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第八話

 全身を包み込んでいた眩い光が少しずつ弱まっていき、祝福の儀式を受けていた神殿の祭壇の景色が徐々に見えてくる。

「そ、そんな……。唯の人間が戦の女神に挑むなんて、Lv1でラスボスと戦うようなもんじゃないか……」

 俺は女神イーリスから最後に聞かされた事が頭の中をぐるぐると駆け巡り、茫然自失の状態に陥っていた。

 女神アルミナに話を聞いてもらうには、どうやらアルミナと戦って勝つ必要があるということだが、剣も魔法も使えない一般人である俺が神に勝てる可能性が万に一つもあるとは思えなかった。

 アルミナの強さがどのぐらいのものかは知らないが、今の俺が勝てるような相手ではないことなど考えずとも分かる。


「コータ! 大丈夫!?」

「な、何があったのよ!?」

「おお、無事でしたか! 一体何があったのですか?」

「ふむ、なんとか生きておったか」

 リーザ、エステア、ラウル司祭、エルド爺さんが、俺が戻ってきたのを見て駆け寄ってくる。

 皆はどうやらこの場所で俺のことを待っていてくれたみたいだ。

 凛はいつの間にかまた鴉の姿に戻り、俺の肩に乗っている。

 リーザ達にはまだ正体を明かすのは早いと判断したのか、それとも単に指輪の力を温存しているのかは、俺かには分からなかったが、おそらくは両方の理由なのだろう。


「コータ! 一体何があったの?」

 リーザが心配そうな顔で俺に問いかけてくる。

「い、いや実は……」

 俺は先ほどの出来事を掻い摘んで皆に説明した。

 イーリスと会ったこと、イーリスにはアルミナという戦の女神の妹がいること、その妹の事でお願いをされたこと、お願いを聞くことと引き換えにアイテムをもらったこと、それらを聞いた皆の反応は様々だった。

 依頼を達成した褒美として願いをかなえてもらえるという話は、自分の異世界での目的である神様の嫁探し(不本意ではあるが……)などに話が及ぶとまずいので、とりあえず伏せておいた。


「そ、そんなことが……。確かにアルミナという神を祀る集団がこの街にはいます。邪神扱いされていることで肩身の狭い思いをしているようですが……。しかし、そのアルミナが女神イーリスの妹だなんて話は聞いたことがありません。私にはにわかには信じ難い話ですね……」

 ラウル司祭はかなり懐疑的な様子だったが、確かに寝耳に水のような話だ。無理も無いだろう。 

「ふむ、わしがこの神殿で司祭として仕え始めた頃、先々代の司祭に、その昔この神殿にはイーリスの他にも祀られとった神様がいたと聞いたことがあるな。ただ、記録にも何も残っとらんかったし、その頃はその司祭がもうろくしたんじゃろうと他の者も含め気にも止めなかったがの」


「すごいじゃないコータ! 女神イーリスと直接会っただけでもすごいのに、直々にお願いまでされてその上アイテムを下賜されるなんて、コータは女神イーリスに気に入られたのね! やっぱり私の見込みは間違ってなかったんだわ。コータさえ良ければ私にもお願いの件、手伝わせてもらえないかしら!?」

 リーザは興奮しているのか、肌を上気させ早口でまくし立てた。

「ありがとう! リーザが一緒に来てくれるならとても心強いよ。でも実は……」

 女神イーリスから最後に聞かされた、女神アルミナの性格の話をリーザに伝える。いきなり襲ってくる可能性が高いというのは事前に伝えておいたほうがいいだろう。

「そうなの……。でも今からすぐに行かないといけないって訳でもないんでしょう? 何か対策がないか私も一緒に考えるわ」

 リーザが一緒について来てくれるのはとても心強いが、相手は神様だ。さすがに全力で殺しに来るという事は無いと信じたいが、それでも二人ではやはり話にならないだろう。

 また、凛も一緒にいるとはいえ、どの程度の力が使えるのかなどは今は分からない。そんな状況なので、できればもっと戦力を充実させておきたいというのが正直な気持ちだった。

