黒い影4
「やっほーい」
啓太が奇声をあげながら川に飛び込む。バシャーンと水しぶきが上がった。きらきらと水が日差しを跳ね返してとてもきれいだ。しかし、遊びに夢中になる少年少女たちには見えてはいなかった。
「どいてー」
武尊が飛び込んだ啓太に呼びかける。
「あいよー」
すいすいと平泳ぎで武尊が飛び込むスペースを作る。充分距離が取れたと判断した武尊も川に飛び込んだ。バシャーンとまた水しぶきが上がる。
「男子ってあれ好きだよね」
未海は千穂が東京から持って帰ってきた浮き輪に座って浮きながら、少年たちの遊びを眺めていた。浮き輪からは紐が伸びていて手近な岩に結びつけてある。これで流されることもない。
「海でも飛び込んでたわよ」
壱華が苦笑する。
「そうなの?」
それ、海行く意味あった?と未海は眉根を寄せる。
「まあ、あったんじゃ―」
バシャーン
「・・・・・・・あったとは思うわよ」
「あの遊びうるさい」
壱華の発言は樹が川に飛び込んだ音にかき消されてしまう。壱華は言い直したが、未海は機嫌が悪いのか荒々しく水面を蹴った。
「・・・・・なにかあった?」
触れていいか迷いながら壱華は尋ねた。
「だって、お姉ちゃん恥ずかしい」
その答えに、壱華は苦笑を浮かべるしかなかった。
「別に武尊は迷惑なんて思ってないと思うわよ」
「でも、高校生にもなって一緒に寝てって!」
「じゃあ、私も一緒に―」
「あの部屋、もう布団入らないよ」
そう言われれば黙るしかない。
「やっぱり怖いよ~」
話題の渦中の人、千穂は大きめの岩の上に立ってそんな泣き言を言っていた。
「大丈夫だって!」
啓太が手を振っている。
「本当?」
「本当本当!」
「ちゃんと岩蹴らないと逆に危ないからね!」
啓太の後から樹が注意事項を加える。
「ええ?危ないの?!」
「ちゃんと跳ばないとね!」
「ええ~」
そんなやり取りを見て、未海は首を横に振る。
「飛び込みやるって言いだしたのは自分なのに」
あきれていると、武尊が壱華と未海に近づいてくる。
「どうしたの?」
壱華が体を武尊の方に向ける。
「浮き輪借りていい?」
「いいですよ」
未海は浮き輪から下りると、紐を外した。武尊はそれを受け取る。
「ありがとう」
「何に使うんですか?」
未海が問いかける。
「飛び降りてきた千穂に渡そうかと思って」
「ああ、分かりました」
行ってあげてください、と未海は川岸に向かって泳いだ。
「?」
「今、機嫌が悪くて」
ごめんね、と壱華は未海を追いかけた。未海は壱華に任せることにして、武尊は浮き輪を持って啓太と樹の元へ戻った。
「浮き輪持ってきたよ!」
武尊が千穂に手を振る。千穂はそれをも見て覚悟を決めたのか、えいと岩を蹴った。浮遊感が体を襲う。そして落ちていく感覚。
―やっぱり怖い~
泣きそうになったが泣く前に着水した。バシャーンと水しぶきが上がる。長くは泳げない千穂に、少年三人がさっと近づく。武尊が差し出した浮き輪に千穂は捕まった。息も絶え絶えだった。
「もう無理。怖すぎ」
「気持ちよくなかった?」
啓太が千穂の捕まる浮き輪に捕まる。それを引っ張って河原に上げようとする。
「もう二度と飛び込まない」
千穂は固く決心した。