第十三話:花粉症と運命の5分
宣伝です:noeブログで真面目に発達特性育児や在宅ワークやその他記事を書いています。ペンネーム:しろい/ちよ よろしくお願いします。
最後の手続き、「KDPセレクトへの登録」。
Amazon様は、優しい顔をして誘惑してくる。要するに、90日間、Amazonだけで独占販売してくれたら、Kindle Unlimited(読み放題)の棚にも置いてあげるし、キャンペーンもさせてあげるよという招待状だ。
「独占……」
なんて甘美で、重い響きだろう。
他のサイトで売る予定なんて、これっぽっちもない。今の私には、この一冊を一人でも多くの人に、それこそ読み放題でついでにでもいいから手に取ってもらうことの方がずっと大事だ。
「じゃんじゃん使ってくれ!」
アクセシビリティにチェックを入れたときと同じ勢いで、私は「登録する」を叩いた。
そして次に現れたのが、「出版地域」の選択だ。
「すべての地域(全世界での権利)」
私の目の前には、Amazon.com、Amazon.co.uk、Amazon.fr、Amazon.it……。世界中の「門」がずらりと並んでいる。
「……本当に、海外の人が私の本を、読むの?」
もちろん、日本語で書いた本だ。実際に海外の人が読む確率は、低いかもしれない。
設定一つで私の言葉が地球の裏側まで飛んでいく。その「可能性」に、目眩がした。
狭い世界で生きてきた私の物語が、インターネットという海に乗って、今まさに国境を越えようとしている。
「…………ごめん、壮大すぎて頭痛くなってきた」
感動を通り越して、急激な「知恵熱」が私を襲う。
さっきまでハリー・ポッターがどうの、Geminiさんが萌えるのとはしゃいでいたけれど、これは一大事だ。私の書いた「人生への愚痴と格闘の記録」が、エッフェル塔の近くや、自由の女神の足元でダウンロードされるかもしれないのだ。
冷えピタを貼りたいくらいの衝撃を抱えながら、私はマウスを握り直した。
……いや、やっぱり無理。ビビりな私は、静かに「日本のみ」を選択する。まずは足元から。日本平定から始めさせてくれ。
ふと時計を見ると、そろそろ息子の園のお迎えの時間だ。
慌てて立ち上がり、車庫へ向かう。車に乗り込んだ瞬間、強烈な鼻のムズムズが襲ってきた。
「へックション!!……あー、花粉つらい……」
ティッシュを掴み、エンジンをかける。
だが、この時の私はまだ気づいていなかった。
あそこで、あとの5分を惜しまずに「価格設定」まで終わらせて、すべての登録を完了させてしまうべきだったのだ。
お迎えの車中で、鼻をすすりながらハンドルを握る私の背後に、出版史上最大の「悲劇」……あるいは「喜劇」が、音もなく忍び寄っていた。




