違和感3
夕刻、千穂と啓太は伸びていた。文字通り畳の上に伸びていた。屍のように動かない。二人は武尊の課したノルマを達成後、身動きできずにいたのだ。
「大げさなんだから」
未海がおやつに手を伸ばしながらため息を吐く。
「だって~」
「宿題をためるのが悪いんでしょ?」
「うう~」
口を開いても未海には勝てなくて、千穂はまたも顔を畳に押し付けた。そのうち畳の跡がつくに違いない。
「俺たちに取っちゃ勉強会は戦争も同じだぜ」
ふっと啓太は笑って見せたが、ぽんと樹に教科書で頭をはたかれただけだった。
「でもよかったじゃない。今年の夏休みは宿題が終わらないって心配しなくて良さそうだもの」
毎年夏休みが終わりに近づくと大騒ぎだった。武尊がいないから、壱華が千穂の宿題を手伝っていた。啓太に至っては年長なので誰も彼に教えることができず毎度地獄を見ていた。―勉強に関しては、康恩と光は役に立たなかった。
―今年は武尊がいるから助かるわ
―私の分からないところも知ってるし
頼りになるな~と感心してしまう。
―同じ年なのに、お兄さんみたい
壱華はそんなことを思った。
―そう言えば、私お姉ちゃんが欲しかったんだっけ
幼いころを思い出す。壱華は一人っ子で兄弟姉妹はいない。しかし、同年とはいえ千穂は妹ポジションだし、樹は年下だし、啓太は体のでかい弟みたいなものだしで、上の兄弟が欲しいと思ったものだった。
―貴輝は貴輝でどが付くほどの天然だったし
壱華はふうとため息をついた。ちらと武尊を見る。
―お兄ちゃんみたいなんて言ったら怒られるかしら
武尊は何やら難しそうな本を読んでいた。二人の課題のノルマが終わったので、自分のやりたいことをやっているらしい。伏せられた目が色気を含んでいてつい見惚れてしまう。じっと見てしまったせいか武尊は顔を上げた。視線が合う。何?と首を傾げて問うてくる。何でもないと首を横に振って意思表示する。武尊はしばらくきょとっとしていたけれどすぐに視線を本に戻した。
がららっと玄関が開けられる音がする。
「ただいま~」
美緒が帰ってきたようだった。ひょいと居間に顔を出す。己の娘とその友人が伸びている光景に、美緒は目を丸くした。そしてテーブルの上に教材が広げられているのを見て合点がいったようである。
「勉強してたの?」
「うん」
千穂は弱々しい声で答えた。美緒は居間を通り台所に抜ける。
「千穂は昔から勉強は好きじゃなかったものね」
「勉強嫌い」
「嫌いでもいいから宿題くらいしなさい」
「うう」
しおしおと千穂は一層縮んでしまう。
「今からご飯作るから、待っててね」
その言葉に武尊が立ち上がる。
「手伝います」
「あら、そう?」
ありがとうと美緒は笑った。
「武尊はね、料理上手なんだよ!」
なぜか千穂が胸を張る。
「なんでお姉ちゃんが偉そうなの?」
「え?いいじゃん、友達の特技を誇ったって」
「そうかな~」
「そうだよ~」
「外見は似てないけど、会話聞いてると姉妹だよね」
「結構中身似てるでしょ?」
武尊の言葉に美緒が笑った。嬉しそうだった。
「え~お姉ちゃんと似てるなんて嫌だ!」
「なんで!」
「私、お姉ちゃんよりはしっかりしてると思うよ」
「それは認める」
ニンジンの皮をむきながら武尊が頷く。
「ですよね!姉と妹交換してもよくありません?」
「え?嫌だよ、そんなの!」
私がお姉ちゃんだもん!と千穂は足をばたつかせる。
「そういう動作が妹じみてるんだよ」
「え~」
料理が終わっても、高野原姉妹は舌戦を繰り広げていた。




