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 黒い影6

―今日の残りは何事もなく終わりそうだな

 武尊は湯船につかりながらそんなことを考えた。浴槽に体を持たれかけさせ目を閉じ力を抜く。じんわりと熱が体中に広がった。

―昨日は妖の襲撃、今日は夢

妖の襲撃は今日はなさそうだ。確かに歩き回ったらときの力を感じた。村一帯を結界で囲っているのは事実なのだろう。妖を中に入れるにはかなりの準備が必要となるはずだ。それを昨日の今日でなしえるとは思えなかった。

―家に戻ってきても命の危機に見舞われるなんて、千穂も大変だな

―ついてきてよかった

自分も一緒でよかった。森で遭遇した妖くらいならば難なく退けることができる。昨夜の夜、襲撃してきた妖も強いと言うほどのものではなかった。何かあるとしても、これくらいのことならば問題ない。

―こうなると知っていたからついて行けと言ったんだろうか

父親に言われたことを思い出す。今年の夏休みは帰ってこなくてもいいから千穂と一緒にいるようにと言われたのだ。

―別荘も案外父さんの案だったりして

―だとしたら、どうして別荘に行かせたんだろう

なぜ、あの、最近は船が止まってしまうと噂のある島に行けと言ったのだろうか。

―知らないはずがない

たとえ単なるうわさだったとしてもあの男が知らないはずがないのだ。

 村について行かせる理由は分かる。絶対に安全は場所など千穂にはない。だから、常に自分が一緒にいるのが望ましい。じゃあ、どうして別荘に行かせた?

「時間稼ぎ、日数稼ぎ―」

ゆっくりと目を開ける。

「帰したくなかった?」

―この村に、帰したくなかった?

だとしたら

「どうして?」

この村が、学校と比べて安全ではないから?それでは別荘に行かせた理由が分からない。学校に残ればよかったのだ。寮が機能しなくなるギリギリまで残ればよかったのだ。そうではなく、わざわざ別荘に行かせた理由。

―まさか、あの化け物を片付けさせたかったわけじゃあるまい

「っ!誰!!」

視線を感じ、鋭く声を走らせる。

「あ!ごめんなさい!」

未海の声だった。

「タオルを渡すの忘れてたから」

「―ありがとう」

武尊は脱衣所ではなく外の気配を追った。さっきの視線は、気配は未海のものではなかった。

―誰かに見張られてる?

―どうして?

―よそ者だから?

自分がどう思われているのかの予測は立てにくい。この村の住人のうち会った人間は比較的自分に好意を持ちやすい立場にあるからだ。千穂の家族、啓太と樹の家族、壱華の家族、みんなの先生である斎にみんなの兄貴分。

―伯父さんは俺が嫌いそうだった

『なぜあいつの子供が』

その続きは簡単に知れた。

「どうして金色の使い手なのか」

浴室にいても響かないほどの小さな声でつぶやいた。

「あの、タオル置いときますね」

「うん、ありがとう」

未海が出て行ったことを確認すると、武尊は立ち上がり、顔の高さにある窓のカギに手を伸ばした。鍵を開け、窓を開ける。顔を出すと涼しい風が入ってきた。外を眺める。

―誰もいない?

確かに視線は感じた、敵意を感じた。

―遅かったか

誰なのか問い詰める前に、窓を開けてしまえばよかった。

「間違えたな」

そうこぼすと、武尊は窓を閉め、鍵を閉めると風呂から上がった。


「金色の使い手があれほど強いとは」

「やっぱりあいつがいる限り銀の器をやるのは無理だよ」

「あいつ、餓鬼のくせに外から俺が見てるのに気づきやがった」

 そこはどこか暗い場所。たくさんの松明が照らしているにもかかわらず、その輝きを吸い取ってしまう場所。知っていなければ呼吸すらできない場所。そんな場所を会議室に使うのは、自分たちくらいしかここには入らないからだ。知らないものはここに来ようなどと思わない。

「でも、啓太や壱華もずっと離れずにいるぞ」

「いや、大群を一気に片付けられるのはあいつだけだ。あいつがいなけりゃ数で押し通せる」

昨日の夜のことを思い出す。自分たちが入れた妖を、一振りで片付けてしまった少年を。それを可能にさせる黄金の剣を。

「そうだな。あいつさえどうにかできれば千穂をここに連れてくることもできるだろう」

興奮していた男たちは一つの解決策に行きつきそうになり落ち着きを取り戻し始める。

「そうだ、あの餓鬼だけをどうにかできないか考えよう」

話し合いの議題は決まった。しかし、ある男が注意を引くために手を叩く。

「まだ話し足りないだろうが、そろそろ戻らないと明日に差し障る。今日は家に戻るとしよう」

「でも!」

「普段の生活に支障が出れば怪しまれるかもしれない。それは避けなければいかん」

「そうだよ。今日は戻ろう」

そうしようと皆が腰を上げ始める。話し足りないものはそれを顔に浮かべたが、みなが去ってしまうので自分たちも腰を上げた。最後の一人が立ち上がり、出口へと向かう。松明の火が大きく揺れた。

「絶対に守ってみせるぞ、何を犠牲にしても」

男は暗がりを睨みつけた。


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