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 乱闘4

「千穂!」

 千穂の元に駆け寄る。

「武尊!」

千穂が美緒から離れて抱き着いてくる。武尊は片手に剣を持ち、空いている手で千穂を抱きとめた。

「死ぬところだった!」

「間にあって良かった」

武尊はほっと息をつく。そして未海と抑えられている荒川を見る。

「何ごと?」

「この人!お姉ちゃんを殺そうとするから!」

「え?」

武尊は周囲を見渡した。黒装束と村人は、皆武尊を見ていた。否、その腕の中にいる千穂を見ていた。武尊は隠すように千穂の前に立つ。

「誰?」

千穂を殺そうとするのは誰?武尊は剣を構えた。飾り紐の先についている鈴が軽やかな音を立てる。

―シャラン

その音がするたびに空気が浄化されていくようだった。その感覚に、黒装束も村人も畏れ多く血の気が引いて行く気がした。

「くっ!」

「あんた!」

黒装束の一人が武尊に切りかかる。荒川が悲鳴を上げた。武尊は日本刀の刃を剣で受け止める。そしてそのまま押し切った。それだけで刃が折れる。

「なっ!」

黒装束は驚きに目を見張っていたが、すぐにその瞳は光をなくす。その腹部に深々と剣を差し込まれたからだ。どさっと剣を抜かれた体が倒れる。

「あんた!あんた!」

荒川が暴れる。さすがに疲れてきていた未海はその抵抗を許してしまう。荒川は未海を振り切ると倒れた体に走り寄る。

「何てことするんだ!」

「これが殺されるってこと」

武尊は冷たく言い放った。

「あなたが千穂にしようとしたことだよ」

そう言えば、荒川はさらに顔をゆがめた。

「だって、その子供は!」

「呪われた子?」

「違う!」

荒川が否定した。武尊は予想外の流れに目を見張る。

「じゃあ、何?」

「救いの子だ」

「どういうこと?」

「その子は―」

「おやめなさい」

その声は静かに響いた。自然と視線が集まる。そこにいたのは鏡坂斎、この村の最高権力者だった。

「今は時ではありません」

「でも!」

一人の黒装束が食って掛かる。斎は声と同じく静かな瞳でその黒装束を見つめた。

「手に入れることができなかったでしょう?」

それが時ではないと言うことです。

―千穂が殺される時が来るってこと?

武尊は斎の言葉にそう予測する。なら―

―ここは安全じゃない

―最初から、ここは安全なんかじゃなかったんだ

武尊は斎からも守るように千穂を背に庇う。それを分かっているだろうに、斎は静かにこちらに歩み寄ってくる。

「千穂、大変でしたね」

「はい」

千穂は武尊のシャツを掴みながら少しだけ顔をのぞかせた。武尊は出るなと千穂の頭を押して引っ込ませる。その動作に、斎は困ったように笑った。

「警戒されてしまったようですね」

「俺には、時が来たら千穂を殺してもいいと言っているように聞こえた」

後ろで、千穂がぎゅっとシャツを掴む手に力を入れるのが分かった。縋りつくように身を摺り寄せてくる。

「―そんな恐ろしいことは言っていませんよ」

斎はまっすぐに武尊を見上げた。武尊もまっすぐに斎の目を見つめ返した。

「―剣は、私が敵だと言っていますか?」

「・・・―いや、何も言っていない」

「では、私は千穂の敵ではありません」

斎は静かに笑みを浮かべた。武尊は、顕現させていた剣をしまった。それを認めて、斎は後ろに隠れている千穂に話しかけた。

「千穂、あなたにお願いしたいことがあるのです」

「なんですか?」

千穂は少しだけ顔をのぞかせた。斎は首をゆっくりと横に振った。

「まだ話せないのです」

「時が来たら教えてくれるの?」

武尊が責めるような声で尋ねる。斎は気にしたふうもなく頷いた。

「そうです、その時が来たらお話します」

斎は柔らかく目を細めた。

「その時はお願いしますね」

「・・・私にできることだったら」

「ええ、あなたにしかできないことです」

そう言うと、斎は千穂と武尊に背を向けた。

「さあ、家に帰りなさい。争いは終わりです」

声高らかにそう告げる。皆それにしずしずと己の家に戻っていく。黒ずくめは森の中に消えていった。しかし、荒川から分かるように黒装束たちも村人なのだろう。

 ため息をついて視線を落とす。そこでは血だらけになった荒川夫妻がいた。夫は動かない。妻は泣きじゃくっている。

「―彼は、敵でしたか」

「敵でしたよ」

「そうですか」

斎は悲しそうに目を閉じた。

「仕方ありません。あなたは敵を切る。そう言う生き物です」

「―そうだね」

武尊は否定しなかった。少しずつ、普通の人間から遠ざかっていくよう感覚がする。けれど、それも千穂を守る為なら仕方ないと思っている。それで千穂が守れるならいいと思っている。

「親父は」

「え?」

「親父はどこだ?」

男が一人掴みかかってくる。黒装束だが、顔は隠していなかった。見たことのある顔だった。確か千穂たちには―

「康兄!」

千穂が叫び声をあげる。そう、そう呼ばれていたと武尊は一人納得する。

「太良さんは祭壇の前で伸びてるって言ってたよ」

「嘘だ!何度も探したけどそこにはいなかった!」

「じゃあ、戻ってるんじゃない?」

「親父に何をした!」

「何もしてない」

「嘘を吐くな!」

武尊は胸ぐらをつかんでくる手を掴むとぎゅっと力を込めた。

「っ!」

康恩はその痛さに手を放す。武尊はぽんぽんと胸元を払った。

「先に殺そうとしたのはそっちだ。それなのに何をしたなんて調子がいいんだよ」

「っ!」

康恩は悔しそうに顔を歪めた。康恩は返す言葉が見つからなかったのか武尊に背を向けると自分の家のほうに歩いて行った。

「千穂!」

壱華たちが駆け寄ってくる。

「大丈夫?怪我ない?」

壱華は千穂の体を触って確認している。

「大丈夫だよ。・・・あ!牙!」

千穂は樹の顔を見て思い出したらしく、そう叫んだ。さっき撃たれていたのだ。

「牙?牙はいったん戻したよ。次に出てくるときにはもう治ってると思う」

いつもそうだから、と樹は笑った。

「牙、怪我したの?」

「銃で撃たれたの!」

武尊に千穂が教える。

「銃まであったのか」

武尊はげんなりしたようで顔を片手で押さえた。すると、ぐらりと視界が歪んだ。

「あ―」

体が重い。地面から引っ張られているようだった。そしてそれに抗えなかった。

「武尊!」

その声に答えるだけの力は、武尊には残っていなかった。


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