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アーシア大陸秘話 『二人の賢者』

 ガランが誕生する約一六〇〇年前。


 魔王アモスが魔術を体系化させてから三百年ほど経った頃。西方大陸から離れたアーシア大陸にも魔物が現れ始めていた。


 野生の獣が凶暴化して家畜や人を襲う。


 この不可解な現象の最初の当事国は北の大森林と隣接するセミュエン王国であった。

 当初セミュエンでは魔物を『変異体』と呼び、『突然変異した獣』または『新種の獣』と仮説を立て、生態調査を数年に渡り行った。

 しかし当然ながら繁殖方法、生息域などの特定はおろか、その痕跡すら発見できない。獣産医らの噂で、新種ではなく獣が罹患する病ではないかと新たな仮説も立った。


 その仮説が覆されたのは偶然であった。調査中、連れていた馬車馬が魔物化したのだ。黒い煙のような(もや)に包まれた馬が(くつわ)に留めた手綱を引き千切り、馬番を蹴り殺して死肉を喰らう惨事が起こった。

 この黒い靄こそが原因であるとし、靄の発生源の調査を行うがまたも不明。災いを成す靄であるとして奇しくも『魔』と名付けられた。

 魔の存在はセミュエンから、交易協定を結んだ周辺諸国に噂として伝播。厳しい自然の脅威の一部として認識されるようになっていった。


 しかし。それに異を唱える者達がいた。精霊と自然を愛し、共に暮らすエルフ族だ。連綿と続くその叡智の伝承に魔の存在など一編足りとも伝えられていないのだ。


 エルフ族の至宝『神聖伝承(ルーン)』。

 その神聖伝承を紐解けば、『叡智の深淵(アカシックレコード)』、創世神話が垣間見える。


 エルフ族は村や里など集落単位で族長と長老がいる。しかしこれは全て欺瞞。各地の族長、長老は仮初。便宜上そう呼ばれているだけに過ぎない。真の意味でエルフ族の長は唯一人、共通意識の深淵に潜れる者のみ。各地の族長、長老しかこの事実を知らない。至宝たる神聖伝承を護るために作られた仕組み。『真なる長』がどこに存在するかは、この世界に八人しかいない『真なる長老』ですら知らない。共通意識の深淵の縁でしか会う術がないのだ。


 そしてこの時代の真なる長老の一人、アーシア大陸最南の国、ルッカ国に住むテオフラストゥス。彼は魔の存在を調べるため、独自に神聖伝承を紐解くことを独断で決めた。彼は一人、共通意識の底を彷徨う。


 神聖八十八文字の組み合わせを単語化。五十七年の歳月をかけ精霊言霊に辿り着く。敬愛する精霊を縛る言霊の発見は彼を落胆させた。強引な手法は破滅と背中合わせであるとの『真理』もまた、精霊言霊から読み取れたのだ。そしてその真理から、魔は変質した精霊であると知ってしまう。


 それから二十余年。彼は荒れに荒れた。誰かが精霊を縛る『邪法』を生み出し、精霊を魔に堕としてしまった事実がそうさせた。恐らくエルフ、それも真なる長老の罪。贖いきれないエルフの原罪が生まれていたのだ。耐えられなかった。


 しかし贖わねばならぬ。


 ついに彼は再び立ち上がり、さらに二十年を掛けて魔を縛る『反魔術文法』体系化に至る文法法則を発見した。そして魔の邪悪な負のエネルギーを正へと変換する『反魔術陣』と『反魔術呪文』の構築を目指す。

 しかし構築に挑むこと四十五年。完成を目前としたテオフラストゥスの寿命は尽きようとしていた。反魔術陣と反魔術呪文。これを構築しさらに発展させねばこの百五十年は無駄となる。一般のエルフでは駄目だ。深淵の縁に立つどころか叡智に触れる事すらできない。


 残り僅かな命の灯火。


 そして運命はテオフラストゥスに味方した。新たに選出された真なる女長老候補、エンハイドラ。彼女と出会った。エンハイドラもまた、気概に溢れていた。彼女はテオフラストゥスに従事した。柔軟な思考でテオフラストゥスと共に不安定ながらも反魔術陣と反魔術呪文の構築に漕ぎ着けた。

 テオフラストゥスは構築を見届け、この世を去った。


 エンハイドラは彼の遺志を継ぎ、『反魔術文法』を完全なものとすべく、さらなる発展を目指した。しかし大きな壁に突き当たる。『反魔術文法』は誰しもが使えないことが判明したのだ。使えたとて、その効果は魔術と比較できぬほど脆弱であると読み解き、その原因が精神力にあることに辿り着く。


 魔に打ち勝つ精神力。それが必要であった。


 だがエンハイドラはそれを無視すると決めた。精神力の強弱は謂わば一種の才能。ならば才を有するものが使えば良いと考え、構築した反魔術文法の洗練に心血を注ぐ。そして遂に魔を完全に縛る新たな『魔法陣』と、負のエネルギーを完璧に変換する『魔法詠唱』を考案した。陣は美しく精緻であり、詠唱もまた自然讃歌のようであった。


 技術として全ての者が使用可能な魔術ではなく、魔に打ち勝つ精神力を持つ者だけが使える『魔法』の誕生。


 魔法を以って魔物を屠っても新たに精霊が堕ちることはない。しかし、これは通過点に過ぎない。魔法誕生も副産物でしかないのだ。いずれこの『魔法体系』をもさらに発展させ、堕ちた精霊、魔を精霊へと昇華させる方法を見つけることが原罪を贖う唯一の方法である。

 エンハイドラはこれら魔法体系の公開に踏み切った。それはテオフラストゥスが没して七十三年後、ガランが誕生する一三五五年前のことであった。


 後世、テオフラストゥスは『魔法の父』と、エンハイドラは『魔法の母』と呼ばれ、二賢者と伝えられるのであった。

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