124.未来
夢の中。そこはどこか懐かしく、そして寂しいと思わせる様な場所だった。おそらく、オレの中に宿っている何かがそれに反応しているのだろう。オメガの因子なのか、前世の記憶なのかは分からない。
地球ともアールヴヘイムとも違う場所。黄金の小麦畑が遥か彼方まで広がっているどこか。それを丘の上に生えている巨大な白い木の下で、オレは白く輝く少女『ユグドラシル』と一緒に夕日を眺めていた。
『二つ目の火種がくべられた』
火種。特定のオメガ因子を結合させる度にユグドラシルが口にする言葉。前回はアンラ・マンユの時だった。その言葉にどういった意味があるのかは分からない。でも、彼女がオレを利用して成し遂げようとしている何かに、それが必要な事だけは分かる。
「お前はオレに何をさせるつもりなんだ?」
体は動かないが、口だけは動かせる。前回の夢の時とは勝手が違う様だ。
『暁の子よ。それを知るにはまだ早い。だが、近い内に知る事になるだろう』
透き通った声が、耳を通してではなく、直接頭に響く。
「ふざけるな! 何も教えないで意味ありげな事ばかり言いやがって! それにあの時オレを止めようとした事も、どういうつもりだ!? もしお前のせいで誰かが死んだら、オレはお前を絶対に許さないからな!」
『・・・君が未来を知れば、未来が変わってしまう可能性がある』
「だから教えられないっていうのか? その程度の事で変わる未来なんて知った事か! みんなを守れれば、他はどうなったって構わない」
地球上の何十億人が死のうと、ハッキリ言ってどうだっていい。大切な人さえ守る事ができれば、他がどうなろうと知った事ではない。
『異なる未来を歩んだ場合、君はおろか、君の大切な人も、そして人類もアールヴも絶滅する』
「なっ!?」
衝撃の事実を知らされる。オレとみんな、そして人類とアールヴの絶滅。それはオメガとの戦争に負けてしまうという事だろう。だからユグドラシルは躍起になっていたのかと、納得する。
『君が全ての種族を束ね、導く事こそが、その未来を回避する唯一の手立てだ』
ユグドラシルの言い分は分かった。でも、どうしてオレなんだ? オレ以外にも優秀な人間なんていくらでもいる。偶然オレが全てのオメガの因子に適性があるからなのだろうか?
疑問は解消されないまま、ユグドラシルが夕焼けに照らされ、黄金の海原の様に輝いている小麦畑を指さす。
『今見ているこの光景も、遠い未来に君の手によって作り出されたものだ』
「オレが・・・?」
そもそもここはどこなのだろうか? 地球なのかアールヴヘイムなのか、それとも別の世界なのか、違う惑星なのか。、それすらも分からない場所で畑を耕しているなんて想像もつかない。それに遠い未来って、一体何年後なのだろうか。
『暁の子よ。降りかかる苦難を退き、明星となりて人々を導きたまえ。そうすれば、全てが救われる』
「オレは・・・みんなが思っているよりも利己的な人間だ。オメガに襲われて人が死んでもどうでもいいって思ってる」
騎士団のみんなやマキナ達機械兵、その他軍に所属している連中が死ぬのは許せないけど、戦いもせずに守られているだけの人間がいくら死のうが興味はない。そう思っているオレが人々を導くなんて、果たしてできるのだろうか?
『悩む必要はない、暁の子よ。ただひたすらに己を磨き、その魂を輝かせよ』
うーん・・・。より分からなくなった。一体オレは何をすればいいのかと悩むが、悩まなくていいとさっき言われたばかりだ。つまり、いつも通り戦えばいいだけ。一人ではなく、みんなと一緒に。
『もう目覚める時間だ』
ユグドラシルの言葉と同時に辺りが一面が強く光り、白が世界を覆いつくす。
『暁の子よ。最後の火種、そして鍵を手にした時、汝、神となりて世界を救う光とならん』
最後の最後にまた意味深な事を言うユグドラシル。その真意を問いたかったが、眩い光に目を閉じてしまう。再び目を開けた時、そこはあの黄金の小麦畑ではなく、母艦内にある自室だった。
ベッドの上には、ミカエラとクーナさん、そしてイザベラとメイシャが寝息を立てている。その可愛らしい寝姿を見ていると、心が癒されるが、不意に全身に痛みが走る。主に下半身だが。
「前も後ろも痛い・・・」
あと腰も・・・。痛みを堪えながら、シャワーを浴びようとベッドから下りる。力が大分戻ってきたのか、今回は転ばずに済んだ。その足で浴室に向かい、シャワーを浴びながら鏡に映る自分を見つめる。
そしてユグドラシルの言葉を思い出す。
『君はおろか、君の大切な人も、そして人類もアールヴも絶滅する』
オレが負けてしまえば、全てが失われる。その重圧は凄まじい。ただでさえ、オレの階級は高く、戦場では最高の指揮権を有している。つまり、オレの指示一つで大勢の軍人が命を落とす可能性があるという事だ。それが嫌で、それが怖くて、いつも一人で戦う様にしていた。
だけど、そのせいでベリアルに惨敗してしまった。コマンダーを信じて時間稼ぎに徹していれば、そしてみんなを信じて協力してもらっていれば、簡単とは言えないが勝てる戦いだった。
クララを怖がらせたのも、ルカが危険な目に遭ったのも、全てオレの責任だ。重責から逃れようとした結果、悪い方向に転んでしまった。
「重責・・・」
過去にその言葉をどこかで聞いた事がある。一体どこだっただろうか・・・。思い出そうと、遠い記憶を手繰り寄せると、ある軍人の顔が浮かんだ。
「ガードナー曹長・・・」
初めての地球での作戦。香港が襲撃された日。そして初めてバエルに遭遇した瞬間だ。悪魔の様な強さを誇り、数多の軍人をその鋭利な鎌で虐殺を繰り広げていたバエルに対して、死の間際でも一切怯む素振りを見せなかった彼が、オレに伝えた最後の言葉。
『若い君に重責を背負わせてしまう事になるが、あれの始末は任せた』
誰もが死と直面した時、沈黙するか悲鳴をあげるかのどちらかだったが、彼だけは違った。オレが初めて心から尊敬した軍人。彼ならば、今のオレの様に逃げただろうか? 今のオレを見たら、彼は一体なんて言うだろうか?
そう考えたら、羞恥心があふれ出し、鏡から顔を背けてしまった。今のオレの姿を、彼に見せたら呆れられてしまうのは目に見えていた。
「しっかりしろよオレ・・・」
彼に救われたこの命。そんな彼に泥を塗る様な真似をする訳にはいかない。
拳を握りしめ、それを自分の頬に突き出す。ドガッと鈍い音が鳴り、頬に痛みが走ると同時に口の中に血の味が広がる。が、すぐに傷は閉じて痛みが引いていく。口内の血を吐き出し、再び鏡に視線を向ける。先程までとは違い、そこに情けない弱虫はもういない。
「これから、全てをやり直す」
今までの考え方、戦い方、防衛軍の存在意義。その全てを改善する。世間にもオメガの脅威を認識させ、地球人にも協力してもらう。戦えという訳ではない。戦う事以外にも、協力できる術はある。
これからは、オレ一人の戦いじゃない。全員を巻き込んで戦おう。それが正しいかは分からない。ただ――
「人々を導く明星ってのに、なってやるか」
オレ自身の為ではなく、オレを信じてくれる人達の為に。




