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涙のViolence(III)



表相(ちきゅう)の摂理では、希に不可思議な目論みを示唆的に顕す。


餓えた集団でありながら突然の命を受けたかのように攻撃を止めて、

獲物である筈の、胎児を持つハイエナに退路を開けたりする。


かと思えば、生きたままの獲物の尻を食い破り、

(はら)の子を引きずり出しては、母体ともどもに喰らう‥


野生肉食の捕食者は地球の"使い魔"を現じているに過ぎないのだから

分別はない‥‥


彼等の思考は統御されているが、それを知覚する能力は賦与されていないから

喰えなくなった肉食類は斯くの如く凄惨だ‥


でありながら、彼等は愛も育み‥それを十界互具・一念三千と仏経典は説く‥


悲運は守護という形態で反転する事もあるようだが、

人はそれを偶然という認識で処理しなければ、


安心して悪事も悪意も働けないし、あきれるほどに嫌悪する‥



まさに溺れんとする異種動物を何故、野生のイルカが救命するのだろう‥

どうして飢えたライオンに子鹿を保護させるのだろうか‥


何故、凶暴なシロクマがそり犬達と仲睦まじく戯れるのだろうか‥

人の優越主義を攪乱させるような、

あり得ない構図は、人の為に何処の時点まで啓示されるのだろう‥


―――


なんて哲学やってる場合じゃないな‥事は下らないが深刻だ‥

きっと苦労して立ち上げた零細事業にも支障がでるだろう‥


ポケットに夢とゴミしか入っていなかった十代の頃とは違う‥

失うものは少なくはないだろう‥


自分も奪い合う一方の啓示‥書き換え可能な運命に従う道具には過ぎない‥

Let it go? いやLet it be? そうして使役される狗族のようなものだ。


ただ西洋の神など全て否定している僕の背骨にあるものは、全宇宙に遍満する

アインシュタインでさえ数式化できなかった等法則だよ‥


斯くあれば、斯くの如きあり、

それは寸分と過たない決算を、それぞれの最終章で呈示してくる事だろう‥


たとえ明確な目的意識が不在でも、この世の事物は消滅という最悪方向に

流れやすい傾向を孕んでいる。

 

(先手を打とう‥)

電話を切った時に伝わった鰐口の悪意の波動は、紛れもなく襲撃を予感させたし、

ベールとリータも寛ぐ様子も見せずに、僕を運動に誘ったからね。


彼女達も何かに従っていたはずだ‥


おそらく災難と出会うだろう‥そう思っている。

仕掛けられた必然である以上、僕は準備をしていればいいだけだ‥


―――


「‥済みません‥自分の為に犬飼さん巻き込んじゃって‥」

……

「え? ‥いいや竜太‥それは違うんだ」

落ち込んだように謝罪する彼に、慌てて言葉を返した。


「そもそも俺は天邪鬼という鬼に取り憑かれているように‥」

災難が寄ってくるんだよと言って置いた‥


少年達は幾つかの単語の比喩が理解できずに

引きつった笑顔と、曖昧な頷きを返してよこしたが、


三世の綾糸が織りなす複雑な色曼荼羅を、

彼等がまだ、読み取れるはずもないのだ。


「つまり‥悪い見本と言う事で君達の反面教師だ‥気にするなよな」


説得力のない言葉で慰め、音楽機材を車に積み込んだ僕達に、

女子生徒達が告げた。


「自殺した○○君のお母さんが精神の病気で入院したんだって‥

うちのお母さんが言ってたー」


「そうそう! うちのお母さんも言ってたー遺書も無かったし、そうした事実は

確認が取れていない、とか学校は言ってるんだってー」


「マジかよー」男連中は顔をしかめた‥


―――


「お前達の持ち時間は少ないのにゴメンよ‥」体調が急変するような事も

ないだろうが、狗娘達の全員を抱きしめて暫しの別れを告げた‥


―――


その数日後に僕は、留置所の畳の上で"いびき"をかいていたそうだ‥

周りは鉄格子だったが、筒抜け状態だから隣の怒鳴り声で目が覚めた。


「ほら! 散らかすんじゃないよ! 汚いんだよお前は! 言っただろ俺は

綺麗好きだからヤクザやってんだからよ!!」


コンクリートに囲まれて居るのに虎のように吠えたから起きるわさ‥

彼の言いっぷりは笑えたけどね‥


「よお担当さん! こいつ代えてくれよ! こんなと居たら俺ぁ殺っちまいそう


だよ! 担当さん! 担当さん!!」 ヤクザが懇願してる‥


「すみません!‥ すみません!」虎の剣幕が余程に恐ろしかったのか、

相部屋の囚人が平謝りしてた。


嫌な予感はしたんだよ‥


担当がやってきて「申し訳ないんだけど‥隣と替わって貰えるかな‥いいかな?」

だって‥


(うわっ‥こんな展開で運命を変えていくの?)


