第18話 条件(前編) —秋から冬へ—
「わ……! 真っ黒……!」
ガランは思わずつぶやいた。
「かわいいわね……!」
ロビンもそれに応えるようにつぶやく。二人はアッシュが慣らし中のケンジャフクロウを、ドアの隙間から覗きながら小声で話している。フクロウはベッドに座ったアッシュの右肩の上だ。
「キュキュ! ピギュィ!」
覗く二人にとっくに気づいてる金眼黒毛のフクロウは警戒の鳴き声をあげ、アッシュの肩にかかる髪にお尻を隠してしまった。
「痛たた……。よし『クー』、ご飯にしよう」
アッシュも、クーと名付けたフクロウを驚かさないよう小声で告げ、クーをベッド脇の巣箱に入れた。貰ってきていたクズ肉をクーに与える。要は餌付けだ。
クーを贈られてから六日。ようやく手から餌を食べるようになり、手の上や肩に乗るようにもなってきた。朝食後にそれを聞いたガランとロビンが見たがり、お披露目となったのだ。人に慣れさせる目的もある。もう少し慣れれば、手や肩に乗せたまま歩く『据え回し』ができるだろう。だが幼鳥とはいえ巣立ち直前。爪が素肌に当たるとやはり痛い。アッシュは今日にでも布革や足輪を用意するつもりでいた。繫ぎ紐は就寝前に組紐を編んでいる最中である。
「ケプッ」
満腹になったのか、クーが小さく鳴いた。それを合図に、アッシュは粗く編んだ大きい蔓籠を巣箱に被せて部屋を出る。
「おまたせ!」
アッシュは二人にそう告げ、揃って歩き出した。仕事と学びに行く時間だ。
「まるで母鳥みたいじゃない」
ロビンが楽しそうにアッシュを冷やかす。ガランも同意するように頷く。
「うんうん。でも小さくても賢そうだった」
「母さんが餌付けしてたフクロウの子だからね〜。人の匂いをよく知ってて託してくれたってさ!」
アッシュがマリーから聞いた話を二人に伝える。
ソウジュではフクロウ等の猛禽は狩らない。雑食で肉の味が悪いのもあるが、猛禽類はネズミや鳥類など害獣を餌とするからだ。賢いケンジャフクロウはそれがわかっており、里に現れては害獣を狩り、餌がない時には収穫前の作物をわざわざ鳥から守って、クズ肉をねだったりするのだ。エルフが害をなさないのはわかっているフクロウである。巣立ちを前に『託す』ことがあると狩人は知っており、筋力で男性に劣る女狩人の遣い鳥としていたのだ。けして餌のお礼に我が子を差し出した訳でも、無理やり攫って来た訳でもない。
「じゃあ使い古しの革、あると思うから今日貰ってくるわ」
「お願いね!」
ロビンは右手を上げ作業所へと向かい、ガランとアッシュは火の工房裏の学び小屋へ向かう。空き小屋が二人の教室だ。
二人の学びは進み、今は文字と単語を覚えるための書き取りに入っていた。ジローデンも仕事があるため付きっきりにはなれない。二人には『課題』としてジローデンが所蔵している『アーシア野草集』という冊子の書き写しが指示されていた。ガランが秋編を、アッシュが春編をそれぞれ書き写している。
ガランが羽ペンで自分の頬を撫でながら、つい口にする。
「キノコは載ってないんだね」
アッシュは書き写しの手を止めずに返事をした。
「キノコは難しいからねぇ〜。よし半分終わった!」
アッシュはまだ乾いてないインクが滲まないよう紙を横にずらすと、ガランに小声で話しかけた。
「ガランは、鍛冶とか細工の書物が見たかったんじゃないの?」
今度はガランが手を止めずに応える。
「食べ物も大事! それに鍛冶は直接教わるほうがいいかな」
「そっか。やっぱり同胞探すのが先ってこと?」
「うーん……。ちょっと違う」
ガランは書き取りの手を止め、アッシュと視線を合わせて言葉を続ける。
「もちろん同胞は探すよ。会いたいし、オレの知らないこと教わりたい。でも、爺ちゃんの事とか、秘伝の技を教えてくれる人も探す!」
真剣なガランの眼差し。アッシュも先程までの軽い受け答えを止め、頷く。
「うん。大事な家族のことだもんね」
ガランも頷き、続ける。
