039.修羅場
いつもの通り彼女に弄ばれていると、不意に左腕のブレスレットにコマンダーからメッセージが届く。
『大至急移動されたし』
その一言だけが添えられていた。どういう事だ、と首を傾げる。刹那、部屋の扉が開いた。
「ケイジ! 今日はアールヴヘイム特製のハチミツを――」
琥珀色の液体が入った瓶を持つクーナさんと、オレとミカエラの目があう。浮気現場を見付かった時の様な静寂と嫌な汗が流れる。別に浮気していた訳ではないのだけれど。
次第にクーナさんの表情が険しくなる。
「ケイジ・・・。その小娘は誰だ?」
それは今まで一度も聞いた事のない低い声だった。オレがなんて答えようか考えていると、ミカエラがクーナさんの前に立った。こ、殺されるぞ! とオレが心配するも、ミカエラが挨拶をした。
「初めまして、私はミカエラ。会えて光栄よ、クーナさん」
「・・・私を知っている様だな」
「えぇ。あなたの話はパパから聞いているわ」
「パパ?・・・ああ、地球人でいう父親の事か」
そうか、アールヴにとって親は世界樹を示す。だから親の事をパパやママと呼ぶ概念がないのか。
「そうよ。ちなみに私のパパはガブリエルよ。分かるでしょ?」
「ガブリエルの娘か。確かに、雰囲気が似ているな。それで、お前は何故ここにいる?」
まずい、クーナさんが臨戦態勢に入っている気がする。もしキャットファイトでも起きたら、ミカエラが3秒でミンチになってしまう。オレは2人の間に入って止めようとするも、クーナさんに睨まれる。
「ケイジ。私は今、この小娘と話している。黙って座っているんだ」
「あ、はい」
オレは大人しくソファーに座る。初めてクーナさんを怖いと思ってしまった。ってミカエラを助けようとしたのに何ビビっているんだ。改めて立ち上がろうとするも、ミカエラの堂々とした態度で立ち向かう姿に驚く。
「私のケイジを怖がらせないでくれる?」
「お前こそ、私のケイジに付きまとって困らせているんじゃないか?」
ミカエラの発言に対して、負けじとクーナさんも喧嘩腰で対応する。それとお互いに私のケイジ呼びしている。いや、好意を向けられるのは嬉しいけどさ、こんな修羅場は人生で経験したくないランキング上位に入るよ。
「ふふ。そんな事ないわよ。今だって、私のケイジが私の好きな紅茶を私だけの為に用意してくれたんだから。ね? ケイジ」
「あ、まあ、うん・・・」
凄い強調の仕方に驚き、返事がしどろもどろになってしまった。ただ、事実だから肯定する。
「ふん。施されてばかりで、自分はケイジの為に何も用意してあげないとはな。私はアールヴヘイムでも中々手に入らない最高のハチミツを持って来たというのに。ここではあまり甘味を口にする機会がないからな。久しぶりに甘い物を食べたいだろ? なあ、ケイジ」
「あ、うん。甘い物好き」
確かに甘い物を食べる機会は少ない。精々チョコレートをたまに食べる程度だ。日持ちしない食べ物や高価な物は基本的に手に入らない。だから乾パンにハチミツを付けて食べたら、多分最高に美味しいと思う。それにオレ自身甘い物は大好きだ。ああ、久し振りにコーラが飲みたい・・・。
「まあ、部外者の小娘はここの事を何も知らないだろうから、仕方ないか」
「くっ」
お、クーナさんが優勢か。とは言えそろそろ気まずいから終止符を打ちたいんだけど・・・。
「わ、私なら、ケイジが欲しい物も好きな物も何でも用意してあげられるわ。ケイジ、何が欲しい? 甘い物ならアイス? コーラ? それともスナック菓子? ポテトチップスとか持ってきてあげようか?」
「え、ホント? ・・・ってダメだよ。気持ちは嬉しいけどさ、他の人達だって我慢しているんだし。オレだけ良い思いをするのは申し訳ないよ。ただでさえ、部屋だってこんなに広くて個室もあてがわれているのに」
一瞬誘惑に負けそうになる。自由に外を出入りしているミカエラなら、それらを買ってくる事なんて造作ないだろう。だが、そんな事をしてしまえば階級が下の連中に対して示しがつかなくなってしまう。
オレの階級は、戦場では最上位のものに当たり、自身の判断で他の部隊に命令する事も許されている。現場の最高責任者と言って過言ではない中、自分だけ美味しい思いをする訳にはいかない。
あまり調子に乗るのはマズいだろう。
「・・・ケイジ。あなたのそういう優しい所、とても素敵だと思うわ」
そう言ってミカエラはオレの頬にキスする。そして後ろからオレの首に腕を回して抱きしめてくる。嬉しいけども、この状況が悪化するのではないかという不安が勝る。
クーナさんに視線を向けると、彼女も気付けば近くにいた。何をするのかと思っていると、いつもの様にオレの頭を優しく撫でる。
「他者を思いやる気持ちを持っている者こそ、上に立つ資格がある。また少し成長したな。ケイジ」
確かに数か月前のオレならそんな事気にせず、コーラを買ってきてもらっていただろう。オレも少しは大人になれたという事かな。
2人が褒めてくれた事が嬉しかったが、状況が良くなった訳ではない。心配するオレに対して、彼女達は穏やかに会話を始めた。
「ミカエラと言ったか。お前とは、少し話し合う必要があるな。二人きりで」
「奇遇ね。私も、あなたに少しだけ興味が湧いたわ」
フフフ、と笑い声が聞こえるのに対し、顔は笑っていない。2人はそのまま部屋を出て行ってしまった。一体どこに行ってしまったのだろう。疑問には思うが、追いかける勇気はオレにはなかった。
『災難だったな』
今のやり取りを聞いていたのか、コマンダーからメッセージが届く。
「うるさい」
とはいえ、貰い物に手を付けないのは失礼にあたる。クーナさんが置いていったハチミツを乾パンにでもつけて食べようと思い、辺りを探してみるが見当たらない。
まさか持って行っちゃった!?
久々にチョコレート以外の甘味を口にできると思ったのに・・・。




