第3話 睡りと不帰
プレートに乗った鶏肉の炒め物を、フォークでカツカツと行儀悪く突き口に運ぶ凛。目に見えて機嫌が悪くなっている。
このご時世、お世辞にも美味しいとは言えない粗末な料理をもぐもぐと咀嚼して飲み込んでから、また話を続ける。
先程から変わらず、話題は凛の上司である煌葵の事だった。
「あのずぼら上司、この前も会議の資料無くしたんだよ。私がわざわざもう一部刷る羽目になったんだから……本当にだらしなくて良い所なんて技師の腕くらいなのにどこがいいんだか」
本人が居なくなった途端始まった愚痴、というかほぼ悪口であろうそれはもう毎度の事なのでハルも慣れていた。
今日の主題は、煌葵の事が気になっているのだと凛が知り合いに打ち明けられた事だった。
その相手の名前は伏せて話してはいるが、ハルは何となく相手の見当がついていた。
おそらく技術開発部で凛とは違う部門に所属している二つ上の女性だろう。ハルも何度か会った事があるが、技師というよりも文学少女という雰囲気の人だ。
「でも、煌葵さん優しいし人気ありそうだけどな」
ハルはプレートに残った人参を少し顔を顰めて口に放り込む。
思い返すのは煌葵の言動だ。気遣いができ、部下のミスはしっかり注意するが言葉もきつくなく褒め上手だ。さり気ない優しさ、というものがある人だと思う。
だが凛はその言葉に賛同しかねるらしい。
「兄貴肌なだけで誰にでも優しいわけじゃないよ。部下に仕事を押し付けるわ自分の事には無頓着で身だしなみは整えないわ作業場は汚いしすぐにものは無くすし、もう本当にあの人の部下を今すぐに辞めたい」
早口で不満を述べる凛。
よくもまあこんなに文句が出てくるものだと感心してしまう。だが確かに一日の中で煌葵と一番長く仕事をしているのは凛なのかもしれない。それ故にダメなところも見えてくるのだろう。
こんなに文句を垂れているが、凛は煌葵の事を尊敬している。
これは間違いないのだ。
煌葵は凛の技師としての師匠に当たる。技術開発部のエースにまで登り詰めることが出来たのも、彼のおかげと言っても過言では無いと本人が言っていた。
煌葵の腕は確かである。ハルも何度もあの人の技術に助けられてきた。彼はハルの命の恩人なのだ。伊達に技術開発部のトップの座に着いていない。
身だしなみさえ整えてしまえばルックス、キャリア共に完璧なのだ。時たま見せるスーツ姿に虜になってしまう女子は多い。
今回もそのうちの一人がたまたま近くにいたという事だった。
「でも煌葵さんのそういう浮いた話は聞かないな」
「そうだねぇ……でも最近たまにふらっとどこか行くんだよ、怪しいかもしれない」
言っていて自分で可笑しくなったのだろう、凛はふふっと小さく笑う。
煌葵はよく冗談めかして昔はモテていただとかたくさんの女性を侍らせていたと自慢してくるが、実際は恋愛に現を抜かすような人物ではなく、ただの技術馬鹿だということを凛が一番良く知っていた。
いつものように凛と駄弁って食事を終え、それぞれの部屋に戻る。羽織の方は夕方には直せるから暇な時また顔を出してくれと言われた。流石に仕事が早すぎやしないだろうか。
バベルの最上階に位置する大部屋、数時間前まで睡眠を取っていたそこにハルは戻ってきた。
本来ならばペンタグラムのミーティングの場なのだが、雑魚寝するだけの部屋と化している。床には食べかけの菓子が袋に入って放置してあるし、出撃時と変わらずカーテンは閉まったままだ。だが、出撃時にはハルの他にも三人が寝ていた室内には今は一人しかいなかった。
もう太陽も登りきったと言うのに寝こけているその人物に近づいて行く。
こんもりと頭まで毛布を被っていて暑くないのだろうか。
毛布を捲るとダメージ知らずな長い髪がパサッとその人の顔にかかる。
それをよけてやると白くキメの細かい肌が顕になった。
長いまつ毛がそこに影を落としている。
すっとした鼻筋に薄い唇、形の良い眉。性別を超越した、もはや美術作品のような顔立ちの彼は穏やかな表情ですやすやと寝息を立てていた。
しばらくぼーっとそれを眺めていたのだが、なぜだかだんだんと腹が立ってきた。こっちは下手したら死んでしまうような戦場で仕事をしてきたというのに、その間ずっとここにいる男は寝ていたのだと思うと胃のあたりがぐっと重くなる。
憂さ晴らしに鼻を摘んでやると、ングッと顔に似合わない呻き声が漏れたので満足する。
ここまでやっても彼が起きないのには理由がある。体質のようなもので、今のところどうしようも無い。
正直、その理由を知っても納得は出来なかった。この人が起きていれば、救えた命がある。
(今日だって、俺の部下は怪我をせずに帰還出来たかもしれないのに)
ハルはため息を吐いた。彼に対してではなく、意味の無いことを考えてしまった自分に対してのため息だった。
(俺に出来るのは、早くこのバベルで1番強い彼が起きて俺たちを救ってくれるのを願う事だけだ)
憎らしくも愛おしいその寝顔に、ハルが目を細めて手を伸ばそうとした時、シュッと背後のドアが無機質な音を立てた。
振り向くとそこには赤毛の少年が俯いたまま立ち尽くしていた。
「ナツキ?どうした?」
ハルがそっと声をかけるとその少年はか細い声で言う。
「━━有原が死んだ」




