第17話 はじめてのおつかい
「じゃあ釘とこの樽四つね。こっちが木酢液でこっちが木タールだ。頼んだよ!」
「「はい!」」
今日はガランとアッシュが畜産地区のアッシュの母、マリーに会うついでに木酢液の運搬の手伝いをすることとなった。簡素な荷車で多少ガタガタするが全く問題ない。
木酢液は炭焼きの副産物で、炭が炭化する時に出る水蒸気を含んだ煙を冷やして集めたものだ。半年ほど置いておけば水分の木酢と油分のタールに分離する。木酢液は獣除けになる他、希釈すると害虫避けにもなる。タールはそのまま板や布に塗れば防水効果も加わる。ただし原液の匂いは強烈な臭気だ。
畜産地区ではタールは害獣避けの柵に、木酢は放牧場を囲う果樹の鳥避けに使うらしい。秋が深まれば熟れた果実が採れることだろう。知らないことが多いと自覚しているガランは、その使い方に興味があった。
二人は火の工房で荷を積むと族長の屋敷の前を通り、左右を林が並ぶ道を通って南に向かっている。
アッシュは後ろから荷車を軽く押しながら、前で引くガランに話しかけた。
「冬の前にソーセージも作るんだよ。あれ美味いんだぁ〜」
「ソーセージって肉だっけ? ちょっと楽しみ!」
「チーズも仕込むんだ。ボク、チーズ好きなんだよね〜。冬はスープに入れてトロトロにすると暖まるよ」
ガランは集落で食べたことのないチーズが解らず、後ろを振り返りアッシュに目を合わせる。
「ちーずって何?」
「チーズ知らないの!? ヤギとか羊の、乳で作る食べ物だよ!」
「へぇ」
「アツアツだとトロ〜って伸び――あ、またか」
アッシュは前世で食していた加熱で伸びるモッツアレラのようなチーズの記憶が頭をよぎる。ソウジュで作られてるのはシェーブルやペコリーノなので、加熱すると柔らかくなって粘度は増すが伸びる程ではない。
「のび?」
良く聞こえなかったガランがまた振り向いて聞き返す。
「トロっと柔らかくなるんだよ!」
ガランはもう前世のことを知っているのでそのまま伝えればいいのだが、誤魔化すのが癖になっているのか言い直してしまうアッシュ。
ガランはあの夜の告白以降、全く前世のことは聞いてこないし話題にも出さない。もしかして忘れてるのかと考えたこともあるアッシュだが、友達と認め合った夜の話だ。忘れてたら贈り物など作らないとも解っている。
「なんか溶けるやつっぽい!」
「そう! それ!」
アッシュは思わずガランを指差すが、もちろんガランからは見えてない。
「アッシュは全部、溶けるって言うしなー」
「あ、ガランだって溶けるって言うじゃん!」
二人はそんな気の早い、冬の味覚の話をしながら歩く。少し登り坂になった道を登りきった時、左右の木が細く低い若木に変わり、視界が開けた。
右側が放牧地で畜産地区。左側が畑、農業地区だ。
元は自然の草原だったのだろう、真っ平らではなく少しうねりがある。草原の先に背の低い密集した低木と、その後ろに森も見える。良く見れば腰ほどの高さで柵が囲い、低木と森の間に恐らく果樹であろう自然の木とは異なる樹木が伺えた。違いは枝葉の少なさでわかった。
ガランは思わず足を止め、しばし眺める。
「……もしかして意外と狭い?」
「ほらあっち」
アッシュも荷車の後ろからガランの隣に来ると、西に指を差して塊となった羊が見えるのを教える。十頭程だろうか。
「西の先まで曲がってるからね。族長の屋敷が丁度里の真ん中かな? あっちも」
今度は東側を指差す。確かに東側も北東方面まで、色々な作物の実りを付けた畑が広がっている。
「ほんとだ。族長さんの屋敷の裏が林だからそこまでかと思ってた」
「元々森だからねぇ~。林に陽が当たる様にしてあるんだよ。恵みが採れるし」
「ああ! なるほど! だからこっちが南向きなのか」
納得して頷くガラン。ここを開拓した者達の意図が読み取れて面白そうにしている。
「んじゃ行こ! もうすぐ道が別れるけど、今回は真っ直ぐ!」
