返却の代償はありますか?
ハカセが「話がある」とのことで、ギルドに行った帰り、俺たちは久しぶりに孤児院に顔を出すことにした。
元気な笑い声が響く孤児院の中庭で、エイルは子どもたちに囲まれていた。最初は戸惑っていた彼女も、今ではまんざらでもなさそうに笑顔を見せている。
小さな子に手を引かれて走る姿は、ワガママで勝気な彼女とはまるで別人のようだった。
俺とハカセは庭にある木の下に座ってその様子を眺めていた。
「……あいつ、子ども人気すげぇな」
驚き、独りごちる。
「そういやハカセ、話って何だよ」
「うん、“魔力レンタル”の返却方法について、重要なことが分かったんだ」
「返却方法? 確かに、どうやって返せばいいんだよ、あれ」
「結論から言えば――“戦闘で魔力を持つものを倒すこと”が鍵になる。そしてヒイロ自身が倒した相手の“魔力”を吸収することで、借りた魔力が返却されるらしい」
「……え? 吸収って、そんなのやった覚えねぇぞ?」
「意識しなくていいみたい。スキルに組み込まれた自動的な機構なんだろうね。倒せば、勝手に返る」
「……まあようするに、魔力を持つ相手を倒して、吸収すれば返せるってことだよな」
「そう。ただし、“殺した場合”と“気絶させた場合”とでは吸収できる量が違う。殺せばほぼ全量回収できる。だが、気絶では半分程度に落ちるんだ」
「結構違うんだな」
なぜ違うのかと聞こうと思ったが、どうせ自分は理解出来ないだろうと思い止まる。
「そうか……じゃあ、期間内に返せなかったら?」
ハカセは目線を鋭くし、重々しく告げる。
「返却できなかった魔力は、自分の本来の魔力を削って返すことになる。そして、借りた量が自分の総魔力量を超えていた場合……魔力の枯渇によって、肉体そのものが限界を迎える」
「……つまりどういうことだ?」
「……体の内側が、少しずつ壊れていく。神経、臓器――最後は、命だ」
ハカセの声は落ち着いていたけど、その目は真剣だった。
しばし黙り込み、それから俺は小さく息を吐いた。
「なるほどな……めちゃくちゃ危ねぇな、このスキル」
「使い方次第では世界最強にすらなれるスキルだよ。だけど慎重に運用しなければならない。これは本当に、命を賭ける力だ。無理はしないで欲しい。僕は、ヒイロに死んで欲しくないよ」
「……ありがとな。でもそこまで詳しいってことは、どっかに資料でもあったのか?」
俺はふと疑問に思った事を口にする。するとハカセは一瞬沈黙した。目を伏せ、それから軽く肩をすくめた。
「昔、古い資料の断片を図書館で読んだことがあってね。たまたま似たスキルの記述を見つけた。それを思い出して、ヒイロ達がギルドにいる間に見直したら“魔力レンタル”のスキル内容と一致したんだ」
「へぇ……あんま見たことねぇ本読んでんな、お前」
「……まあ、図書館の地下資料庫は面白いものが多いからね」
ごまかすように笑うハカセに、俺は訝いぶかしげに目を細めたが、それ以上は深く追及しなかった。
沈黙は続き、エイルと子どもたちの笑い声だけが耳に入ってくる。
「あ、そうだハカセ。ひとつ聞きてぇんだけど」
「ギルドで魔力測ったら……一月で五百も増えてたんだよな。なんでだと思う?」
「魔力が増えてた? 一月で五百も……?」
ハカセは考え込むように腕を組む。
「……人の体には、魔力を溜めておく“器”があるって言われてるんだ。たぶんだけど――その器、広がったんだよ」
「急激に魔力を循環させたせいで、制御できる範囲が拡張されたんじゃないかな」
彼はいつもの理屈っぽい口調でしゃべりながら、メガネをクイッと押し上げた。
「ふーん。ま、増えてるならラッキーだな」
ハカセの話、半分くらいしか覚えてない。……けど、黙ってた。
「何だよ。聞いといてさ」
ちょっと呆れた声を出す。でもハカセは慣れているのか、すぐにため息まじりに笑った。