3「ちょちょちょマジで怖いから!目がヤバイから!暴力反対!動物虐待反対ー!!」
ざっくりと説明しておくと。
この近隣でハバをきかせているチームは、主に三つ。他にも小さなチームがいくつかあるにはあるが、その大半はこの三つのチームの傘下にあるか、あるいは中立であるかわりほぼ力のない小さなチームと言っても過言ではない。キバルが元々所属していた“イエロードール”は既に解散しているが、その元イエロードールのメンバーの中には今でも現不良たちと繋がりのある者もいて、ちょいちょいと情報は入ってくるのである。
この近隣では誰がどう決めたのか、チーム名に色を使うところが圧倒的に多い。今の三つのチームも色由来の名前だ。
蒼を基調にした服を着込み、チームの結束を示すカラーギャング、蒼天山。
典型的な走り屋、いわゆる暴走族に近い空気を纏う紅蓮吹雪。
そして、ヤクザと繋がりがあると噂され、一番得体の知れない印象の黒槍――。
――蒼天山は三つのチームの中でも、一番大人しい印象だったんだけどな。喧嘩すりゃ強ぇけどどっちかというとベビーフェイスつーか……正義の味方に近いイメージでやってるチームつーか。
まあ、それで過去に薬の売買をしていたよそのチームと揉めて派手な抗争をしたこともあり、大量に病院送りと拘置所送りを出したことでも有名であるのだがそれはそれ。他の二つのチームならともかく、蒼天山ならば兄貴が下っ端に所属していてもさして問題はないだろうと思っていたのである。馨自身が不良チームにいるわけでもないし、喧嘩が強いけどいじめはしない兄のことを彼が誇りに思っていると聞いていたから尚更だ。
もっと言うと、三竦みで落ち着いてから、ここ数年以上チーム同士の抗争が起きていないことも知っていた。ゆえに、特に問題もなかろうと様子見していたのだが。
――流石にヤクは駄目だろ、ヤクは。
馨は兄の素行が悪化したことを受けて、どうしても大人には相談できずに駆を頼ったということらしい。確かに、世間一般から見て不良チームに属している人間の印象は、お世辞にもいいとは言えない。下手をすれば暴力団との繋がりさえ疑われるだろう(実際は、コドモの不良チームがヤクザと直接繋がりを持てるケースなど極めて少ないにもかかわらず、だ)。
ましてやそれが、品行方正なイメージの強い“教師”という存在なら尚更である。どんな偏見に晒されるかわかったものではないし、何も今の時点で警察沙汰にしたいわけでもない。そう思っていたら、馨が担任への相談に二の足を踏むのも当然と言える。
『時々だけど、蒼天山の仲間を家に連れてきて酒盛りするくらいはままあることだったらしいんだ。馨の兄貴の友達だから、馨に対して苛めたり怖いことしたりするような奴等じゃなかったし……ていうか、馨と兄貴ってすごく仲良いし、兄貴は蒼天山でもそこそこ地位が高いみたいだしで』
『幹部なのか?そりゃすげぇな』
『そこで素直に凄いって言ってくれる大人、かもっちくらいだよ。……ただ、最近は連れ込んでくるメンバーがちょっと変わったっていうか、なんか不良っぽいけど見慣れない人達を連れ込むようになったっていうか。指がないとか、そういうわけじゃないんだけど、雰囲気がなんか違うんだって。もしかしてら、余所のチームの人だったかもって……』
『え。そりゃちょっとまずくね?』
三竦みになっている三つのチームは、当然のように互いに仲が悪い。お互いの力が拮抗しているせいで、互いに潰し合えない状況になっているだけである。二つが戦えば、残り一つが弱ったところを狙ってくるのがわかっているから、というごくごくノーマルな理由だ。
その幹部が、他のチームのメンバーと仲良くしていた。下手をすれば裏切り行為として、チームから厳しい罰を受けることも有り得るのではないか。
『まずいよな?俺もそう思う』
駆は青ざめた顔で、頷いた。
『でもって、なんかヤクやってるぽいんだって。なんか粉薬みたいなの、ビールに溶かして飲んでたとか』
『明確すぎるほど明確にアウトじゃねーか!!やべぇだろそれ!!』
『うん。俺……馨が巻き込まれるのも嫌だし、馨の大好きな兄貴がおかしくなるのも嫌なんだ。どうにかなんねぇかな、かもっち……』
『……』
どのクスリかなぁ、と俺は頭を抱える。粉ということはシンナーではなさそうだ、ということしかわからない。キバルが不良もどきに混じっていた時、イエロードールというチームには絶対の掟があり、そのうちの一つが“クスリにだけは手を出すな”だった。ただ、厄介なことに近年のクスリは、麻薬だと知らないまま接種されて薬物中毒に追い込まれることも少なくない。危ないクスリのリストはひとしきり頭に叩き込んではあったが、黄色い粉薬というだけの情報で絞りきるのは不可能に近かった。
もっと言えば、脱法ドラッグの類いは日々その種類を増やし続けている。直近の薬物事情に、今はいち教師でしかないキバルがそこまで詳しいはずもない。自分が把握していない危険薬物があってもなんらおかしいことではなかった。