アッシュが先を促して荷車を引く。少し下りになるので押す必要はない。
進み出してすぐにガランは奇妙な感覚に襲われた。アッシュが怪訝そうな顔のガランに気付き、笑みを浮かべてガランに指摘する。
「ガラン、今変な感じしてない?」
「うん。顔に出てた?」
「出てた出てた! ボクらは荷運びで良く通るけど、ここ面白いよね!」
ガランがもう少し注意していればわかったかもしれないが、この道は里を縦断する道のため、侵入者を惑わせる防衛の仕掛けが施してあった。
道の傾斜や若木の高さもそれと気付かせぬよう変化が付けられ、下り坂なのに上り坂だと感じる場所もある。
更に、柵の板や柱、岩などには影に見えるよう薄く色が塗られていたり、二枚の横板の取り付け角度が上下で変えられていたりして、遠近感も狂う。窪みだと思った場所に窪みはなく、身を隠せると思える木の影も、実際にそこに立つと丸見えになってしまう。ある角度からは人影に見えるような茂みも隠されていた。
若木の隙間を通る日差しと相まって、観察すればするほど、どこを基準にしていいのかわからない。
錯覚を利用したエルフの知恵だ。
アッシュにとっては前世にあったアトラクションみたいに感じるのだろう。表情が楽しげだ。そしてガランは慣れていないので困惑を深める。
「……気持ち悪い」
「え〜、面白いのに」
ガランの困惑は収まらないまま道を進むと、いくつかの建物が見えてきた。畜産地区の集落だ。畜産地区で働く者はその特性上、元狩人が多い。増えすぎた羊を締めなければならないし、森に近い柵の修理や果樹の収穫もあるからだ。
二人は先に畜産地区の地区長のところで荷を渡す。
「二人ともご苦労さま。こっちからも荷を運んで欲しいんだ。頼めるか?」
「夕方には向こうに着くように帰るから、それで良ければ!」
アッシュが元気良く応える。
「あぁ、構わないよ。マリーなら今解体小屋にいるはずだ。後でそこへ荷を乗せて持って行くから荷車は置いていってくれ」
「はい! じゃあまた後で!」
二人は地区長に右手を上げ挨拶して別れるとアッシュの案内の下、解体小屋へと向かう。小屋の中に入ると女性二人、男性一人が作業を行っている。見れば黒猪を解体しているようだ。
アッシュが一人の女性に声を掛ける。
「母さーん」
アッシュの髪色に似たプラチナの髪の女性。マリーだ。
「あらアッシュ。使いで来たの? それとも荷運び?」
マリーはチラリとアッシュを見てすぐに作業に戻り、手を止めずに問いかけた。
「ちょっと話があって……」
アッシュのその言葉でマリーは今度こそ作業の手を止め、アッシュに向き合う。
「皆ごめんなさい。少し抜けてもいいかしら?」
「大丈夫だよ。ゆっくり話してきな」
「そうそう。気にしないで」
解体作業していた二人は笑顔でマリーを送り出す。
「あ、じゃあオレ、手伝えることあったら手伝う!」
ガランは興味がある解体作業の補佐に立候補した。
「お。じゃあそこの井戸で手をしっかり洗いな。いいか、しっかりだぞ?」
「はい!」
ガランは目の前の井戸で水を汲み上げる。
「じゃあちょっと外で話しましょう」
「うん」
マリーは自身の手を洗うとアッシュを促し外へ出た。少し歩き、アッシュの顔を見つめながらマリーはアッシュに問いかける。
「アッシュ何かあった? 狩人見習い、嫌になったのかしら?」
「え?」
意表を突かれたのはアッシュである。見習いになる許可を得に来たのに、マリーは見習いが嫌になったのかと聞いてくる。
「嫌じゃない! あれ? 狩人になりたいって母さんに話したっけ?」
今度はマリーがキョトンとする。
「言われてなかったかしら? ケビンが狩人見習いになったのを聞いたからあっちに行きたいんだとばっかり……。でもそうよね。あなたまだ知らないはずだものね」
ひとり納得するマリー。アッシュは困惑顔だ。
「例え見習いでも、精霊に選ばれないと狩人にはなれないのよ。あなた、もう選ばれたでしょう?」
「ええええーーーーー!」
