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4「男なら、守るために戦わなくちゃいけない時があるだろ?」

 ここで、地球侵略を目論む異星人“ドロイド・ボーン”についてさくっと解説しておくこととする。

 この異星人は、本性は全身が触手に塗れたもっさりした外見で、肉体と呼ばれるものを持たない存在であるらしい。ゆえに、他の生物の肉体を乗っ取って行動するのだそうだ。霊体の状態ではほとんどの攻撃を受けないものの、こちらに対してもろくに攻撃を仕掛けることができないからである。

 どんな風にドロイドの連中が他の生物を乗っ取るのかといえば。その生命体の脳を、特殊な力で支配することよって、であるという。対象の脳に特殊な念を送ることによって本来の意思を眠らせ、自分と感覚を共有し自在に動かすことのできる“ダーク・エレメンツ”という人形にするのだそうだ。


「ドロイドが霊体状態でふよふよ~としている状態の時なら、魔法少女の資格を持った人間なら視認することができるよ。例え魔法少女とは名ばかりのおっさんでもね」

「はったおすぞてめぇ」


 何でこいつはいちいち偉そうなんだ。キバルは憮然とする他ない。

 どうやら狭霧馨の兄、狭霧誠がおかしくなったことにはそのドロイド・ボーンが影響している可能性が高い、らしい。というか人が前触れもなく突然人格が変わったり、危険な行動をするようになったらその人間か周囲の人間がダーク・エレメンツ化させられている可能性がきわめて高いのだそうだ。

 昨日までは、その気配はこの近辺に僅かに感じるのみだった。しかし今日になってより気配が強くなったため、キバルのバッグに潜り込み知らせに来たのだという。


「要するに、俺にそのドロイドなんちゃらを倒せと」


 頭が痛い。痛いったら痛い。頼まれなくても馨とその兄は助けるつもりではいる、しかし。


「俺は、魔法少女とやらになることを了承した覚えはねーんだけど?」

「えー」

「えーじゃねえよえーじゃ!変身なんざしなくてもいんだよ、異星人だろうがなんだろうが拳でボコりゃ終わるだろ」

「君、僕の話聞いてた?ドロイド・ボーンそのものは霊体なんだってば。幽霊に拳が聴くと思ってる?」

「ハリウッド映画なら大抵聴いてる気がするが?大体拳と蹴りと銃が大正義だろ。物理で解決できないものはねぇ」

「ここ日本だから!ってなんで異星人の僕がこんなツッコミしてるのおかしいでしょ!?」

「…………」


 いやわかってます。わかってるんですが。

 正直物理で解決できると夢を見たいと思う自分は、おかしーでしょうか。だって。


――嫌だ……絶対嫌だ。魔法少女のフリフリ服なんかぜってぇぇぇぇに着たくねええええええ!ましてや、教え子の前でだぞ!?一生モンの黒歴史だろうが!!


 コアラに“敵の気配”とうやらを辿って貰う中、ちらりと魔法少女コスチュームの詳細について尋ねていた。一縷の望みを賭けた形であったが、残念ながら予想を裏切らない結果であったとだけ言っておく。何が悲しくて四十過ぎたオッサンがふりふりミニスカートを履かないといけないのだろう。ランニングに備えてスネ毛と腕の毛は剃ってあるがだからいいだろいう問題ではないのだ。


「頑張って。僕見ないようにして応援してるから」


 見事に視線を逸らして言うコアラ。こいつ後で絶対ブン殴る、と決意するキバルである。

 馨がどこにすっ飛んでいったのか、彼の兄に何が起きたのか。何の情報もないまま飛び出した形となったが、幸いなことに一定距離内にドロイドやドロイドが取り憑いたダーク・エレメンツがいればコアラがその気配を察知できるという。コアラが誘導する方向へと路地を走っていたキバルは、彼が龍羅川市の六丁目方向に向かっていることに気づいて眉を潜めた。

 カラーギャング・蒼天山は、一丁目と二丁目のあたりを実質自分達の縄張りにしている。六丁目を自分達のたまり場にしているのは、確か。


――前情報が正しけりゃ、今は黒槍の陣地だよな。嫌な予感しかしねえ。


 最終的に、コアラがここ!と宣言したのは今は使われていない郊外の廃ボーリング場らしき場所だった。不良の典型的なたまり場の一つである。ひと昔前のヤンキーマンガみたいなことすんのやめてくれよ、とキバルは呆れるしかない。