「嫌だぁ!ーヤクザと一緒なんて嫌だい! 僕は個室に居たいんだ!」

なんてワガママ言える? このsituationで‥


気の小さい僕は言えないよ‥結果、快適な留置所を追われて、

ヤクザさんと同棲させられたわ‥夜が恐い‥


なるほど虎のような大男で話を聞いたら組長だそうだ‥

暴対法(暴力団対策法)が制定され、弱小組織は真っ先に資金源を断たれたのみ


ならず、指定暴力団の代表者等は無過失責任を負うことになったから、

まず彼はしよっぴかれたのだろうと推測したよ‥


「あんた初犯だろ? いい度胸してるねぇ‥ふつう此処で鼾はかけないぞ?」

(そ、そうかなーただ疲れていただけで‥)

入れ替わった僕に虎は挨拶してくれた。


(えっ? 初犯?‥? 逮捕されたもんな‥いびきかいてた?) 幾つか疑問も

わいたが、どうでもいい事だった。

「すいません煩かったですか?」


「いやいや汚いのよりはいいよ! 俺は綺麗好きだからさ‥」と言う虎に対して

甲高い笑い声が房中に響いたので僕はギクリとした。


(女がいるのか?!) なるほど斜め前の格子部屋にはカーテンが引かれていたが、

(そう言う事だったか)

風呂はどうするんだろ? 早くもそんな事を考えたスケベーな僕だった。


「組長さ~んヤクザが綺麗好きなんて笑えるじゃん?」


生きる為なら何でもするのに、何も怖いものがない(スベタ)の声色だった‥


狗娘達が教えてくれた識別能力だよ間違いはないさ‥今生の彼女が、自分を変える

事はないのだろう‥そうして為す術も無く醜く老いていくのだ‥


「馬鹿言っちゃいけないよアンタ! 汚い事を"させる"のがヤクザってもんだよ」

どこまで本気だったのか虎の両眼は笑っていない。


一人になった"汚い男"は、さぞやホッとしたに違いない‥

(‥Let it be‥まぁいいさ!)



「あんた何やったのよ」虎はそう言う話が好きなのだろう。

にこにこして聞いてきた

「‥傷害です……」


「道具‥使ったの?」

「使いました‥300×30の鉄棒です」


「道具、使っちゃあ駄目だよ(罪が)重くなるよ‥」

「‥そうですね‥」


対刃物用だったが相手の想定数が多いし、ここを出てから

まだ闘うつもりだった‥

絶対に怪我は負えないからだと心に秘めているが、


そうは言えない。

虎は修羅場を幾つも見てきたプロだろう。


僕の両眼を覗き込んで(こいつはまた来そうだな)そう思っていたのだろうか‥

しばらく打ち解けた数日後


「今、手元に五千万あったらアンタなら何にする?」組長が聞いた。

彼の両眼の奧を探り、真意を窺った‥


「今なら金(金塊)にしときます‥(娑婆に)何時でるかにもよりますが、三年なら

下がりますが四~五年なら上がると思います‥」


彼の立場で答えた‥世間は不況から立ち直れていなかったからね。

財産が紙幣硬貨なら持ち逃げされて、彼が出るときには一文無しだ。


「金か‥」そう呟いて、彼は長い体を横臥してから足の指をパチパチと

鳴らし始めた‥考え事をする時の癖のようだ。


「さて‥明日はどうやって闘うかな楽しみだな」呟いた明日の捜査官による

尋問調査の事だろう‥

なるほど咬み合いを楽しむものはいる‥根っからの闘犬のようにね‥


「では‥裏付けが取れたので逮捕になります‥」調書を取り終えた深夜、

あのあとに僕も檻に繋がれたんだよね‥


―――


鰐口らの胡蝶蘭グループは近くにいる‥だが彼等とは面識が無い。

それでも啓示に随うように家を出て、


一キロほど走った電話ボックスで如何にもな様相のグループを捕捉した‥

受話器を持って背中を向けている相撲取りのような少年が鰐口だった。


他の三人も同様な虚仮威(こけおど)しのジャンパーを纏い、イキがっているだけあって

立派な体格だ‥丁度、仲間に召集を掛けている最中に出くわした分けだ‥


(甘いよ餓鬼ども‥熱狂して誰が殺ったか分からないほど集まる迄、俺が待つか)


