り出し、早速生地の上に乗せた。


「いいね、これお好みで具が……ん?『お好み……』――あ! そっか! ガラン! 卵も乗せよう!」


 アッシュが何かに閃き、具に卵を乗せることを提案する。


「アッシュ! それいいね! チーズも乗せちゃおう」


 ガランとアッシュの楽しげな会話を、他の皆がのんびりと眺めている。


「じゃあ卵割るね――あ! 横に流れる!」


「アッシュ! ヘラで押さえ……あ、焼けた生地を壁にしよう! 畳んで――あぁ! こっちも畳んで! こっちも――もう四角にしちゃおう」


「うわぁ! 焼いてから乗せれば良かったかな。これじゃ卵に火が――」


「アッシュ! 鍋蓋置いて蒸し焼きに!」


「さっすがガラン!」


 大騒ぎしながら悪戦苦闘している二人を微笑ましげに見ていたハンナが、タイガとアインに話しかける。


「賑やかでいいねぇ。お兄さん方は楽しそうな旅をしてるんだねぇ」


「賑やか、かぁ。まぁ確かに」


「私もタイガも助けられてばかりだと思うが……」


 タイガとアインは苦笑いしながらハンナに視線を送ると、皆それぞれが頷きを見せた。


「できたよ! ボクの……ボクらの新作、サラザンの薄焼き肉チーズ卵乗せ!」


 ガランとアッシュが鍋蓋を取ると、半熟卵が乗った四角いサラザン焼きが香ばしく焼き上がっていた。二人は満足げに頷くと声を合わせた。


「「では、召し上がれ!」」

ノイバラ、ハマナス、サンザシ、カラタチ、そしてワルナスビ。

全部実在する棘のある樹木や草です。ノイバラは野薔薇とも呼ばれます。


そしてご想像通り、サラザンは蕎麦。

蕎麦粉を使った薄焼きはガレットですね。


炒った蕎麦の実も結構美味しいですよ。

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