「とりあえず、明日馨に直接話聞いてみるか。今日は駆の相談聞いてるうちに帰っちまったしなー。よし、結論出た」
「お、なんかお悩みの答えが出たようで何より」
こんな奴でも話し相手くらいにはなるだろう。狭いアパートの畳の上、ごろんごろん転がっていたコアラは“ところで”と口を開いた。
「僕にご飯はないの?ねえ?」
「お前異星人なのに飯食うのか。何食べるんだよ」
「え、聞いてくれるの?聞いてくれるのねえ?」
がばっ!と立ち上がったコアラ。あれなんか嫌な予感がするんですけど、の俺が思っていると。
「黒毛和牛のステーキがいいです!あ、高級焼肉でもいいし、高級豚のソテーでもいい!魚系だったら鰻か鯛をキボンヌ!」
「ざっけんな貧乏な独身男性捕まえて無茶言うんじゃねー!」
キバルは反射的に、そばにあったティッシュ箱を投げつけていた。カポーン!という小気味良い音と共にクリーンヒットし、遠くへすっ飛んでいく犬モドキ。おお、なかなかいいぶっとびっぷり。
「お前なんかドッグフードで十分だっつーの!ていうか、そんな金があったらこんな築二十三年の賃貸ボロアパートに一人寂しく住んでねーんだよ!」
「あ、確かに!」
「納得すんなムカつくわ!!」
というか、なんで自分がこいつを飼わないといけないのだろう。再三になるがここはペット禁止のアパートだというのに。
これから先の地味に出費の増加を思って、俺は熱い涙を流すしかないのだった。
***
事件はキバルが思っていたよりもはるかに深刻だった。それを理解したのは、キバルが翌日出勤して一日の授業を終え、部活動を始めようとした時だった。
一年生の数人が集まり、先輩たちに何かを相談している。全員深刻そうな表情で、その中にはあの駆の姿があった。いつも誰より早く部活に来ていた馨の姿がない――キバルは嫌な予感がして、その集団へと駆け寄っていく。
「おいお前ら、どうした。顔色悪いぞ」
「か、かもっちゃん!」
真っ先に声を上げたのは駆だ。彼は真っ青を通り越して紙のように白くなった顔で、慌てて集団から飛び出してくる。口を金魚のようにパクパクとさせて、かおるが、と口を開いた。
「か、馨が!馨が!!」
「どうしたんだよ、おい!?狭霧に何かあったのか!?」
「じゅ、授業終わった途端飛び出してっちまって、それで!兄貴のこと呼んでたし明らかにおかしくて、俺もすぐ追いかけたけど……見失っちゃって……!」
「!」
明らかにただ事ではない様子。ただ、状況が状況なだけに誰に連絡すればいいのかもわからない。彼が何処に行ったのかもわからず、半ばパニックだったところこをサッカー部の面々に見つかって今に至るのだという。
「ど、どうしよう。絶対、兄貴にヤバイことが起きたんだ!でも、俺じゃ、俺らじゃどうすればいいか……!」
「それは……」
その時。キバルが持ってきていたスポーツバックが、何やらもぞりと動いた。まさか、と思って見てみれば――ピョコンと飛び出してくる茶色の頭、三角形の耳。
何故お前が俺のバッグに入っているんだコアラ。俺が口をあんぐり開けていると。
「大変だぞキバry」
「わーわーわーわーわー!!」
――馬鹿野郎ここで喋るんじゃねええええ!
俺は大慌てで犬の口を塞いだ。喋る犬なんぞ、存在するだけで騒動になるのが明白なのに!もう少し空気を読め空気を!
「あ、あれ?なんで先生のバッグからワンコが……?」
生徒たちはぽかん、と口を開けている。そりゃ突然スポーツバックの中から犬が出てきたら誰でもそうなるだろう。
「しかも今、なんか喋……」
「ききききき気のせいじゃねぇかな!?うん多分気のせいだ気にしたら負けだ負け!とりあえず狭霧のことは先生に任せろなんとかするから、なっ!?悪いけど今日は急遽部活は休みってことにしてくれじゃあっ!」
「ちょ、先生!?先生ー!?」
ばびゅーん!っと俺はバッグを持ってその場を撤退した。途中コアラが“ぐるじい”“じぬ”だのなんだの言っていた気がするが無視である。
校舎裏の誰もいないところにバッグを投げ捨てると、俺はヤンキー時代のように殺意に満ちた目を犬モドキに向けた。
「てんめぇこの野郎!どういう了見だ、勝手に人のバッグに入りやがって!しかも人前で喋ろうとすんじゃねえ、全力で空気読みやがれ!」
「ちょちょちょマジで怖いから!目がヤバイから!暴力反対!動物虐待反対ー!!」
「てめーは犬の顔した異星人だろーがぁっ!」
「わーん!」
嘘泣きする犬が実にうざい。こっちはそれどころじゃないというのに!
「何だよ何だよ何だよ!せっかく敵の気配を察知したから教えに来てあげたのにさ!」
そしてコアラは。バッグに顔だけ出した情けない格好で告げたのである。
「出たんだよ、敵が!惑星ドロイド・ボーンの連中が!多分お前の教え子がすっとんでいったのと、無関係じゃないからー!!」