 馨も此処にいるのだろうか。もしや、既に黒槍の連中にリンチされているなんてことは――。


「キバル」


 雑草が生え放題になっている駐車場へ侵入し、裏口に回ろうとしていると。急にココアが真剣な顔になって言った。


「先に言ったように。僕は可愛い女の子が好きだ。できればボインでロリ顔でおっぱいもふともももむっちりしてる地球人の女の子に萌えるタイプだ。おっさんの魔法少女なんか死んでも見たくない」

「誰のせいだ、誰の」

「それでも、必要なことが何なのかはわかってる。自分の役目も。どんなに嫌でも理不尽でも……誰かがやらなきゃ、この世界は侵略されるんだよ。お前はまだ、自分じゃない誰かが魔法少女になって戦えばいいじゃん、としか思ってないんだろうけどさ。その誰かににだって自分の生活があって、家族があって、人生があるんだ。誰かがそれを犠牲にしてでも世界と戦わなくちゃいけないんだ。ひょっとしたらそれは小さな子供がいるお母さんかもしれないし、もうすぐ家族が増えるどっかの家のお父さんかもしれないんだ」

「…………」


 わかっている、そんなことは。だからこそ、キバルは沈黙するしかなかった。

 正義のヒーローは、民を命がけで守る。例え災厄のその日、恋人との大切なデートの日であっても、幼稚園に息子を迎えに行かなくちゃいけない日でも、妹のピアノの発表会があっても関係なく。それがヒーローだ。世間は当たり前のようにそのヒーローに守って貰って、そのヒーローに自身と身内への犠牲を強いるのである。それがわかっていながら、名もない民を守るのがヒーローの仕事なのである。

 キバルもまた。幼い頃は無邪気に自分もヒーローになりたいなんて口にしていたけれど、いい年の大人になった今、現実がどうであるかなど嫌というほど思い知っているのである。警察官や消防官などの人たちが死ぬ気でみんなを守ってくれている中、家族はどれほどその無事を祈るような気持ちで待っているのか、なんてことは。

 そんなこと自分には無理だ、と知っていた。自分は自分と、目の前にいる小さな存在を守るだけで精一杯で、世界の名前もないような人々を守るために戦うだけの度胸も無ければ覚悟もないと。

 だが、これもわかっていること。恋人がいて子供がいて、そんな人間ではない自分にしかできない戦いもきっとある。

 同時に。

 今、目の前で困っているかもしれない教え子を救えるのは、多分自分だけであろうということも。


「怖くても、不安でも、理不尽でも……それを恥と感じることでも。男なら、守るために戦わなくちゃいけない時があるだろ?」


 コアラの言葉が、心臓に染み入っていく。


「新しい自分になれ。思い切って今までの自分を脱ぎ捨てて転生してみろよ。案外魔法少女も悪くないかもよ?」

「それはねぇな、うん」

「ええ……」

「でも……ま。言いたいことはよくわかったぜ」


 少しだけ、腹は決まった。ほんの少しだけれど。

 キバルは腹をくくって、ボロボロに錆びたドアをこじ開けたのだった。




 ***




 兄ちゃんは俺達が捕まえている、返して欲しかったら誰にも言わず一人で指定された場所まで来い――。兄の携帯を使ってそう馨に連絡が入った時、全身の血の気が引く思いだった。どうやら、相手は身代金になるものを要求してきているらしい。兄が彼らから借金でも作ってしまったのか、それとももっとやばいことに手を染めてしまったのか。いずれにせよ、そう言われては馨も行かないわけにはいかなかった。例え、それが罠だとわかっていても、である。

 両親が忙しく、家にいないことの多い馨にとって兄は一番近しい家族である。大人しい馨に付き合って一緒に遊んでくれることも少なくなかったし、両親の帰りが遅い時には彼が手料理を作ってくれることも少なくなかった。最初は潰れた目玉焼きしか作れなかった彼が、不器用なりに料理を練習し、最終的にはハンバーグくらいは作れるくらいにまで成長したのである。全ては、馨を喜ばせるためだった。彼が蒼天山に入ったのだって、馨を守りたいからであったことをよく知っている。彼は、誰にも負けない力を身につけたかったのだ。それこそ、悪い奴らに喧嘩を売られても、大事なものを守りぬけるように。

