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蝉のように儚く  作者: 櫻井賢志郎
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新学期に入って初めて父が手を挙げた。母にだった。

いつもと変わらないと言えば変わらないのだけど、酔った父が少し気に食わなかったという理由で母に手を挙げる。

私は何も出来ずにただじっとその場にいて、頭の中で何度も父を殺すイメージだけが繰り返される。

いつからか夢にまで見るようになったこのイメージをいつか現実のものにしてしまうのではないか、そんな怖さを感じながらじっと時間が経つのを待っていた。


今日はあまり長い時間手を挙げることもなくすぐに終わった。

安心したようで恐怖に支配された心のままに私は自室へと戻っていく。

日によっては長い時間手を挙げたりすることもあってその時はただ泣くことしか出来なかった。


どうして私の家はこうなんだろう。みんなはきっとこんな怖い思いはしていないし、きっと普通じゃない。

昔はこんなことなかったはず。小さい頃は父の事も嫌っていなかったし母ももっと私のことを見てくれてた。

それがいつからかこんな風になっていて心にも体にも沢山の傷を負っていた。


私のこの生活を誰にも知られたくない。

私は学校での明るいままの私だと思われていたい。そんな思いがあって誰かに相談する事が出来ずに今までの生活を過ごしていた。

きっといつか私が大人になればこの生活からも抜け出す事ができる。その日まで耐えればきっとたくさんの幸せが待っている、そう願いながら家での生活を送っていた。


そんな生活も学校に来れば少しは忘れる事ができる。

しずくくんや進藤くんのおかげだしこの関係がずっと続けば良いと思っていた。

「お前ら付き合ってんの?」その言葉の意味があまりわからなかったけどなんとなくからかわれていることだけはわかった。

「なわけないじゃんー!」そう言ってその場の空気を壊さないように否定をする。

あーきっと彼らにとっては一緒にご飯を食べてるだけでそんなふうに見えてしまうんだなとどこか憐れむ気持ちで見ていると

「じゃあさ海瀬って本当は、、」そうニヤけながら放たれた言葉に思わず反応してしまう。

「やめてよただ仲良いだけだから」怒った様子で言っている自覚があったけどそれくらいに放っておいて欲しかった。


何より、この出来事がきっかけで私にとっての非日常が壊されてしまうんじゃないかと思うと怒らずにはいられなかった。

それに、しずくくんがもし気にしている事だったとしたらなおのこと許せない。

私は勝手な解釈でその人の何かを奪ったり傷を抉る事が許せなかった。


私が怒ったことに驚いているのを見て咄嗟に「ごめんね」と伝える。

去年の喧嘩の時もそうだった。勝手に私の生活を想像して、その痛みまでは想像しないくせに勝手な事を言ってきた。その想像が事実として合っていたからこそ悔しくて許せなくてつい怒ってしまった。

今でもあの時のことを振り返ると思う、相手の気持ちなんてわからない。知ろうとすることは出来ても隅々まで理解するなんて出来るわけがない。

あの子たちは何気なく言ったことでも私にとっては辛い一言だった。知られる事で関係が壊れていくんじゃないかそれが怖くて怒った。

結果的に関係は崩れた。だからこそ今度はしずくくんたちとの関係は崩したくなかった。


家に帰り明日からのことが気になっていた。

もし今日の出来事が理由で明日からは一緒にお昼を食べれなかったらどうしよう。

そうやってまた1人になっていくのかな。

そんな不安を抱きながら、しずくくんにLINEをしようかと悩む。

「ダメだ。」

やっぱり家に帰ると積極的に何かをする事が出来なくなってしまう。まるでもう1人自分がいるみたいでなんだか嫌になる。


明日になればきっといつも通り一緒にご飯を食べて、他愛もない話をする事ができる。そう願いながらその日が終わって行った。


翌日のお昼の時間になり後ろを向くとしずくくんが席を立とうとしていた。

「今日は一緒に食べないの?」思わず口にして答えを待っていると

「友達と勉強するんだ」帰ってきた答えにほらこうなる。そう思いながら「そっかー」と答えて前を向く。


久しぶりに食べる1人でのご飯は寂しくて、つい昨日まであった幸せな非日常が無くなっていくんだという実感に覆われていた。

昨日連絡していれば、そんな事を考えるがすぐに考えるのをやめて、私はこれが普通。誰とも上手く関係は作れないし家に帰れば辛いだけ。そう思いながらおにぎりを口へと運ぶ。


「優香ちゃん元気ないじゃん」

バイト先の先輩に声をかけられて思っていた以上に今日の出来事を引きずっていた事を知る。

「そんなことないですー」

そう伝えてはみるものの明らかに落ち込んでいる私がいてそれほどまでにあの時間が私にとっては大事な時間だったんだと実感する。

あーきっとこのまんましずくくんとは話すこともなくなってただ席が近かっただけの関係になっていくんだと思っていた。


バイトが終わり帰路についていると、LINEの通知が鳴る。

「明日は一緒にお昼食べよ」

あまりにも予想外の出来事に何度も送り主と内容を確認してから急いで返信をする。

「もちろん!!!!!!!」

嬉しさが文章で伝われと思いながら返した後にスマホをポケットに入れ、さっきまでの落ち込みが嘘だったかのように上機嫌で自宅を目指す。


私の勝手な思い込みだった!家についてからも気分は良く、今日はなんだか家にいる時間さえも非現実に感じた。


翌朝登校してしずくくんの顔を見ると嬉しさから元気よく声をかけてしまう。

嫌われちゃったのかと思った事を伝えると本当に誘われてたまたま勉強していた事を知る。

改めてただの勘違いだった事を知り、表情が緩んでいる事に少し遅れて気が付く。


お昼の時間になってまた幸せな時間がこれからも続くことに喜びを感じながら、伝えようと思っていた事を思い切って伝えてみる。

「今度の土日一緒に勉強しない?」

私もしずくくんと一緒に勉強がしたい。ただ純粋な気持ちでそう伝えていた。

「いいけど」

そう答えてくれた事に喜びながらお昼休みが終わる。


放課後のバイトの時間になりテスト前だからという理由で休みをくれた店長に改めて感謝を伝える。

店長は相変わらずニコニコしながら頷いており、ここでバイトをしていて良かったと感じる。


このバイト先には本当に感謝していて、私が家で嫌な事があった時の逃げ場にもなっていた。

時には泣きながらバイトに来ることもあったけど、どんな時も店長は優しく迎え入れてくれてずっとここでバイトしたいと思わせてくれる場所だった。


バイトが終わってしずくくんにLINEを送る。

土曜日の場所について、以前しずくくんが落ち着いた場所が好きと言っていたのを思い出し、バイト先のカフェはどうかと提案をしてみる。

今まで友達を連れてバイト先に行った事はなかったけどなんとなくしずくくんなら大丈夫と思って誘って見た。

すぐに承諾をしてくれて、バイト先のカフェに行く事が決まる。


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