第一話「卒業まで、あと少し」
人は、
会えなくなるから離れるんじゃない。
少しずつ、
違う景色を見るようになる。
それでも、
会いたいと思ってしまう人がいる。
三月の夜は、少し湿っていた。
海沿いの道路を走る車の窓を、しょうまは半分だけ開けている。潮の匂いと、コンビニの揚げ物みたいな油の匂いが混ざって、春が近づく夜の空気になっていた。
助手席では、たかとがスマホを見ながら小さく欠伸をしている。
「眠い?」
しょうまが聞くと、たかとは画面から目を離さないまま頷いた。
「ちょっと」
「寝ていいよ」
「しょうまの運転、たまに危ないから嫌」
「失礼だな」
笑いながらハンドルを軽く叩く。
国道沿いのヤシの木が、オレンジ色の街灯に照らされて流れていく。昼間は観光客で混む道も、深夜一時を過ぎると静かだった。
大学四年の三月。
卒業式まで、あと二週間。
四年間、当たり前みたいに隣にいた時間が、もうすぐ終わる。
それなのに、たかとは明日も普通に会えるような顔をしていた。
「腹減った」
「さっきラーメン食べたじゃん」
「ポテトは別」
「意味わからん」
「分かれ」
眠そうな顔のまま言うから、しょうまは吹き出した。
こういう時間が好きだった。
目的もなく車を走らせて、コンビニ寄って、海を見て、眠くなったら帰るだけ。
特別なことなんて何もない。
でも、たかとといる時間だけは、ずっと続く気がしていた。
赤信号で車を止める。
しょうまは何気なく助手席を見る。
コンビニの明かりが、たかとの横顔をぼんやり照らしていた。
大学に入ってから、ずっと見てきた顔。
優しくて、怒らなくて、頼まれると断れなくて、気づけば誰かの隣にいる人。
しょうまは、そういうたかとが好きだった。
多分、思っていたよりずっと前から。
「……なに」
「いや、眠そうだなって」
「普通に眠い」
「ごめん、連れ回した」
「別にいいよ」
たかとは窓の外を見たまま言った。
「しょうまとこういうの、もう減るだろうし」
しょうまの指先が、ハンドルの上で止まる。
信号が青に変わった。
後ろの車に軽くクラクションを鳴らされ、しょうまは慌ててアクセルを踏む。
「……まあ、そうだね」
なるべく軽く返したつもりだった。
でも、自分でも分かるくらい、少しだけ声が掠れていた。
県外就職。
東京。
内定をもらった時は、素直に嬉しかった。
人が多くて、電車が何本も走っていて、夜でも明るくて、知らないものが溢れている場所。
ずっと、ここじゃないどこかへ行ってみたかった。
でも最近は、その気持ちだけでは片付かなくなっている。
「たかと」
「ん?」
「遠距離って続くと思う?」
たかとは少し黙った。
窓の外を流れていく街灯を見ながら、小さく笑う。
「どうだろ」
「なにそれ」
「分かんないし」
「冷た」
「しょうまが聞いたんじゃん」
二人の笑い声が、静かな車内に小さく広がる。
でも、そのあと少しだけ沈黙が落ちた。
ラジオから、知らないバンドの曲が流れている。
しょうまは音量を少し下げた。
たかとが窓に肘をついたまま、小さく言う。
「でも」
「ん?」
「続けたいとは思ってる」
その言葉が、妙に静かに胸へ入ってくる。
しょうまは前を向いたまま、小さく笑った。
「……俺も」
本当は、
“続けたい”じゃ足りなかった。
離れたくない。
隣にいたい。
ずっと、今みたいに笑っていたい。
でも、言葉にした瞬間、終わりが近づく気がして怖かった。
コンビニの駐車場に車を停める。
深夜なのに、制服姿の高校生たちが笑いながらカップ麺を選んでいた。
「しょうま」
「ん?」
「ポテト奢って」
「はいはい」
たかとは少し眠そうに笑った。
しょうまは、その顔を見て少し安心する。
まだ大丈夫。
まだ隣にいる。
そう思いたかった。




