第28話 アーリア商連
「俺はサガット。こっちが――」
「トーリオだ。よろしくな」
御者の男はサガット、剣の男はトーリオとそれぞれ名を名乗り、右手を差し出してきた。
「オレ、ガラン」
「ボクはアッシュ」
ガランとアッシュも名を告げ、それぞれの右手を握る。握手は交易商人の挨拶だ。本来は商談成立時の商習慣だが『同意』の証としても使われる。ガランとアッシュは相談の上、次の街まで同行することを決めたのだ。
サガットの年齢は三十代後半。落ち着いた佇まいでやや吊り目だが眼差しは優しく、包容力を感じさせる。
トーリオは若く、年齢は二十歳前後。よく動く丸い瞳は澄み、好奇心の旺盛さと溌剌とした印象を与える。
二人とも身の丈は一八十センチ前後と高い。ガランと並ぶと三十センチ近い差があり、アッシュと比較しても十センチ程高い。隣に並べばガランは見上げてしまうだろう。サガットもトーリオも肌は日に焼け、引き締まった身体付きをしている。彫りの深い顔立ちは、南方生まれの特徴を表していた。服はシンプルなベージュのシャツに革ベスト。目が詰まった頑丈そうな綿ズボンを脛丈のブーツに入れている。
四人は挨拶を済ませると魔物を埋め、一旦南へと向かうことにした。血の匂いが残る場所から離れて、安全に本隊と合流するためだ。
御者台にサガットとトーリオが座り、荷台でガランとアッシュが警戒を行う。荷台に座席はなく、地面の段差を拾って多少跳ねるが徒歩よりマシだ。サガットも乗り心地を考慮してか、追われていた時のような無理な走らせ方はしていない。
丘を二つ越えたところに小川があり、サガットはそこで荷馬車を止めた。水辺は砂利場になっており、狼煙用の火を起こしても燃え広がることはないだろう。
「馬も休めるしここでいいだろう。トーリオ、狼煙だ」
「はいよっと」
トーリオは御者台を飛び降り、枯れ枝を集めに向かう。ガランとアッシュも荷馬車を降り、ガランは火起こしを手伝うべく焚き火セットを取り出した。
サガットは馬の頸環から荷馬車の引き具を外し、川辺で水を飲ませた。放っておけば勝手に草を喰むだろう。
「そうそう。うちのキャラバンにもエルフがいるぞ?」
サガットは水を飲む馬の首を撫でながら、何気ない風に二人に告げた。
「「え」」
ガランとアッシュは種族名を告げていなかった。一瞬警戒を強めたが、種族特性は一目瞭然である。サガットは二人が浮かべた警戒に気づかないまま馬を撫でている。
「……ま、気づくよね」
「そだねぇ〜」
ガランは思わずつぶやき、アッシュも同意する。そこでようやく気づいたサガットはアッシュに視線を合わせた。眉尻の下がった表情から申し訳無さが伝わってくる。
「あぁーすまん。秘密だったか?」
「ううん。特に内緒って訳じゃないよ。トーリオもボクのこと、気づいてるよね?」
「あいつは鈍いからなぁ。黙っとくか?」
アッシュは視線を外して空を見上げ、すぐまたサガットへ、そしてガランへと移す。ガランはどうせすぐにバレるだろうと考え、小さく頷いた。本隊にエルフ族がいるなら尚更だ。隠すというのは相手に要らぬ警戒心を与える。アッシュも隠す必要はないと判断してガランに頷きを返し、サガットに視線を戻して首を横に振った。
「トーリオが戻ってきたらボクから話すよ」
サガットはどこまで思考を読んだのかわからないが、数回頷いて笑みを見せる。
ガランはふと疑問が浮かび、サガットに問いかける。
「オレのこともわかってるよね?」
「まさかガランもエルフか」
「オレはドワーフだよ」
サガットはそこまでは読めてなかったのか、驚きの表情を隠さない。
「なるほどドワーフか! あの力強い跳び方も納得だ」
サガットの言葉に照れて頭を掻くガラン。サガットは納得顔で頷いている。そこへトーリオが枝を抱えて戻ってきた。
「何の話?」
「ボクらの種族の話さ。ボクはエルフなんだよ」
「オレ、ドワーフ」
「へぇ。珍しい取り合わせ……ってこともないか。ウチにもエルフはいるし、トゥサーヌにドワーフも何人かいるだろうし」
トーリオが発したドワーフという言葉に、思わずガランが身を乗り出した。
「トゥサーヌって?」
「ここから結構近い街の名だよ。新しい関所になるみたいだな」