 俺がイーリスからもらったチャネルリンクというバングルにしても今のところ全くの未知数だしな。

 そんなことを考えながらエステアの方をチラリと見る。リーザが行くということでこいつも一緒に付いてきてくれたりしないだろうか。


「……なによ? リーザはあんたに付いて行くみたいだけど、私はそんな一ミリも私の得にならないようなことは絶対しないからね! まあ、あんたが床に頭を擦り付けながら『お願いします! エステア様、どうかこの卑しい私めにお慈悲を……』とか懇願するなら考えてあげてもいいけど?」

 こいつは毎度毎度本当にブレないな……。つまり土下座か。

 俺の中のプライドや羞恥心が少し邪魔をするが、そんなものは今この状況に至っては些細なことだ。死ぬぐらいなら少しくらいむかつくやつに頭を下げる方がマシだ!

「ほ、本当か!?」

 俺は光の速さで床に跪き、臨戦態勢に入る。見せてやるぜ……ジャパニーズ土下座というものを!

「お願いします! エステア様、どうかこの卑しい私めにお慈悲を……」

 俺は床に頭をこすりつけながら懇願する。


「……」


 エステアは無言で俺を見下ろしている。

 ふふっ、俺の全てを投げうった土下座に驚いているのだろう。

「ど、どうだ?」

 俺は顔を上げながらエステアに聞く。

「何が?」

「い、いや、だから床に頭を擦り付けながら懇願したじゃないか。これで付いてきてくれるんだろう?」

「はぁ? 私は考えてやっても良いと言ったのよ。やったら付いて行くなんて一言も言ってないわ。というか本当にやるとは思わなかったわ。しかも殆ど躊躇無かったし。正直ドン引きだわ……」

 エステアは、お前は何を言ってるんだ? という顔で俺に言い放った。

「おっ、おっ、おっ……」

「ちょっと、変な笑い方しないでよ気持ち悪い」

「お前は鬼かぁぁぁぁぁ!!」

 俺は魂の叫びをエステアに向けて放つ。

 鬼畜! 圧倒的鬼畜!

 というか、鬼畜な所業で有名な、あの青いネコ型ロボットが出てくる漫画のアイツでもここまでせんぞ……。

 ここまで来るといっそ清々しいな。俺の中で目覚めてはいけないものが目覚めそうだ。


「ちょっと、エステア。そんな意地悪したらコータがかわいそうでしょ。確かに私もちょっと引いたけど……。エステアも一緒に行きましょうよ。これは私達イーリスを信仰する者にとって重要なことだと思うの」

 リーザも引いたのか……。ちょっとショックだ。

 しかしリーザからは女神並みの慈悲を感じるぞ。そこにいる赤毛の鬼畜悪魔と同じ生物だとは思えんな!

 エステアはリーザに言われて少し考え込む素振りをしている。

「……んー、やっぱりいくらリーザの頼みでも駄目よ。だって私に何の得も無い上に、死ぬ危険だってあるんでしょ? どう考えても釣り合わないわよ。それに元々私はそんなに信仰に厚い方でもないしね」

「そう……。あ、そうだ! じゃあこれならどうかしら? この話を一度学園に報告して学園から正式な依頼として出してもらうの。そうすれば交渉次第で色々な条件を引き出せるはずよ」

「……それなら条件次第では考えても……良い……かも。でも、ついて行くか決めるのは学園から提示された条件を聞いてからだからね!」

「ありがとう! エステア。」

 どうやらリーザの押しも合ってもう一度考えてくれるようだ。しかし、学園に正式な依頼として出してもらうとのことだったが、こんな話信じてもらえるのだろうか?

