026.星条旗
今まで見えなかった敵が見える。まだ姿が完全に見えているわけではないが、どこにいるかは分かる程度に透明度は落ちている。
「やっと姿を現したな。この悪魔め!」
ガードナー曹長が悪魔呼ばわりした化け物は、体がおよそ3メートル程あるカマキリに見える。銃を失ったオレ達には、まともに攻撃する手段なんて残されていない。
それでも、今ここであれを倒さなければ、近くに避難している住民達が襲われる可能性がある。
オレは落としてしまったナイフを拾う。するとガードナー曹長も予備で持っていたナイフをオレに渡してきた。
「伍長が使え。私には不要だ」
戦える武器がないのに、ナイフを手放してどうするというのだ。オレがそう問う前に曹長は右の脇腹を見せてきた。そこからはとめどなく血が流れており、一目で重傷だと分かる。
「ガードナー曹長! すぐに応急手当を――」
彼の傷口を押さえようとするも、制止される。
「聞け伍長・・・。私に残された時間は少ない。だから、あれは君が倒すんだ」
彼はポーチからパルスグレネードを2つ取り出し、片手に1つずつ持つ。
「若い君に重責を背負わせてしまう事になるが、あれの始末は任せた」
「曹長・・・? 一体何を言っているんですか?」
彼の言葉の意味が理解できず、その真意を聞き返すも、答えは返ってこなかった。そして彼は真っすぐ化け物に向かって歩き出す。両手を上げながら、隙を晒す体勢で。
手当もせずに一体何をするつもりなのかと彼の背中を眺めていると、歌が聞こえた。
「Oh, say can you see, by the dawn's early light, What so proudly we hailed at the twilight's last gleaming, Whose broad stripes and bright stars through the perilous fight, O'er the ramparts we watched, were so gallantly streaming. And the rocket's red glare, the bombs bursting in air, Gave proof through the night that our flag was still there, Oh,say does that star-spangled banner yet wave. O'er the land of the free and the home of the brave!!」
その歌は、どこかで聞いた事があるような気がした。だが、何故今そんな歌を歌うのかと疑問に思った瞬間、化け物が曹長の姿を捉える。そして急接近し、鋭利な鎌の腕を彼の胸部に突き刺す。
「ガードナーそうちょぉおっ!」
その一撃は正確に曹長の心臓を貫いていた。ただでさえ重傷のガードナー曹長がそんな攻撃を受ければ、例えヒーリングポッドを使ったところで手遅れだろう。
何故そんな命を投げ捨てる様な真似をしたんだ。彼の死んだ後の顔を見たくないオレは、視線を外す。
バシュンッ――
青い雷光が走る。貫かれた曹長が持っていたパルスグレネードが起爆したのだ。まさかパルスグレネードを直接当てる為にあんな真似をしたというのか。あの化け物にパルスグレネードが通用するのかも、効果があるのかも分からないというのに。
だが、結果的に言えばその効果は絶大だった。
ピギョォオオオオオオッ!!
化け物が初めて悲鳴を上げた。苦しいのか身悶えた拍子に曹長の死体が鎌から抜ける。ただ苦しみを与えただけではなく、化け物の体に変化があった。
水に絵の具を落とすと、次第に水はその色に染まる。それと同じ様に、半透明だった化け物の体が黒く染まっていく。そして全身が黒に染められた事で、その姿をやっと拝むことができた。
高さ3メートル程の化け物。その姿はモンハナシャコの様な体に、クモに似た足が4本。カマキリの鎌状の腕、そして頭部はカミキリムシに似ている。触覚は見当たらないが。そんな複数の生物をごちゃ混ぜにしたキメラがそいつの正体だった。
ガードナー曹長の置き土産のおかげで、透明ではなくなったそいつを視界の中心に捉える。そして彼が残したナイフと自分のナイフを両手で構える。
「お前を・・・絶対に殺す!」
今のオレには、そいつを殺す事しか頭にない。最期に活路を開いてくれた曹長の死を、絶対に無駄にはしない。
覚悟を決め、2本のナイフを手にして駆ける。パルスグレネードによる電流が体に流れ、いまだに苦しいはずの化け物も、敵であるオレの接近を感知して無理矢理体を動かす。瞬間、化け物の右腕がブレる。
一振りで複数の隊員を切り裂いた、2メートル程ある長い鎌がオレの首を刈り取ろうと迫る。まるで死神の鎌だが、まだ死んでやるつもりはない。
左手のナイフで鎌の軌道をずらしながら、その下をくぐって接近する。そのまま走り抜け、右手のナイフで化け物の胴体をすれ違いざまに斬る。化け物の短い悲鳴が響く。
離れたらリーチの長い相手に利がある。オレはすぐにターンして、化け物の背後に回り、逆手に持ったナイフ2本を背面に突き刺し、そのまま体重を掛けて更に深く押し込む。そして腕を引き、抉る様にナイフを抜く。
ピギュルルルルルッ!
化け物の悲鳴が心地良い。このまま傷を付けていけば簡単に倒せるはず。一瞬油断するも、奴が振り返りながら左右の鎌を振り回したせいで、嫌でも距離を取らされる。再び化け物の間合いの内側に入り込む必要になり、自然と舌打ちをしてしまう。
だが、こっちだってそう簡単にはくたばってはやらないからな。覚悟しろ。




