ダンジョンの中での戦い
「……ここが、ダンジョン……?」
目の前に広がっていたのは、廃墟だった。
いや、“街”の名残をとどめた何かと言った方が正しいかもしれない。崩れかけた建物、ひび割れた道路、ねじ曲がった鉄の残骸。それらが瓦礫の山となって積み上がっている。
けれど、どこか違和感があった。建物の形、素材、構造――どれも俺たちの国では見たことがない。まるで、別の文明で造られたみたいだった。
「なんか……滅んだ都市みたいだな」そうつぶやくと、
「ねえ、ここにある物って、全部魔力の気配がないわよ」
エイルが近くの残骸を手の甲で軽く叩きながら言った。
「自然に壊れたものが大半だけど。争った跡もあるわね」
「魔力の気配がないってこいつら魔導器じゃないってことかよ。でも、魔力なしでどうやって動いてたんだ?」
「それは分からないわ。私が召喚された時代よりも……もっと前のものかも」
乾いた風が吹いて、砂埃が舞い上がる。目に入りそうになって、俺は思わずまばたきを繰り返した。
「ってことは、ここにあるのは……過去の遺物、かもしれないってことか」
俺が目をこすりながらつぶやいたその時――
「ヒイロ! ちょっと、こっち来て!」
エイルがいる方へ向かうと、彼女が立っていたのは、石の台座のようなものの前だった。
その中心にある石の塊は、ずっしりとした存在感を放ち、上へ――さらに上へと続いていた。
その全容がようやく目に入る。見上げるほどの巨大な石碑だった。
石碑の中央には、空間が裂けるような“歪み”の文様が刻まれており、そこから這い出すようにして獣たちの姿が彫られている。
「……これって、守護獣……か?」
四足歩行で翼を持つ獣、六本の手を持つ巨人。双頭のライオンらしきもの。神官のような男、幼い少女の姿をしたもの。どれも形はバラバラだが、共通しているのは、その気配の異様さだ。
ただの彫刻じゃない。――そんな感じがした。
「ここ、なんで欠けてるのかしら」
エイルが指差した先、歪みの下にあたる中央部分の石が、大きく割れて抜け落ちていた。
「確かにそうだな……ここに何が描かれてたんだ?」
そして石碑の下部には、かすれた古い文字が、残されていた。
「エイル、これ読めるか?」
「……読める。なんでか分かんないけど、見覚えがあるの」
エイルは、一語一語丁寧に声に出して読んでいく。
――呼び出すは力、繋ぐは意志。
――繋がぬ者、災いとなりて滅びを運ぶ。
「……なんだそりゃ。意味わかんねえ」
俺が苦い顔をすると、エイルは少し黙って、考えるように目を細めた。
「……もしかしたら。過去の召喚術に関係あるのかも」
もしかしてこの石碑に描かれてる奴ら、過去に本当にいたのかもしれないな――
✦✦✦
瓦礫を踏み越えてしばらく進むと、視界がひらけた。
かつて広場だったらしい場所に出た。石畳の地面は割れ、地面からは草とも苔ともつかない何かが生えている。周囲には、崩れた屋台の残骸や、焼け落ちた家の骨組みだけが点在していた。
「エイル、ちょっと待て」
先行くエイルに声をかける。
何かがいる。音は聞こえないが、“見られている”感覚だけが確かにあった。
俺は歩みを止め、周囲を見渡した。 背中の皮膚がじりじりと冷たくなる。
――ギィ……。
乾いた音がした。左手、屋根が抜けた家の影。その影から、ぬるりと何かが這い出してきた。
四本足で、地面を這うように動く黒い生き物。ぬめった皮膚は湿って光っていて、体つきだけなら確かに獣――犬か、狼に近いかもしれない。
でも、おかしいのは顔だった。
そいつの頭には、人の顔を模した白い仮面が張り付いていた。 表面はのっぺりしていて、目の部分だけが深くくり抜かれている。その奥は真っ黒で、何も見えないはずなのに、なぜか“見られている”気がした。
口元は引きつるように笑っていて、でも、それが表情なのか、ただそう彫られているだけなのかも分からない。カタカタ、と仮面の端が揺れる音がした。まるで、それが生き物の一部みたいに震えていた。
「なんなんだこいつ、気味がわりいな・・・」
そいつは俺たちの存在に気づいた瞬間、迷いもなく突っ込んできた。
速い--!
後ろ足に力をいれ、体をぐにゃりとしならせてこちらへ跳んでくる。
「いくぞ!」
剣を正対に構えて一歩踏み出す。剛力スキルを発動…。振りかぶった刃を、真っ向から叩きつける。
衝突の瞬間、仮面の魔物の体がごきりと歪んだ。地面に叩きつけられて、そいつはそのまま砂埃を巻き上げながら転がっていく。
「おわりか?」
カタカタカタ――
同じ音が、別の方向から聞こえてきた。
周囲の建物の影から、同じ仮面をつけた魔物が三体、いや四体……ぞろぞろと姿を現す。
「群れかよ……!」
俺が歯を食いしばったとき、横を駆け抜ける風の気配。
「エイル!」
「わかってるわよ!」
エイルが高く雷の槍を構えた。空気がビリビリと震える。
槍は、一直線に飛んでいき、敵を引き裂いた。
一体が焼かれて絶叫し、そのまま動かなくなる。
けど残りは止まらない。
二体が俺の正面から突っ込んでくる。
「来いよ……!」
一体目を左へいなして、剣を振り抜く。
刃が皮膚を裂いた瞬間、仮面が割れて魔物から濃い黒煙のようなものが吹き出す。そして魔物は消えてなくなった。
「こいつ……、どうなってんだ……」
問う暇もなく、次の一体が襲いかかる。
肩にかすった牙が服を裂く。くそっ、速さも力も思ったよりある。
「うらああああ!」
剛力をさらに重ね、力任せに剣を敵に振り下ろす。
魔物が地面に叩きつけられた衝撃で石畳が砕ける。先ほどと同じように仮面が割れ煙となって消えた。
残り一体。
振り向くと、エイルの雷撃が轟音を立てて獣に直撃し、最後の一体を仕留めていた。




