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「はい!じゃぁ、ツクァちゃんが隊長の"番"だと解ってもらったところで、ちょっといいですか?」


「…なんだ?」


初めて知る「愛しい」という感情に酔っていると、ダグラスが訊いてくる。


「お説教の時間です。そこに正座してください」


説教…?正座…?

いったいコイツは何を言っているんだ?


「何を言ってるんだ、とか思ってますね?」


俺の心が読めるのか?


「別に心が読めるわけじゃないですよ?」


いや、読んでるだろう?

会話になってるじゃないか。


「隊長の顔に書いてますからね」


顔だと?

何をふざけたことを言っているんだ?


怪訝に思う俺を無視して、ダグラスはうんうん頷きながら話し続ける。


「ええ、ええ、ツクァちゃん可愛いですよねぇ。力加減を間違えると折っちゃいそうに細くて、小さい。腕に抱いた感触が忘れられない。もっと匂い嗅ぎたい。ずっと抱き締めてたい。掌じゃなくて唇に口づけしたい。いや、彼女の全部を自分で埋め尽くしたい」


く、くちづけ…。

うううううううめつつつつつつっ!?

うわあああぁぁぁ!

コイツは何を言い出すんだ!?


確かに彼女の香りは甘くて頭が溶けそうになるし、細くて手折りそうに体は小さくて可愛いし、鈴のような声は心地好くて聞きたいし、その声で俺の名を呼んでほしいし、艶やかな黒髪も綺麗だし、濡れた黒い瞳に俺だけを写してほしいし、この腕から離したくないとは思った。

そう思ったことすらも背徳的な気がしていた。

なのに、口づけしたいなど、ましてや彼女の全部を…などと空恐ろしいことをダグラスは口にだした。


「ちょっとハードル高かったですか?まぁ、笑ってほしい。声が聞きたい。名を呼んでほしい。くらいですかね?」


「…ぐっ」


女に免疫のないお前など、その程度しか望めないだろう、と揶揄された気がする。だが、それも間違ってはいない。


「まったく…。赤くなったり、青くなったり、隊長が女性に免疫が少ないのは解ってましたが、まさか恋愛初心者だとは思いませんでしたよ」


「ぅぐっ…、しょ、初心者ではないっ!」


女性経験はあると言い返せば、ダグラスからはため息と半眼で返された。


「はぁ〜…、誰も隊長が童貞だなんて言ってません」


ぐぬぬぬぬっ!

この警備隊隊長の俺が、ダグラスごときに気圧されるなんて…。気づけば、いつの間にか正座の姿勢をとっていた。


「いいですか?いくらツクァちゃんが隊長の"番"だとしても、初対面の女の子なんです。しかも、こんなところで、あんな格好で、ひとりでいるなんて、何かあったに違いないでしょう?」


そう、そうだった…。

彼女に何があった?

何が…誰が…彼女を苦しめている?

赦さんっ!!


「そんな女の子にいきなり何してんですか?掌に口づけ?馬鹿ですか?それって、人の間では獣人でいうところの求愛の名告げと同じですよ?馬鹿なんですか?普通の出逢いでもないのに…。そりゃぁね、恋に手順なんてありませんよ?ましてや"番"ですし?理性も飛んじゃったんでしょうけど?でも、今に限っては順序ってもんがあるでしょう?馬鹿なんですね」


おいっ!何回馬鹿って言いやがった?

最後は断定しやがったな!?


しかし、俺は何も言い返せずに膝の上で拳を握りしめた。

彼女の身に起こった何かに対してと、彼女を気遣うことのできなかった愚かな俺自身に怒りが込み上げてくる。


俺は馬鹿だ…。

ダグラスの言う通り、俺はなんて馬鹿なんだ…。

俺なんか彼女に相応しくない。

これ以上、彼女を俺が穢すわけにはいかない。


「まぁ、隊長の印象、そんな悪くないと思いますよ。たぶんですけど…」


慰めにしても、もっとましな言い方があるだろう?

さっきダグラス(お前)が言ったように俺は最低な男なんだ。下手な慰めなどいらん、と顔を上げれば視界の端に彼女が起き上がるのを捉えた。


「ぁ…」


ぼーっとした表情の彼女と目が合った。

ああ、すまん、すまない。

俺の顔に疵をつけた魔獣にのし掛かられた時よりも、胸が苦しくなる。


「あ!気が付いた!?気分悪くないですか?」


直ぐにロイスも彼女が起きたことに気づいて駆けより、俺の視界から彼女が隠されてしまう。

彼女の「大丈夫です」と言う声が耳に聞こえる。俺ではない他の男と話してる彼女、きっと柔らかな笑みを浮かべているのだろう。

彼女と話すロイスを妬ましく思っていると、ダグラスの口元がにーっと上がっていく。嫌な予感がする。


「俺、ツクァちゃんに隊長のことどう思うか訊いてきますね!」


ダグラスはサムズアップして早口で言うと、彼女の方へと向かって行った。


は…?

