018.世界樹の種
枝が分かれて出来た薄暗い道を進む。未知の道ってな。
一人でそんなくだらないことを考えていると、広い空間に出る。木の中に入るから暗くなると思っていたが、オレの考えとは逆に、辺り一面は真っ白で明るい空間だった。
言葉通り、真っ白なのだ。地は平らで、足元は水がないのに、歩く度に波紋が広がる。とんでもなく不思議な空間。その中心と思われる場所に、『真っ白な光を放つ女の子』が立っていた。
輪郭や長い髪から女の子だと分かるが、白い光を放っているせいで顔は見えない。というより光っているのに何故輪郭がはっきり分かるのか、何故こんな場所にいるのかとか、疑問ばかりが浮かぶ。
だが、おそらくその女の子こそが、『ユグドラシルの意思』なのだろう。直感でそう理解する。
『君を長らく待っていた。黎明を灯す光となる暁の子よ』
その子の言葉が直接頭に響く。レイメイって何かの漫画の見た事があるが、意味までは知らなかった。オレはその意味を問おうとするも、声が出ない事に気が付く。
『その意味はいずれ知ることになる。さあ、こちらへ』
まるでオレの心を読んでいるかの様に答えてくれるが、結局答えは教えてくれなかった。どうする事も出来ず、オレは訳が分からないまま、その子の言う通り近付く。
すると、女の子は両手を自分の胸の前まで持っていくと、白い光の球体が現れる。その光が消えると、『種』が現れた。ただ、その種はオレの拳ほどのサイズがあり、普通の植物の種ではないのはすぐに分かった。
つまり、それは『世界樹の種』。
女の子はそれを持ってオレの胸に向かって手を伸ばすと、種はオレの体の中に入っていく。暖かいような、冷たいような、はたまた何も感じていないような、表現できないその感覚は不思議と嫌なものではなかった。
そしてその子はオレの胸から手を放し、一歩離れる。そして祈る様に両手を組み、そこに自身の額を付ける。
『どうか君が、人々を導く明けの明星とならんことを』
女の子がそう言うと同時に、オレの視界がブラックアウトする。
「待って! まだ聞きたい事が――」
ようやく声を出せたが、そこは既にあの白い空間ではなかった。辺りを見回すと、先程通った暗い道にいる事に気が付く。奥には光が見え、その光を目指して足を進めると、クーナさん達がいた。
どうやら、オレは世界樹から追い出されたみたいだ。クーナさんはオレを見付けると、肩を掴み、嬉しそうに言う。
「ケイジ! ユグドラシルの加護は・・・どうやら授かったみたいだな!」
『あり得ない。彼は一体・・・』
そう言われても、自分では良く分からなかった。オートマタも驚いているが、そんな事よりもあの白い女の子の事で頭がいっぱいだった。聞きたい事がたくさんあったが、結局何も聞けずじまいで追い出されてしまったから。けど、クーナさんが加護を授かったと言うからにはあの儀式みたいな行為で、加護は授かったのだろう。
「そう・・・なのかな・・・?」
「ああ、問題なく授かれているさ」
「そうなんだ・・・」
「元気がないな? 魔法が使えるかもしれないんだぞ?」
自分でも何故こんな気持ちになっているのか分からない。ただ、魔法が使える様になったかもしれないという状況に、素直に喜べる感じではなかった。
「ごめんなさい、クーナさん。今は静かな場所に行きたいです・・・」
「・・・そうだな。帰ろう」
クーナさんは何も聞かずに、ブレスレットから転送装置を起動して母艦に送ってくれた。そして手を繋いだまま、オレの寝床まで一緒に付いてきてくれる。途中まで一緒にいたはずのオートマタが、気付いた時にはその姿がなかった。
「一人になりたいか?」
気を遣ってそう聞いてくれる。それに対してオレは何も言わずに首を横に振る。頭の中がゴチャゴチャする。今は一人になるよりも、クーナさんにそばにいて欲しかった。オレはベッドの傍らで座りもせずに立ち尽くす。
「そうか」
それ以上何も言わずに抱きしめてくれる彼女に、オレは甘える。彼女の心音が聞こえる。段々と落ち着きを取り戻したオレは、しどろもどろにあの空間での出来事を彼女に伝えてみた。
「ユグドラシルに会ったんです。白い女の子でした」
「そうか。ユグドラシルの意思の姿は人それぞれ違うんだ。親の姿に見える人もいれば、光の塊に見える人もいる」
「・・・クーナさんはどう見えたんですか?」
「私は時はレアなパターンでな。私自身の姿だったんだ」
何が基準なのかも分からないけど、オレが会ったあの子は、多分ユグドラシルの意思そのものの姿だ。そう、何故か確信していた。
「話をしました」
「声が・・・聞こえたのか・・・?」
「はい、はっきりと。ユグドラシルは、オレが来るのを待っていたと言っていました」
「ユグドラシルの意思は私も感じた事はある。だが直接声を聞いた事はないんだ。それにケイジを待っていたというのはどういう・・・」
さすがのクーナさんでも分からないみたいだ。もう一度あそこに行けば、あの子に会えるのだろうか。いや、会ってみたい。会って確かめたい事がある。
「・・・ユグドラシルには未来を詠む力があるんだ。それでケイジを待っていたのかもしれない」
確かにその様な事を言っていたかもしれない。あけのみょうじょうにならんことを。あけのみょうじょうってなんなのだろうか。スマホがあればすぐに調べられたが、軍に属してから個人携帯は没収されている。
でも、何でオレなんだろう? 前世がアールヴだったのかな? 疑問は増すばかりで、結局何も分からないこの状況に不安が生まれる。
「ケイジ、深く考える必要はない。逆を言ってしまえば、ユグドラシルが詠んだ未来にケイジがいるなら、その未来までケイジが死なずに生きているという事なんだから」
・・・確かに。じゃあオレはユグドラシルが言う未来まで生存が約束されているって事じゃないか。つまり当分の間は死なずに済む。
その事実に浮かれていると、昨日に続いてまたクーナさんにデコピンされる。
「あまり調子に乗るんじゃない。未来を知ってしまったからこそ、未来が変わる可能性もあるんだ。調子に乗っていたら次の戦場であっさり死んでしまうかもしれないぞ」
・・・確かに。当分の間は大人しくしていよう。日本人らしく謙遜の心を忘れずに生きよう。うん、そうしよう。
「ふふっ。調子が戻ってきたみたいだな。なら、美味しいものでも食べて気分転換しようじゃないか」
「そうですね!」
クーナさんのおかげでスッキリした気分になったオレは、その提案を受け入れて食堂に向かう。
この時のオレは、ユグドラシルから種を授かっていた事をすっかり忘れてしまっていたのだった。