「エステアの件が無くとも、学園には話を通しておいたほうがいいじゃろうなぁ。よし、わしも報告に一緒について行ってやろう。そこの間抜け面の話だけでは学園に信じさせるのも難しいじゃろう」

 横で話を聞いていたエルド爺さんが助け舟を出してくれた。これは素直にありがたい。間抜け面は余計だがな!

「エルドさん、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 エルド爺さんにお礼をいうリーザに習って俺もエルド爺さんに頭を下げた。

 実際リーザにエステア、俺だけで学園に報告してもエルド爺さんが言う通り、信じてもらえるかは怪しいところだろう。しかし、昔司祭をしていたエルド爺さんが一緒に行ってくれれば話の信憑性はぐっと上がるはずだ。

「どうやら話はまとまったようですね」

 成り行きを見守っていたラウル司祭も話しかけてきた。

「アルミナの件についてはまだ私も信じられませんが、今回のイーリスの依頼は私やこの神殿、引いてはイーリスを信仰する全ての者に関わる重要な話だと考えています。なので幸太さん、困ったことがあればご相談ください。微力ながら支援させていただきます。あ、そうそう。これをお持ちになってください」

 ラウル司祭はそう言って、小さな革の袋を俺に手渡してきた。受け取ると大きさの割に思ったより重さがある。

 中を確かめると、金色と銀色の丸い硬貨のような物がそれぞれ10枚ずつ入っているようだ。これがこの世界の通貨なのだろうか?

「聞けばこの街の近くで盗賊に襲われて財産を全て奪われたとの事。少ない量ではありますがお納めください」

「え、いいんですか!?」

「もちろんです。イーリスの依頼はこの神殿からの依頼も同じこと。その依頼への報酬でもありますので気にすることはありません。今回の件、くれぐれもよろしくお願いします」

「あ、はい。わかりました。微力ながら頑張らせていただきます」

 当座の資金をどうしようか考えていたところだ。これはまさに渡りに船。ありがたく頂いておこう。

 しかし、金色の方がイメージ的に価値が高そうに見えるが実際はどうなのだろう? 

 後で、もらったお金の価値を街の中でこっそり確認しないとな。色々あってすっかり忘れていたが、そういえば俺は商人という設定だった。仮にも商人が通貨の価値を知らないというのは笑えない冗談だ。


「ねぇ、学園に報告に行くのは良いけど、あんた結局祝福は受けられたの?」

 ずっとタイミングを窺っていたのだろうか、エステアが痛いところを突いてくる。

「そ、それが……俺には魔力がないから結局イーリスの祝福による魔法は使えないらしい……」

 頭から抜け落ちていたが、そういえば俺は結局魔法は使えないということが分かってしまった。

 この世界に神聖魔法以外の魔法があるのか分からないが、大元の魔力自体が無いという話だったので、なんにせよ望みは薄いのだろう。

「まぁ、そんなオチだろうと思ったわ。大体あんたみたいな間抜けなやつが魔法を使おうだなんて土台無理だったのよ」

 エステアがしたり顔で嬉しそうに言い放つ。

 くっ、こいつめ、人が落ち込んでいるのに、好き勝手言いやがって。

「ちょっと、エステア。コータは落ち込んでるんだから、そんな風に言ったらかわいそうでしょ……」

「いいのよ、こいつはすぐに調子に乗りそうだから」

 ぐぬぬ、い、いやしかし、俺にはまだこのチャネルリンクがあった!

「で、でも俺には女神様からもらったこのバングルがある!」

「で、何ができるの?」

「異世界の俺と近しい存在とリンクできる!」

「で、リンクすると何ができるの?」

「……さあ?」

「……リーザ、やっぱり一緒に行くのは考え直したほうが良いんじゃない?」

 そういえば、イーリスはリンクが強ければそのリンクした対象の力を借りられると言っていたが、どんな形で借りられるのかは聞いてなかったな。

「い、いやいや、仮にも女神がくれたアイテムだぞ? 何かすごい効果があるに違いない! ほら、リンクした相手を召喚できるとか!?」

「じゃあ、今使って見せてよ」

「えっ!? い、いいだろう! 吠え面かくなよ!」

 まだ使い方も分からないのに、つい勢いで言ってしまった……。

 ええい、こうなったら自棄だ。とにかく出たとこ勝負でやるしかない!