トーリオは手慣れた様子で枝を組み、焚き火の準備をしながら答えた。ガランは火種を起こしながら、アッシュは周囲を警戒しながら話に耳を傾けている。
「トゥサーヌは元々砦だったんだっけ?」
トーリオがサガットに話を振るとサガットは頷き、話の続きを引き取った。
「あぁ。ウチは砦時代から取引してる。あそこが正式に街になってもう三、四年か。大規模な拡張だからかなり稼がせてもらってるよ。今回もトゥサーヌで荷を下ろす組が多いんだ」
組とはキャラバンに参加している小グループだ。商会を持たない個人商店や小規模な行商人、出稼ぎとして工芸品を売りに行く者たちがおり、行き先が同じ者同士が組になってキャラバンに同行する場合があった。
だが、手形はあくまでもキャラバン所有の交易手形だ。手形料として利益の一部が徴収されるし、村長や領主の紹介状も必要と簡単ではない。また揉め事を起こした者は命こそ取られないが、他の組から距離を取られる。悪質な者は追放や、寝てる間に置いて行かれる事もある。その行為も隊長に与えられた権限でありシビアな世界なのだ。
今回のような魔物の襲撃も保険などはない。荷がなくなればそれまで。当然本隊側の荷のほうが多く、本隊側は囮を出すなどして対策をする。その費用は貸し出した手形料で賄われるので、本隊もけして儲かっているわけではない。
ガランはサガットの話を聞きながら、起こした火種を枝に落とす。火を育てながらも視線はサガットに向けたままだ。
「街を広げてるから職人も流れてきてる。種族問わず仕事には困らないさ。ここからなら、そうだな……五日ってとこか。途中のロクサ村に立ち寄るのがいつものコースだな」
「なるほどね。あ、そろそろいいかも」
ガランが火が落ち着いたのを見計らってそう告げると、サガットが川辺に生えていた大振りのヨモギソウを火に焚べた。身近な薬草でもあるこの草は燃えると煙が立ち、狼煙にはうってつけだ。朦々と煙が空に立ち昇っていく。
「この草は煙が立ちやすいが……立ち過ぎだなこりゃ」
あまりの煙たさに、四人はそれぞれ顔の前で手を振って煙を払いながら焚き火から離れ、ついでにサガットが馬を荷馬車のハーネスへと繋ぐ。
ガランはアッシュに視線を送って頷いた。見張りを交代する意思表示である。その意思は伝わり、アッシュも頷くとサガットに声を掛けた。
「アーリア商連ってどこまで交易してるの?」
「今回はトゥサーヌまで北上したら、東に進路を変えて西イースタシアまで。その後また南下してイスード経由でルッカに戻る。ま、言ってみりゃ中央ルートだな。荷物次第じゃルッカからウェストニアに向かい、砂漠を迂回してシベルに入る西ルートの時もあるよ。昔はセミュエンから東イースタシア経由でカリバザス、ダッカス、ルッカまで縦断する東ルートもあったらしいが、北も東も情勢が悪くて今じゃ廃路だよ」
アッシュの問いかけに、サガットは時に方角を指さして説明する。キャラバン歴も長いのだろう。
「黒い石畳のような道がある国や街って見たことない?」
アッシュはここまで何度も思い出した『記憶の道、黒いアスファルト道路』を知らないか聞いてみた。
「黒いって……街の中の道かい?」
「うん、そうそう」
アッシュにそう問われ、サガットは腕を組んで視線を左上に向けた。記憶を辿っているのだろう。しかし黒い道に思い当たりはなかったようだ。
「うーん。見たことないな。だいたいが土か砂利、大きな街でも石畳かレンガ敷だから茶色か灰色だな。北のセミュエンと東ルートの国はわからんが……。トゥサーヌで聞いてみるか? あ、もしかしたらうちのエルフが知ってるかもな。エルフってのは物知りなんだろ?」
「そっか。そだね。じゃあ本隊が来たら紹介してよ」
「キュピキュ! キュキュッ!」
空を舞っていたクーの鳴き声でアッシュが空を見上げる。やや南方向へ飛翔し左旋回を開始した。
「ボクの子が馬車を見つけたっぽい。もうすぐ到着だと思うよ」
「へぇ。フクロウって賢いんだなー」
トーリオが額に手をかざし、クーの飛翔する姿を視線で追いながら、感心して声を上げる。
「慣らすのは大変だよ〜?」
アッシュはそういって指笛でクーを呼ぶ。そう時間を描けず、舞い降りてきたクーがアッシュの肩に留まった。