「うん。そして修行して技を磨いて魔物と戦える武器とか盾を作る! いつか……魔物を倒して村や町がなくなるのを止めるんだ! ――オレ、弱いんだけどね……怖がりだし」
ガランは自分の思いを強く話したあと、最後に少し寂しげに微笑む。アッシュはそんなガランを見つめ、首を横に振る。
「ガランは……怖がりかもしれないけど、弱くないよ。動けないボクを抱えて一緒に逃げてくれたじゃん! ……ボクだって怖がりだ。――でも次! もしガランが動けない時は、ボクがガランを抱えて逃げるよ!」
ガランの寂しげだった微笑みが消え、頼もしい友を誇るような、嬉しげな微笑みに変わった。アッシュもまた信頼する友へ向けた笑みを浮かべると、真剣な眼差しで続ける。
「ガラン、ボクもね。……あの記憶の中の景色を見てみたいんだ。だから、旅がしたい。――母さんにもこの前、話したんだ」
ガランは驚いて少し目を見開いた。しかしすぐに二度三度と頷く。アッシュはさらに続ける。
「母さんには族長から許可を取れって言われたんだ。ボクも黙って里を出るつもりはない。クーもちゃんと慣らして……力を身に付けたら族長と話すつもりなんだ」
アッシュの決意にガランも強い頷きで返す。
「生きる力、二人で身に付けよう!」
その日から二人の学びは急速に深まることとなる。
ガランは野草類、薬草類の筆写を終え、干し方や調合、煎じ方も学んだ。その後、獣の解体や肉の加工・保存方法も学び終える。
言葉と文字を知ったこと、書き記すことができるようになったことが学びに拍車をかけ、旅の目的を共有したことでその意欲が増したのだ。槍も基本の鍛錬を終え、突く・斬る・払うなど応用を交えた模擬戦もこなせるようになった。
アッシュもガランと同じく筆写を終わらせ、革の鞣し等革加工の基礎、矢を作るための木材加工の基礎を学び終えた。そしてリリアンから調理法やレシピを習い、夕食作りにも励んだ。体力作りのため走ってマリーの元へ通い、クーの遣い方を学びながら弓の修練を続けてクーとの連携も形になっていった。
その修練に精霊魔法も加わる。
「オレもうヘロヘロだよ……。腹減ったー」
「ボクも疲れたぁ〜。サウナ入りたい」
槍や弓の修練で容赦なく精霊魔法を使う指示が出され、毎日二人共精神力が削られていた。しかし、それにより精神力は鍛えられ、磨かれていることにまだ本人たちは気づいていない。
ガランは鍛冶の経験からか火を習得。同じく以前不完全ながら発動できた大地の縛りの経験から地を習得していた。アッシュも風の他、風の波紋をなんとか習得できた。
季節は過ぎ、秋から冬へ。そしてその冬の厳しさも和らいできた頃。アッシュはレンフィールドに面会を求める事となる。そしてアッシュの話を聞いたレンフィールドから『里を出る条件』として三つの課題が提示されるのは、もうしばらく先の出来事であった。
精霊魔法の詳細、本文に入れるには少し間延びしますのでこちらで紹介を。
火 《フレイ》
熱を増幅させる火の基礎精霊魔法。自身の体温より高い熱源があれば熱をエネルギーに変換し自身の体力を向上させる。
ただし制御力が低いと熱傷を負ったり乾燥した木材や布が発火するリスクがあり、使用後に倦怠感が現れることもある。
ガランは主に槍を扱くなどの摩擦熱を利用している。
地 《グラン》
地の基礎精霊魔法。物が落ちる、人が歩くなど、大地の微小な振動を察知することが出来る。また岩盤や坑道などを叩けば、知っている鉱物との振動比較も可能である。
ただし風で枝が揺れた樹木等も大地に微小な振動を与えるため、立体物が多くなれば判別の正確性が著しく低下する。
大地の縛り《スタン》
自身が起こした大地の振動を増幅させる地の精霊魔法。増幅した振動の範囲内は運動摩擦力が上昇、急激な摩擦抵抗力の増加とスリップ現象を引き起こし、対象を足止めする。
ただし自身が引き起こす振動のため自身も動けず、対象が空中にいれば意味をなさない。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。




