第十話:KPFはチキンではなかった
宣伝です:noeブログで真面目に発達特性育児や在宅ワークやその他記事を書いています。ペンネーム:しろい/ちよ よろしくお願いします。
いよいよ原稿のインポートという儀式に取り掛かった。
Googleドキュメントで保存したデータを、放り込む。すると、このソフト、意外とお節介だった。
「ここがタイトルですね?」
「ここが第1話ですね?」
勝手に解析を始め、親切(という名の暴走)をかましてくる。だが、その判定が驚くほどズレている。
「いや、そこはただの本文よ」
「勝手に見出しに格上げしないで!」
画面に向かってツッコミを入れながら、一箇所ずつ手動で修正する。全然パパッとじゃない。むしろ、散らかった子供の部屋を片付けている気分だ。
ようやく整理がつき、一番のお楽しみである見映えの調整へと進む。
「Modern」「Classic」「Cosmo」……。
テーマを選ぶだけで、フォントや見出しが一気にプロっぽくなるらしい。
クリックし、プレビュー画面を覗き込んだ。
……。
……なんだろう、この、強烈なこれじゃない感。
画面に広がっていたのは、かつて学校の授業で必死に解読した、あの『ハリー・ポッター』の原書のようなレイアウトだった。
フォントの余白、見出しの立ち上がり、行間の詰め方。そのすべてが英語の小説のルールで動いている。そこに無理やり日本語を詰め込んだものだから、まるで借りてきた日本の猫が西洋のドレスを着て戸惑っているような、言いようのない違和感が漂っている。
「……日本は、縦書きだよ。せめて横書きでも、もうちょっとこう……」
だが、この画面の中はアメリカの・Amazonだ。
彼らにとって、物語は横に流れるもの。右から左へ、縦に視線を落とす文化なんて、想定していない。
「あ、これはケータイ小説なんだ。20年前に読んだ。今の子はこれが主流なのかな」
これは伝統的な日本の縦書き書籍じゃない。スマホの画面で、親指一つでスクロールして読み飛ばす、現代の横書き文化の産物なんだ。
「スマホでなろうの小説読んでるときは横書きでも違和感なく読んでるのに、本作るぞ!ってなったから40歳の脳が誤作動起こしてるんだな」
そう割り切れば、このハリー・ポッターなレイアウトも、なんだか最先端のハイカラなデザインに見えてくるから不思議なものだ。
デザイン迷子という新たな沼に片足をつっこみながらも、私は自分の文章が本の形になっていく高揚感にワクワクしていた。
違和感なんて、シアトルの風で吹き飛ばせ。
目次の作り方はわかんないから、なし。25ページしかないからめくれば終わる。
そんな体力が私には残っていなかった。
さて、KDPのサイトにこのデータを持っていかねば。
ボタンを押すと、そこには見たこともない文字が表示された。
「.kpf」
ケーピーエフ?
Amazon専用の最終形態に着替えが必要なのか。
……フライドチキンではない。いかん、食べたくなってきた。
公開ボタンを叩き、その謎のファイルをパソコンの中に生成した。
「……あれ? 私の『原稿』どこに行った?」
Kindle Createというソフト、保存した瞬間に、なぜか謎のフォルダを大量に産み落とすのだ。リソースだの、コンテンツだの、よくわからない英語のフォルダがデスクトップに増殖している。その中をかき分け、かき分け、本物の、提出用のファイルを探す。
「私、今さっき保存したよね?誰? 誰が隠したの!?」
自分のパソコンの中で、自分の子と迷子になる。私のアドレスバーの中が視界不良だ。迷子の我が子を必死に探し出しようやく見つけた、一つだけ拡張子の違う「.kpf」というファイル。これを握りしめた時、私はもはや感動を通り越して、虚無に近い境地に達していた。
パソコン操作ってなんでこんなに難しいんだ。




