黒猫ツバキ、恐るべき闇と戦った女神たちの壮絶な体験談を聞く(後編)
「そのようなわけで、闇鍋の中身を皆で分け合って、それを各自の神話の別の神たちに、押しつけ……もとい、プレゼントすることにした」
「酷い話ですね」
「強要は、いけないと思うニャ」
コンデッサとツバキ――主従コンビの言葉をスルーして、女神アマテラスは語りつづける。得々と。
「妾はイザナギへ、小鍋に入れた闇の料理を差し上げたのじゃ。せっかくの愛娘からのプレゼントじゃというのに、父上は最初、受け取りを拒否した」
「お気の毒な、イザナギ様……」
「アマちゃん様は、どう考えても〝愛娘〟じゃ無くて〝闇娘〟ニャン」
「それで『もしも受け取ってくださらないのなら、黄泉の国で腐女子となったイザナミが執筆しているBL本を毎晩、父上の枕元で読み上げますぞ!』と申し上げたのじゃ。そしたら、快く受け取ってくださった。父上は泣きながら、妾たちが作った料理を召し上がっていたが、あれはきっと感激の涙だったに違いない」
「お可哀そうな、イザナギ様……」
「たぶん、それ〝感激の涙〟じゃ無くて〝衝撃の涙〟にゃん」
「妾は、本当に親孝行な娘じゃ」
「え!? アマテラス様、本気で言ってます?」
「アマちゃん様は〝親孝行〟じゃ無くて〝親不孝〟にゃん」
アマテラスは、他の女神たちの《闇鍋・処分方法》にも言及した。
「アテナは、戦いの女神じゃからな。父神にしてオリンポスの主神たるゼウスに、力づくで闇鍋料理を食べさせた」
「ギリシャ神話のゼウス様は〝雷を操る最高神〟と伺っていましたが……」
「雷ピカピカにゃん」
「まぁ、『最高神といえど、娘には弱い』ということじゃな。闇鍋料理を無理矢理に腹の中へ流し込まれたゼウスは、その筆舌に尽くしがたい体験ゆえに、四六時中、放電しっぱなしになってしまったそうじゃ」
「痛ましい、ゼウス様……」
「ゼウス様は、雷を出しまくりの状態になっちゃったニョね」
「これがホントの『雷親父』じゃな。ハッハッハ」
「…………」
「…………」
「ハッハッハ」
「…………」
「…………」
「ハ――」
「…………」
「…………」
「………………で、フレイヤは自分の分の闇鍋料理を、北欧神話の主神であるオーディンのところに持っていった。すると、ちょうど《神々の黄昏》の真っ最中で、オーディンは魔狼フェンリルと死闘を演じていたのじゃ。あわやオーディンがフェンリルに呑み込まれんとした瞬間、フレイヤは闇鍋料理をフェンリルの口の中に押し込んだ。そしたら、さすがの魔狼も悶絶してしまい、オーディンの生命は救われ、ラグナロクは神々の勝利で終わったそうじゃ」
「北欧神話の最終戦争――ラグナロクでは本来、神々はことごとく倒れ、世界は滅亡する筈なのでは……神話の内容を変えてしまっても良いのですか?」
「闇鍋パワーで、世界は救済されたのニャ。もはや〝闇の鍋〟じゃ無くて〝光の鍋〟ニャン」
「カーリーは、お仲間のインド神話の神々が誰も協力してくれなかったため、仕方なく、自分で闇鍋料理を食べた」
「不憫な、カーリー様……」
「カーリー様は少なくともアマちゃん様よりは、勇気があるニャ」
「闇鍋料理のあまりの不味さに、カーリーは肌の色を青黒くして、3つの目をカッと見開き、口から長い舌をだらんと垂らし、鋭い牙を剥き出しにした……らしい。更に、カーリーの腕の数は4本になった」
「カーリー様は、とんでもない事になってしまったのですね」
「カーリー様は、大丈夫だったニョ?」
「心配ない。カーリーは最初から、そんな容貌・姿じゃったので」
「…………」
「闇鍋の味は、カーリー様の容姿に何の影響も与えなかったのニャ」
「西王母は、自分の担当分の闇鍋を、知り合いに少しずつ食べてもらおうと考えた」
「たとえ少しの量でも、誰も食べないのでは?」
「闇鍋料理の危険性は、見ただけで分かるニャン」
「そのとおりじゃ。そこで西王母は蟠桃会を催し、お客には『不老長生の桃が欲しいなら、用意している鍋料理をお茶碗一杯分、事前に必ず食べること』と申し伝えた」
「桃を食べて不老長生になる前に、闇鍋を食べて寿命が尽きそうな気がするのですが……」
「危ない賭けニャ」
「お客のほとんどは、闇鍋を食べたそうじゃぞ。しかし、その場で倒れてしまい、目的の桃を食べられなかった者が続出したという話じゃ」
「気の毒です」
「可哀そうニャン」
「〝食事で長生〟する前に〝食事の調整〟が必要だったわけじゃ。ハッハッハ」
「…………」
「…………」
「ハッハッハ」
「…………」
「…………」
「ハ――」
「…………」
「…………」
「………………そんな感じで、妾・アテナ・フレイヤ・カーリー・西王母が努力した結果、ついに闇鍋料理を完食することに成功したのじゃ。めでたい」
「努力したのは、女神様がた以外の神々だったように思えますが。カーリー様だけは自身で食べたので、別として」
「だいたい、闇鍋料理を作ったのはアマちゃん様たちニャン。威張るのは、おかしいニャ」
「妾たちは、闇との戦いに勝利した!」
「〝勝利〟では無くて〝消費〟……〝食材の無用な消費〟ですよね?」
「〝消費〟じゃ無くて〝浪費〟にゃん」
「妾は、己を称賛したい」
「称賛では無くて、反省をしてください」
「アマちゃん様って、学習能力を持ってるニョ?」
さすがにコンデッサもツバキも、ツッコミに疲れてきた。
アマテラスの話は、ボケ的要素がありすぎだ。
「ま、良いではないか。それにしても、コンデッサが作った鍋料理は美味しいの~」
「ありがとうございます」
「ご主人様は、すごいのニャ」
「鍋パーティーは、平和なのが一番じゃの」
「そこには、同意します」
「アタシも、そう思うニャン」
「では、ここで妾が持ってきた秘伝のタレを鍋の中へ――」
「…………」
「…………」
アマテラスが、コンデッサとツバキにメチャメチャ怒られたのは言うまでも無い。
♢
鍋料理は、皆で仲良く楽しく頂きましょう。
あと、正体不明な具材やスープは鍋の中へ入れないようにしましょう。
「妾の秘伝のタレは、攻撃力がレベル100もあるのじゃぞ! どうして、鍋の中に入れてはダメなのじゃ!?」
「調味料に攻撃力は必要ありません」
「アマちゃん様。それ、完全にアウトな発言にゃん」
※次回は「黒猫ツバキ、可憐な少女が憧れの歳上の女性に告白する瞬間をコンニャクと一緒に見守る(前編)」です!