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月光に咲く花の如く  作者: 夜妬
第1章 ドラゴンスレイヤー
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第2話 技術開発部のエース

 無事にワイバーンを倒して帰還したハルとアリエス、タウラスの隊員達。


 負傷者は多少なりともいるが、大きな怪我をしたものもおらず上々だと言える。


「ハルジオン殿! これから二部隊で食事にするのだが一緒にどうだ?」


 身分差などお構い無しに肩を組んでくるタウラスの隊長はこちらとしても気が楽な相手である。


 アリエスの隊員なんかはハルと話す度に緊張して吃るのでなかなか会話が進まずハルの小さな悩みの種だったりする。


 そんな拓弥(たくや)からの誘いは、普段なら乗るのだが今日はそうもいかなかった。


「ごめん拓弥さん。俺技術開発部に寄らないといけないんだ。悪いな、また誘ってくれ」


 ハルが断りを入れると、誘った拓弥よりも、少し離れた位置にいた麗央(りお)がガックリと肩を落とした。



 隊長二人と隊員達に手を振り、一人技術開発部に続く廊下を歩く。


 連絡通路には作業着を来た技師達が行ったり来たりしているが、目当ての人物はいなかった。


 技術開発棟のロビーに当たる場所には、技師達が集まっており専門用語だらけの喧騒が響いていた。


 中央にある大きなテーブルに何やら設計図のようなものを拡げて話し合うもの、試作品だろうか、小さな機械をいじるもの、皆生き生きと作業をしていた。


 ハルは技術開発棟の中の一角に位置するラボに真っ直ぐ向かった。そこには一人の少女がゴーグルをつけてはんだごてを持ち、真剣な面持ちで作業台に向かって何枚もの設計図と資料を広げて作業している。


 ガラス張りのそのラボの扉をノックし、返事を待たずに開ける。


 ラボの中ははんだ付けをした時特有のニオイが充満していた。


「凛、換気くらいしたらどうだ?」


 ハルが少々顔を顰めて言うと、その時初めて凛と呼ばれた少女は顔をあげた。


「私はこのニオイ、嫌いじゃないけどね」


 彼女はゴーグルを外してハルに近づいて行く。


 九条凜(くじょうりん)

 ハルと同期で十七歳にして技術開発部武器開発部門のエース。


 淡いピンク色の髪をひとつに結び、作業中は前髪をピンで留めている。その額にはいつもゴーグルをつけ、作業服の上着を腰に巻いている。

 タンクトップから顕になった腕は、技師らしく程よく筋肉がつき、小柄だが引き締まった身体をしているためにスタイルが良い。職業柄、力仕事も多いからだろう。


 凛はハルの目の前で立ち止まると、腰に手を当てて帰還したままの姿の彼を頭のてっぺんからからつま先までじっくりと観察する。


「羽織の右裾が焦げてる。ベルトも切れかかってるし、防護服も右側だけ歪んでる。肩口も切れてるし、これは下手したら皮膚まで到達してたよ」


 咎めるようにじっと目を合わせてくる凛に、ハルは居心地が悪そうに言い訳を始めた。


「えっと、すげぇ急いで向かったんだけど、ワイバーンがブレスを吐こうとしてて、だからその……ブレスを切って、右翼も切って……って感じかな……でも今回もA級じゃなかった」


 先程の戦闘で部下に的確に指示を出していた時とは別人のように歯切れ悪くボソボソと言う。語尾など消えかけている。


 そんな彼に凛は片方の眉を吊り上げ、すっと息を吸い込み口を開いた。


「馬鹿じゃないの!? ブレスに突っ込むなんて、下手したら君もこの羽織の繊維みたいにばらばらになってたかもしれないんだよ。それに君、手首も捻ってるでしょう。ほっといたら駄目っていつも言ってるのに……というかA級なんてそんな簡単に現れてもらっちゃ困るの!」


 大きなため息。最近この技師には呆れ顔しかさせてやれてないな、なんて考える。


(それにしても本当に敵わないな)


 相変わらずの鋭い観察眼に感心させられる。ブツブツ言いながらも手当てをしてくれる同期に感謝しつつ、意を決して告げる。


「凛、あのさ、これなんだけど」


 腰のベルトからすっと刀を外す。


 先の戦闘で大活躍した凛印の日本刀だ。

 自信作だと言って渡してくれた。君のスピードにも耐えられるように頑丈に、でも軽く扱いやすいように作ったのだ、と彼女が今朝渡してくれた最新作。


 それをゆっくり鞘から抜いた。美しい白銀の刀身が顕になるが、小さなヒビが入り、刃こぼれが酷く、朝に渡された刀とは似ても似つかない姿になっている。


 申し訳なさで凛の顔が見れない。

 誠意を込めて謝ろうと頭を下げる前に鋭い拳が飛んできた。






「君が無事なら良いけどね、技師にとって作った武器や防具は我が子みたいなものだからちょっと悲しいのが本音」


 顔を上げずに日本刀をチェックする彼女が独り言のように呟く。


 ごめん、と一言頭を下げると、いいよいいよ、気にしないでと彼女が手を振る。


「こりゃ時間がかかりそうだから、とりあえずご飯いこ」


 すっと立ち上がり、ハルの手を引く凛。朝食には遅く、昼食には少し早い時間だ。確かに少しお腹が空いたかもしれない、とハルは自身のお腹をさする。すると壊れかけていたベルトがついにブツッと事切れた。






 バベルの中央にある食堂は、三柱の職員や戦闘員が全員利用する為にとても広くなっている。丁度お昼時だからか沢山の人で賑わっていた。

 本当ならばもう少し早く来るはずだったのだが、凛が途中で色々な人に声を掛けられるので遅くなってしまった。


 それはプロジェクトの企画案だったり、機材についての質問だったりと様々なもので彼女の人望の厚さが伺えた。


 中にはハルが隣にいるのにも関わらずナンパ紛いのことをする輩までいた。もちろんハルが目を合わせただけで体が切れてしまいそうな鋭い睨みをきかせていたが。


 適当に空いている席を探してうろうろしている二人の前で一人の男が食事を終えて立ち上がる。


 その人はボサボサの黒髪に着古し所々汚れている白いTシャツを着てその上に作業服を着ている。

 前髪が少々かかってはいるが、その隙間から覗く双眸はきらりと光り、整った顔立ちをしている。身なりを整え、髪を切ったら間違いなくモテるであろう容姿だ。


 男は食堂に至るまでに出会った人達とは違い、凛ではなくハルに声をかける。


「よぉ、ハル。調子はどうだ?」


 男子の平均身長はあるハルよりも少し高い身長。猫背なので背筋を伸ばせばもう少しあるだろう。技術開発部のトップで凛の上司、ハルの恩師にあたる人物はへらりとそう問う。


煌葵(こうき)さん、俺は問題ありません」


 そう言って頭を下げ、二人は煌葵の横を通り過ぎる。ただの何気ない挨拶だ。

 だが凛は何かを言いたげに口を開き、だが出かけた言葉を飲み込んで口をもごもごと動かした。


 煌葵は通り過ぎる二人の背中をすっと目を細めて見つめた。ハルの和服型戦闘服に隠れたうなじが淡く赤色に光る。


 それは布越しにもわかるはっきりとした光だったが、気付いたものは誰もいなかった。

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