「はんっ! 悔しがって泣くのはあんたのほうよ!」

「ちょ、ちょっと、何が出るか分からないアイテムをここで使うのは……」

 ラウル司祭が慌てて止めに入る。

「大丈夫です、ラウル司祭様! こんなやつに大した力が使えるとは思えませんし、仮にもイーリスから与えられたものなら、少なくとも邪悪な物を呼び出す類のものでは無いはずです!」

「そ、そうでしょうか……」

 ラウル司祭はエステアの勢いに押されてしまったようだ。

 この人も結構気が弱いな……。全く関係ないが、奥さんがいたとしたらがっつり尻に敷かれてそうだ。


 俺は覚悟を決めてバングルに意識を集中し目を閉じる。そしてバングルをつけた左手を前にかざす。

 左手を前にかざす動作に特に意味は無いが、やはり形式美というやつは必要だろう。うん、必要だ。間違いない!

 この世界に来たての時に、林の中でやらかした失態? 何それおいしいの?

 しかも今回は女神からもらったアイテム付きだ、失敗するわけが無い。根拠の無い自信が後から後から湧いてくる。

「荒れ狂う風を束ねる異界の王よ、古き(えにし)の盟約により……」

「……ねぇ、あいつ何ぶつぶつ言ってるの?」

「さあ、私には分からないけど、私達が使う魔法の発動呪文みたいなものじゃないかな?……たぶん」

 エステアとリーザが小声で呟いているが気にしない。今回は間違いなく成功するのだ。格好良く決めないでどうする!

「……ここにその姿を現し給え!」

 意識を更に深くバングルに潜り込ませていく。イメージは荒野に暴風が吹き荒れる異世界。

 ……。

 ……。

 ……あ、あれ、おかしいな……何も感触が無いぞ……。


「何にも起きないじゃない」

「い、いや、風の王とは相性が悪かったようだ。何せ俺と存在の近い物とリンクするアイテムだからな!」

「ふーん、ま、なんでもいいけど早くしてね」

「わ、わかってるよ!」

 俺は再び目を閉じバングルに意識を集中し、左手を振り上げる。今度のイメージは異界の森に住む小さな妖精だ。

 力は無いかもしれないが、今はそんなことに拘っている場合ではない。

「異界の森に住む小さくも智を持つものよ、我の呼び声に応じその姿を現せ!」

 バングルを通して、生命力豊かな緑が溢れる異界の森に交信するイメージを作り、その中に存在するであろう小さな者を見つけようと探る。

 ……。

 ……。

 ……おーい。

「ぷっ、あはははははは。な、何よ、結局何にも起らないじゃない。あんなに大仰な呪文唱えといて虫一匹呼び出せないなんて! あははは!」

 エステアは俺を指差し大声を上げて笑う。

「エ、エステア、そ、そんなに笑ったらコータが可哀想よ」

 リーザもエステアほど露骨ではないものの、笑うのを堪えている様だ。

 ラウル司祭は見てはいけないものを見たとでも言うように、俺からそっと視線を外す。

 エルド爺さんも、可哀想なものを見るような哀れみを帯びた目で俺を無言で見つめていた……。


「うわあぁぁぁぁん、覚えてろよ!」

 俺はいたたまれなくなってその場から走り去る。エステアの言った通り泣くのは俺の方だった様だ……。

 衛生兵(メディック)っ! 衛生兵(メディック)っ! いるなら早く来てくれ!

 俺のガラスのハートが粉々だ!

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