彼等の横に車を止めて、僕が降りて行き彼等に近づいても彼等の襲撃相手だとは

気づかなかったようだ。


返り討ちの前に確認はする‥

「今、うちに電話してきたのは君達かなー」


誰もが無言でいる事が肯定している証だね‥


「もう一度聞くよ‥脅迫電話したのは君達?」おとなしく尋ねたけどね‥

僕は怒っていたんだよ‥


……


受話器を置いて、ゆっくりと振り返った相撲取りが精一杯に凄んで言う‥

「だったら何よ?」


……


「お前が鰐口って事?」


「だったら何だって言うのよ?」


「そうかお前かー」


二人も死ぬほど悔しがっていたのに‥少しも反省していないんだ‥


手加減はしたよ‥リカオン達のように熱狂状態じゃないからね。

だが鰐口は鉄棒で頭を割り、腹を蹴り上げて店のシャッターに


派手な音をさせ叩き付けた‥諦めろよなリーダーの宿命だ‥


一瞬の躊躇を見せたが彼等なりの仲間内の体裁というものがあったのだろう、


他の三人が攻撃する"そぶり"を見せたが、それは間違いと言うものだ。

そりゃ僕にとってもだったがね‥


開いていた窓からリータとベールが飛び出して、僕が右手に居る"腐れ"の


こめかみに正拳を突いて()け反らせているうちに、ベールが中手の"腐れ"を

威嚇して、リータが左手の"腐れ"を襲うところだった‥


それはまずい! こんな馬鹿どもの為にリータの命を代えられるか!

「リタ!待てっ!」攻撃を思い留まったリータは静止しているが、


tensionはhighになりかけていて"命を惜しまないモード"だったよ‥

実に危ない状態だった‥

事の次第なんて関係ないんだよ狗達はね‥


責任所在を恐れて人を襲う動物はソッコーで殺処分となる"杉浦千畝"も

何処へやらの役人根性と擬態善人の声は思うより大きいんだ‥


‥胡蝶蘭グループにとっては生まれて初めての経験だった事だろう‥


鰐口の存在などあらばこそ、三人は己が後頭部を蹴り上げる勢いで逃げ去り、

左手の"腐れ"など軍旗のジャンパーまでリータに取り上げられてしまった。


運動公園に置き去りにされていた三頭の犬達にも劣る‥

人である筈の"腐れ"どもめ! 一生、彼等に恥じるがいい!


……


「小僧‥お前が頼りにする仲間とは、あんなもんだ‥俺は

これから警察に行くが、まだ馬鹿を続けるんなら、もっと事を大きくしてやろう‥


餓鬼だからって手加減はしない‥それ俺にさせないで欲しいんだがな‥」


鰐口は素直に頷いたが、正直‥悲しかったよ‥僕の境涯がね‥

シャッターも足下も血だらけだった。


んで、何でそこで登場させる必要があるのってくらいのタイミングで、運動公園

から歩いてきた男女総勢七~八人の九条竜太live groupに出会い、現場を目撃され


てしまった‥彼等は言葉を失っていたが、しおらしくしていた鰐口が俄然、虚勢を

張りだしたので、向こう臑に蹴りくれてやった‥

僕は伝説のオヤジになった……


―――


スベタが風呂に入る時には此方の格子にカーテンが張られてしまうので(何だよ)

と思ったが、そうだよね‥


収容されて四日目が過ぎた或日、組長とスベタの会話に思わず笑いをこぼして

しまった僕に「なに笑ってんだよ!」と檻の向こうからスベタが吠えた。


「別に意味は無い‥ごめんよ」声の艶から二十代だったろう‥いや悪の道が十代を

老けさせていたのかも知れなかった。


スベタも周囲に興味を覚えたのだろうが、およそ、

それ以上の縁は感じられないから、


謝罪して会話は途切れた‥その三日後に一面識もない内に彼女は出獄したが

美人詐欺グループの一人だと組長が説明してくれた。


金になるなら何でもやるのだそうだ‥それはそれで興味がまた湧いたけど‥

どのみち、また何処かで僕の頭を悩ませるのだろうさ‥


―――


「殺るつもりなら頭を狙って角度があるんだよ…だけど"重い"よ」罪がと言う組長

は何故か親しみを寄せてくれたが、利害が相反したら、間違いなく阿修羅の一面を


ぐるりと此方に向けるのだろうと思ったね‥

彼等だって今生(いま)を真剣に演じているのだろ?


「トカレフなんか(弾が)何処に飛んで行くかわからないよ?」そう言って僕に向けた

指鉄砲が、実に堂に入ってたもので、経験者が持つ確信の凄みと言うものだ。


「そりゃあ中国製のトカレフでしょ」

「トカレフは中国製だろ? 違うのか」


彼の connection は Chinese mafiaのようだ‥


「純正はロシア製ですが、威力があるそうですね」


「威力はあるんだろうなぁー弾を替えるんだよ‥あれは安全装置も無いから

あぶねーぞ」


「手榴弾はありますか‥」


「あるけど、今は無理だ‥手入れ喰らって此処にいるんだからなぁ‥」


「トカレフ幾らですか?」どうせ撃ち込む時は至近距離だ‥


組長は暫く僕を見詰めていて大きく息を吐き、にやりと笑った‥

「シロウトさんだからなぁ‥危険手当貰わないとな」


やたらに撃たれちゃ困るんだよ‥そう言う意味だ。


(商売人だなー) そう思った僕も、にやりと笑い返した‥










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