何を訊いてくるって?


瞬く間にダグラスが彼女の側へ行くと、身を屈めて馴れ馴れしく話しかけた。


「ツクァちゃん大丈夫ー?隊長がいきなり失礼なことしてごめんねぇ?」


お前!距離が近いっ!


「っ!ダグ、テメェやめろっ!!」


彼女が何か言っていたが、自分の声でかき消してしまった。俺の声が聞こえているはずなのに、ダグラスは無視して話し続けやがる。


「あのね、ひとつ訊きたいんだけど…。隊長、あ、あっちのオッサンね。やっぱ怖いよね?」


おいっ!んな訊きかたがあるか!?

もっと他にあるだろうが!


彼女の答える声は聞こえない。その代わり、ダグラスの「やっぱ怖いよね」という言葉が突き刺さってきた。

見ようと思えば彼女を眼に捉えることはできるが、怖がっている表情を見たくなくて俯いていた。


「隊長ね、女の子の扱いとか慣れてなくてさ、ちょっとけっこう乱暴なんだけど、あんなゴツくて顔も怖いしさ、オッサンだしさ…」


そこに追い打ちをかけてくる、俺を扱き下ろすダグラスの言葉に怒りがふつふつと沸く。


あいつ、またオッサン言いやがった。


「いや、ほんと顔に疵痕あって残念な人なんだけど」


どんだけ俺の印象悪くする気だ?

ぶち殺すぞテメェ…。


怒りで震える体を、わずかに残った自制心で抑えつけるのも限界に達しようとした時、彼女の低く硬い声が耳に響いた。


「残念なのは、あなたです」


…え?

怒っているのか?


「さっきから何なんですか?隊長って呼んでるってことは、セイリオスさんはあなたの上官ですよね?上官であるセイリオスさんのことを"おっさん"呼ばわりして、乱暴だとかモテないだとか、挙げ句に容姿を揶揄すようなことを言い連ねるなんて。そりゃぁ、強面の顔だし、体格も良すぎで、私だって最初は少し怖いと思いましたよ」


勢い込んで話す彼女の言葉に、心臓が早鐘を打つ。

オッサン、モテない、強面、怖い、どれも言われなれた言葉だが、それが彼女からでてくるにつれ、俺の気持ちは泥の沼地に沈んでいく。


「でも、彼は人を気遣うことができて、得体の知れない私を保護してくれると言ってくれた、お人好しすぎるくらい優しい人なのに!セイリオスさんは格好よくて素敵な人です!」


今、何て言った?

優しい?格好いい?素敵?

全身の血液が一ヵ所に集まってきたように顔が熱い。

落ち着け!落ち着くんだセイレオス!

どれも俺を形容する言葉じゃなくて、俺の耳が勝手に都合のいいように拾ってるだけじゃないのか?

山下ろし、下行抑制、ステーキ!

そうだ!そう言ったに違いない!

……意味がわからん。

いったい彼女は何が言いたいんだ?


脈絡のない言葉の羅列に、火照っていたものが退いていく。そこに飛び込んできたダグラスの笑い声。


「たいちょー、格好よくて素敵な人ですって!よかったですねっ!」


っ!!!!!?

退いたはずの熱が一気に発火する。

真っ赤になってる気がして、俺は両手で自分の顔を覆い隠した。

何て言った?彼女は何て言ったんだ!?


オヒトヨシスギルクライヤサシイヒト。

カッコヨクテステキナヒト。


彼女から聞こえた言葉を咀嚼するように頭の中で繰り返す。

俺の気持ちを泥沼に沈めたのも彼女なら、救いだしてくれたのも彼女だった。


しかし、ダグラス、お前何気に「優しい」を無視しやがったな?


「セイレオスさん!」


少し冷静さを取り戻した俺に、彼女が呼びかけてきた。

不安そうに瞳を揺らして訊いてくる。


「得体の知れない私ですが、御厄介になってもいいですか?」


当たり前だ!

厄介だなんて思わない。思うわけがない。

傍にいてくれ。いさせてくれ。

そう願うのは俺の方だ!


「ぁぁ、ああ!もちろんだ!」


だらしのない顔をしていただろう俺に、彼女はほんのり頬を染めて笑いかけてくれた。

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