アッシュの顔が困惑から驚愕に変わる。
「一応秘密なのよ。先に知ってしまうと選ばれない可能性だってあるの」
マリーのその言葉にまた困惑顔に戻るアッシュ。
「ど、どゆこと?」
「精霊はね、生きる為に力を貸すの。我が儘や自分勝手なことには力を貸してくれないわ。それを狩人は皆わかってる。だから私、てっきりもうあなたも知ってるかと思ってたわ」
「……そういうことかぁ〜」
ようやくアッシュの困惑は消えた。そして次に浮かんだ顔には決意が宿っていた。
「母さん。精霊の話はわかった」
マリーはアッシュの表情に何か感じたのか、真面目な顔で一度頷く。
「里の外じゃなくて……森の外に出たいって言ったら……悲しむ?」
マリーは小屋の方に目を遣り、アッシュに影響を与えたであろうガランの姿を瞳に描く。
「……あの子の影響かしら?」
アッシュは首を横に振ってマリーに告げる。
「ガランは切っ掛けかもしれない。けど、もっと前から思ってたんだ。『違う国』を自分の目で見たいって。狩人になれば森の外が見れるんじゃないかって思ったんだ」
アッシュが言う違う国。それは前世の世界、日本のことであった。異世界などと飛躍した考えは当然なく、アッシュは記憶に出てくる風景が、この世界の何処かにあると思っている。その風景、その国を実際に見てみたいのだ。
アッシュはマリーを見つめる。そしてマリーもアッシュを見つめる。どれくらい見つめていただろうか。腰に手を当て、マリーがひとつ頷いた。
「そうねアッシュ。私もそう思ったことが何回もあった」
そしてマリーは空を見上げ、過去の自分の姿を思い浮かべる。その姿をじっと見つめるアッシュ。
「……でも行かなかった。ひとりで行く勇気は、なかったわ」
マリーは空から目を離し、改めてアッシュを見る。アッシュの覚悟は揺らいでいない。マリーにはそう映った。そして口を開く。
「あなたへの贈り物があるの。女狩人が遣うもの。準備しておいて良かったわ。待ってて」
「うん、わかった」
マリーはそう言って家へと戻る。
程なくして戻ってきたマリーは胸に小箱を抱えている。
「お待たせ、アッシュ。――これを」
マリーが差し出した箱を受け取るアッシュ。箱の中身は何やら動く。箱の隙間を覗き込むアッシュに、マリーが微笑みながら続ける。
「ケンジャフクロウよ。あなたが精霊に選ばれたと聞いて、巣立ちの幼鳥を探してきたの。百年生きると言われてるわ」
アッシュが蓋を開けようとするのをマリーが止める。
「まだ慣れてないの。慣らし方は族長がご存知よ。教わると良いわ。そして――」
マリーはアッシュの頭を愛おし気に撫でる。
「――ケンジャフクロウはね、とても賢いの。あなたの狩りの手伝いもできるし、戻るべき場所もわかる。あなたがたとえ森の外に居たとしても、この里まで戻れるわ」
アッシュは思わずマリーを見る。
「アッシュ。族長の許しを得なさい。許しが出たら私はあなたが行くことを認めるわ。悲しいし、寂しいけれどね。まさかケンジャフクロウが便りになるとは思わなかったけど、遣い方は私が教えます。――ね、いいでしょう? アッシュ」
そしてもう一度アッシュを撫でるマリー。母の想いにアッシュも頷きで応える。
そこへ地区長が荷車を押してやってきた。
「持ってきたぞー。こいつを向こうで締めてもらってくれ。こっちは予定外の猪で手が回らんとね」
マリーがバツが悪そうにしている。
「ごめんなさいね、地区長。でもタイミングは良かったでしょう?」
「え?」
アッシュは自分の訪問を知っていたのかと思い、マリーを見る。
「捕れちゃったのよ、黒猪。ケンジャフクロウのついでに。二頭も」
「ええええーーーー!」
アッシュはまたも驚愕。
「メエエエーーーー」
ドナドナされる羊の鳴き声が悲しく響くのであった。
お読みいただいてありがとうございます。
里の文化のワンシーン。新たな仲間も加わります。
是非引き続きお楽しみください。