「うはあ。慣れてるなぁ」
「狩りも上手だよ」
トーリオの横にガランも立ち、そう付け加える。キャラバン本隊を迎えるなら、近くにいたほうが良いだろうという判断だ。かすかな車輪の音も聞こえてきた。
ほどなくして隊列を組み、馬列と連なった馬車が進んでくるのが見えてきた。ガランやアッシュが想像していた以上の大所帯。一頭立ての箱馬車が二台、大型の二頭立てが四台、幌を掛けた荷馬車が七台。騎馬の姿も六頭ほど居るだろうか。
ガランとアッシュは初めて見る馬列に目を輝かせる。
と、先頭を走っていた一頭立て馬車の御者台から、手を振る女性の姿が目に入った。遠くからでもわかるほど女性は嬉しそうだ。ガランの隣でトーリオも大きく手を振っている。家族なのかもしれないな、とガランの心も温かくなる。アッシュの顔も嬉しそうだった。そんなガランとアッシュにサガットが小声で言う。
「あの馬車の御者の娘、トーリオの妹なんだ。良かったら仲良くしてやってくれ」
サガットは眩しそうに馬列を見ている。ガランとアッシュは頷いてみせた。
「兄さーん! 怪我はない?」
妹は馬車が止まると、トーリオがしてみせたのと同じ様に御者台から飛び降りて駆け寄ってきた。よく見ればエプロンワンピース姿で飛び降りたようだ。女性にしては豪快と言っていいだろう。
「危ないからそれは止めろよ。この人たちのおかげでな、俺もサガットも無事だよ。心配かけたな。こっちがガラン、こちらがアッシュだ。ガラン、アッシュ、妹のトーリーだ」
「「よろしくトーリー」」
「よろしくね。ガランさん、アッシュさん」
ガランとアッシュはトーリーと握手を交わした。
サガットは全馬車が停止するのを確認すると両手を大きく二度打ち鳴らして注目を集め、少し声を張って皆に告げる。
「みんなには心配をかけた。ここに居る二人、ガランとアッシュって言うんだが、この二人の交易商人に助けられた。礼代わりにウチのキャラバンで送ってやろうと思う。隊商長、許可をもらえないか?」
キャラバン隊メンバーの顔が一人の男に集まる。二頭立て箱馬車の扉を開けたまま左足を踏み板にかけ、斜に構えた髭面の男性だ。
「恩人か。もちろん良いだろう。だが挨拶は後だ。落としていった荷は拾ってあるから、積み替えたらすぐに発とう」
「ありがとうボス! じゃあこっちに箱物だけ乗せてくれ。――ガイ! お前こっちの御者やってくれ! さすがにもう尻が痛い」
サガットの言葉でドッと笑い声が響く。悪い雰囲気ではない。あちこちの馬車、荷馬車から男女問わず荷を移し、あっという間に出発の準備が整った。ガランとアッシュは何もさせてもらえず、ただ見ているだけで終わってしまった。
ガランとアッシュは、隊商長の箱馬車に呼ばれた。御者台にキャラバン隊の若い二人が座り手綱を操っている。跳ね上げ窓付きの仕切りを挟んで御者と背中合わせにガランとアッシュが、ガランの向かいに隊商長、アッシュの前にサガットの並びで座る。クーはアッシュの肩の上、二人のリュックは箱馬車の屋根の上に括り付けられた。
「ようし! それじゃ出発だ! 騎馬は警戒を頼むぞー!」
「「おう!」」
誰かの掛け声に御者達が応え、馬列が進み出す。箱馬車の乗り心地は、荷馬車よりも断然マシだった。
「ボス、改めて紹介するよ。この男性がガラン、女性がアッシュだ。ガラン、アッシュ、この人がアーリア商連隊商長のニコラス。トーリオの親父だ」
「ドワーフのガランです」
「ボクはエルフのアッシュ」
「ニコラスだ。サガットと倅が世話になった。ありがとう」
三人は座ったまま握手を交わす。その時、御者台から跳ね上げ窓が叩かれた。
コンコン
ガランがサガットに視線を投げかけ、開けていいか問う。サガットが頷くのを見て、扉留のフックを外し、少し押し上げる。どうやら複数の板が連動して動く鎧戸になっているようだった。
「どうも! 挨拶が終わった頃だと思って。私はカミーラで――」
「俺はデミトリ。俺達もエルフだよー」
賑やかな馬車の旅になりそう、そんな予感を抱いたガランとアッシュであった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
新たな出会いと共に第三章スタートです。