 そんな兄がおかしくなっていくことに気づいても、馨はずっと手をこまねいているばかりであったのである。兄に守られ続けていたばかりの馨には、兄のような力など何もなかったから。喧嘩なんかできないし、する度胸もない。他の人に相談する勇気もでない。唯一友達の駆にだけは全てを話したけれど、彼だってこんな事情を語られても困ってしまったに決まっている。ギャングだのクスリだの、そんな話が絡んでしまったらもはや一介の中学生の手に負えるものではないからだ。


――それでも……それでも兄貴は、俺の兄貴だから。今度こそ、俺が兄貴を助けなくちゃいけないんだ……!


 今は使われていないボーリング場に踏み入った時、強い錆びの匂いにくらくらと眩暈がした。よほど古くなっているせいなのか、他の原因があるのか。震えながら中に踏み出すと、待ちかねていたように姿を見せるのは数人の屈強な男達である。

 その中には、見覚えのある人間も混じっていた。あの金髪のツンツン頭。ロックバンドのボーカルが失敗したようなパンクスタイルのその男がこの場所のリーダー格なのか、馨が姿を現すと“よく来てくれた!”と大袈裟に両手を開いて見せたのだった。


「初めまして、じゃねーな。俺は黒槍の幹部、岸部浩輔(きしべこうすけ)ってんだよろしくなぁ?……よくぞ約束通り一人で来た!勇気あるボーヤだ、歓迎するぜ」

「あ、兄貴は……誠は?」

「奥の部屋でオネンネしてる。安心しろ、ちょーっと痛めつけてやったがちゃんと生きてるからよ」


 絶対ちょっとじゃないだろ、と馨は唇を噛み締める。一刻も早く兄の無事を確かめたいが、この連中が満足してくれるまではまず無理だろう。

 馨はバッグの中から、茶色の封筒を取り出した。ついさっき、コンビニのATMに寄って引き出してきたお金である。


「……約束通り、お金持ってきました。兄貴を、解放してください」


 浩輔は封筒と馨を交互に見比べると、いくら?と尋ねてきた。


「なんかちょーっと封筒が薄いような?いくら入ってんだよ」

「……二十万」

「はあああ!?二十万!?しょっぼ!俺二百万は欲しいっつったのによーケッサク!」


 ゲラゲラと笑い始める浩輔。無茶を言うなよ、と馨は泣きたくなった。馨の家の財布に大したお金なんか入っていないし、両親のお金を持ち出せるはずもない。そしてコンビニのATMで引き出せる限度額は一度で二十万が限界なのだ。お年玉はもう少し残っていたが、それ以上は実質不可能だというのにどうしろというのか。

 そもそも二百万なんて大金を、ただの中学生がすぐに用意できるはずもないというのに。


「そんなはした金程度じゃ、足らないんだよなあ。全然足りねぇわ」


 男は頭をぽりぽりと掻きながら言う。


「そもそもな?お前の兄貴、俺らから借金してクスリ買っちまってんの。それ、ちょっとねぇくらいすげー額なわけ。ほんとは二百万でも全然足らないところ、俺らの温情で“今回は”二百万でいいって言ってやってんのにさあ」

「そ、そんなこと言われても……っ」

「まあ、ATMの限度額もあるし、しょうがねえかな。複数のATM回って最大額まで引き出そうっていうアタマもねえよなぼっちゃんみたいだしな」


 その手があったか、と馨は今になって気づいた。とはいえ、それでも一日に引き出せる額には限界があったはずだ。確か、五十万とかそこらではなかったか。どっちみち二百万は無理というものである。


「ま、いいや。……お前、キャッシュカード持ってんだろ。それを暗証番号付きで渡せば兄貴は解放してやるよ」


 そのかわり、と浩輔はにやりと笑う。


「お前自身には……ダーク・エレメンツになってもらうけどなぁ?」

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