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蝉のように儚く  作者: 櫻井賢志郎
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土曜日になりバイト先の最寄り駅で待ち合わせをして、初めて見るしずくくんの私服姿は新鮮で少しドキッとしながらカフェへと向かう。

カフェに入ると先輩から彼氏?と聞かれ慌てて違うと答える。

私はしずくくんのことが好きなのかなと一瞬思うが、すぐに席に案内されて大好きなメロンソーダを頼む。

しずくくんが同じものを頼んだことも嬉しかったけどそれ以上に目の前に来たメロンソーダの緑が美味しそうに見えて一瞬考えた事はすぐにどこかへ消えていた。


そこから少し勉強をしたけどすぐに疲れて私が伸びをする。

しずくくんもペンを置いたのを見て進路のことについて聞いてみた。


しずくくんが大学に行こうと思っていると聞いて私も迷ってると答えると、なんで?としずくくんは聞く。

少し迷ったけど親からは働いて欲しいと言われてること、でも大学生にはなりたいこと、何より将来目指しているものがある事を伝えた。

しずくくんはいつものようにしっかりと私の話を聞いてくれているその姿勢に思わず何になりたいのかと聞かれてカウンセラーと答える。

初めて私がなりたいと思っていたものを人に伝える事が出来た事に驚きながらもすぐに頭が良くないだとかお金がないだとか伝えて否定をしていた。

何で私はこうなんだろう。自信を持ってこうなりたいと言えたらいいのに。


どうせなれないに決まってる。そう思っていた私にとって初めて人に伝えた将来の夢はどこか恥ずかしくて馬鹿にされないかと不安になった。

私なんかが夢を抱いちゃいけない。みんなと違って普通の生活すら送れていないのにそう思っていたから今まで誰にも言う事ができなかった。

もちろん家族にだって言った事はない。言えばきっと怒られるし、私と言う人間すらも否定されてしまう気がしていたから。



そんな不安も気にせずに、なぜなりたいのかとかそんな事は聞かずに話を進めてくれた事にホッとしながら、まずは目の前の定期試験を頑張らなきゃという話になり張り切って口にする。

「よし!頑張ろう!」

いつだってそうだ私の不安をしずくは裏切ってくれる。聞かれたら嫌だなと思った事は聞かないでいてくれる。しずくはそれがわかってやっているのかな。どうなんだろう。


1時間くらい経った頃に今度は2人同時にペンをおいて少しの休憩に入る。

「暑くないの?」

まずい。確かにもう5月も下旬になって半袖で過ごす事が増えていた。

私はいつも長袖を着ている。小さい頃からの癖といえば癖なのかもしれないけど、私なりにちゃんと意味があるし今となっては長袖じゃないと安心して外に出ることなんてできない。

肌が隠れていると何だかもう一つの私の生活を隠せている気がして安心するようになっていた。

肌を見せるのは父からの暴力がみんなに知られる事だと勝手に思っていたし、そんな事になればもう誰とも関わることなんてできなくなってしまう。そう思うようになってから意識して長袖を着ていた。



少し隠しながらそれっぽい事を言ってその場をやり過ごす。

しずくくんはまた気にしてない様子で話を進めてくれる。

こうやって話を深掘りしないで進めてくれるから安心して色々な事を話せるんだよなと思いながら、一緒にアイスを頼む。

このお店のアイスは一見普通のバニラアイスだけど他とは違ったコクがあって大好きとしずくくんに伝えながら一緒にアイスを食べる。

それからも休憩を挟みながら勉強を進めていく。

時々真剣に取り組むしずくくんの様子を見ながらバレないようにそっと口元を緩ませる。


こんな瞬間がずっと続けば良い。こうやってしずくくんと一緒にいられる事が今は何よりも嬉しいし、これから先もずっとこうしていたい。そんな事を思いながら、もしかすると私は今恋をしているのかもしれない。そんな思いに胸が駆られる。


当然の如く、幸せな時間には終わりが来る。

日も暮れて会計をして、今日はありがとうとしずくくんが言う。


「次は和馬も」

それも良いなと思いながらできる事ならまた2人でどこかへ行きたいと願いを込めて口にする。

駅に着いて、お互いが帰路に着く。

楽しかった余韻を掻き消すかのように、帰った後のことを考える。今日も父が酔っ払っていたらどうしよう。今日は落ち着いてるといいな。


いつからか楽しい事があってもその後にはすぐ楽しい思いは壊されてしまうと心の中で思う事が増えていた。

本当は余韻に浸りたいと思いながら突き付けられる辛い現実がそれを許してくれない。

いつかきっとこんな思いをしなくても良い日が来る。もしかしたらしずくくんといれば何か変化が起きてくるかもしれない。

そう思いながら歩いていると気が付けばもう家の前まで来ていた。


「ただいま」家についた時にはもう1人の私に戻っていた。

積極性がなくなって何かに怯えているいつもの私。

靴を脱いで家の中に入ると聞こえてくる父の怒鳴り声。

「最悪」そう小さく口ずさむ。

タイミング悪く父の機嫌が悪い時に帰ってきてしまったらしい。

そっと自室へ向かおうとするが

「優香!」父だ。

「ただいま、何?」

恐る恐る聞くと酔っ払いながら父が言う。

「遊んでる暇あったらバイトしてもっと家に金入れられないのか!」

「ごめんなさい」

何も言い返せなかった。言い返す事が無いわけじゃない。ただ怖かった。何か言えばまた殴られるそう思うと何も言い返す事ができない。出来るわけがない。


一通り気が済んだのか父は寝ると言って部屋へと行く。

母も私もそっと胸を撫で下ろす。

弟はまだ小さいから怖いとは思っていてもきっと何が怖いのかまではわかっていないと思う。

今日はまだ暴力がなかっただかよかったかもしれない。

でも体験してる私にしかわからないと思うけれどいつ殴られるかわからない状況はすごくストレスだし、実際に殴られるのとはまた違った怖さがある。


自室に戻って、布団に横になる。

その頃にはもう今日の幸せだった時間は完全に過去になっていて私の中では恐怖が気持ちを支配していた。

これから先私はどうなっていくんだろう。

私も普通の高校生として過ごしたかった。もっと遊んでテスト前には今日みたいに友達と勉強して、進学校らしくみんなと一緒に進路について悩みたかった。

それなのに毎日のようにバイトして、それでもたった一日幸せな思いをしただけであんな事を言われる。

言った本人は次の日になれば言ったことも忘れてるかもしれない。

でも言われた私は気にしながら過ごさなきゃいけないのが理不尽だ。


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