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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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終章

ヘレナは大人しく北の地に避難したように見せかけて、


民の避難を確認した後、すぐに国境に向かったらしい。



「私が、自分の声の力に気付いたのは……


 ……カルトのおかげです」



フレヤたちは一度本陣に戻った。


ダークエルフ達は、騎士たちによって


一人残らず切り伏せられてしまった。


しかし、まだ援軍が残っているかもしれないから


という理由で国境近くに留まったのだ。


フレヤとフレヤは、たき火を囲んで


温かい紅茶を飲んでいるところだった。


温かなカップが冷え切った指先に


じわじわと温もりを与えていく。


ヘレナの近くに座っているカルトが途端にでれっと相好を崩した。


おそらく、ヘレナに名を呼んでもらえたのが嬉しかったのだろう。



「どういうこと?」


「私の力はお気づきかもしれませんが、


 人間以外の血を引く者にのみ効くようです」



フレヤたちが城を出立する際に、カルトの姿が見えず


遅れてタイに戻ってきたのには目を瞑った。


大方ヘレナに別れのあいさつでもしているのだろうと思ったのだ。


実際、カルトはヘレナに会いに行っていた。


その時、ヘレナはカルトに頬ずりをされそうになって、


近づかないで!!、と強く言った際に


彼が吹っ飛んだことによって力に気付いたのだという。


そう言いえば、ヘレナは王宮で共に暮らしていた際には、


フレヤに対して何かを強く言ったりすることはなかった。


花の精のように愛らしくおしとやかな姫君だったのだ。


ヘレナの声はフレヤに大きく影響を及ぼせたはずだが、


フレヤに強く何かを言うことがなかったので


力に気付けなかったのだ。


ヘレナは、見た目は人魚の末裔というよりも金髪碧眼という


人間の王族としての見た目をそのまま受け継いでいる。


誰もがヘレナには特別な力がないと思い込んでしまっていたのだ。



「な?


 妹のこと、もっと信じろって言ったろ?」



飄々とした笑みに得意げな色が混じる。


今回ばかりは、カルトの言うとおりだった。


ヘレナの力がなければ、全滅していた。


ただの偶然だった。


だが、運命だったのかもしれない。


カップをもつ手が震えた。


肉を断つ感覚がまだ手に残っている。


目を伏せる。


偶然だろうが運命だろうが、この手でステファンを殺したのだ。


嘆くでもなく、恐れるでもなく、


フレヤは静かに認めた。


その事実が何度も自分の中で反芻している。



「ヘレナ。


 ありがとう。


 貴女のおかげでこの国と私たちは助かった」


「そ、そんな!!


 お姉さま顔を上げてください……!!」



顔をあげれば、ヘレナの慌てた顔が目に入った。


いつも微笑んでいる印象の強いヘレナの


新しい表情を見て新鮮な気持ちになる。


フレヤは紅茶を飲み干すと、立ち上がった。



「このまま何もなければ、明け方には城に戻るわ。


 今のうちに体を休めておきなさい」


「はい、お姉さま」



じゃあ、おれが四六時中見張っていてあげると


抱きつこうとするカルトを押しのけながらヘレナがうなずいた。


カルトの扱いが前見た時よりも手慣れたものになっている。


フレヤはどこかほほえましい二人を横目で確認した後、


自分のテントに向かって歩き出した。


騎士たちやアルハフ族たちは思い思いに体を休めている。


その様子をわずかに笑みを浮かべながら見つめ、


彼らの隙間をぬって歩いた。


フレヤの姿を見て騎士たちは慌てて居住まいを正し、


片手を軽く振って楽にしていい、と仕草で伝える。


目的のテントが見えてきた。


その前には沈鬱な表情を浮かべた騎士がいる。


彼がそこにいるとわかっていてテントを目指したのだ。


フレヤの存在にすぐ気づいた騎士は、


すぐに居住まいを正した。



「カイン」



名を呼ぶと彼はさらにピリリとした緊張をまとった。


長躯をぐっと折るとカインは低い声で言葉を紡いだ。



「……お待ちしておりました」



硬い声音だった。


その目には覚悟が見え隠れしていた。


カインは最低限身を清めただけの姿だった。


鎧は取り去り、シャツにズボンという


いつものカインにしてはラフな格好だった。


あれだけ騎士制服をいつも身に着けていたカインが


主であるフレヤに正式に面会しようというのに


この格好であるということ。


それは、騎士としてではなく、


カインという一個人の人間として


話をしたいということだろうか。



「……本日より、騎士の任を解任していただきたく存じます」



決意のこもった言葉はある程度予想のついていたものだった。


これだけまじめな人だ。


主を裏切って、何もなかったかのように


暮らせるような人ではない。


ふれやは、カインの前に立つと、小さく息を吐いた。



「あなたも私の護衛騎士として何年も過ごしているから


 私のことはよく知っているでしょう。


 絶対に、認めません」


「フレヤ様、今回ばかりは、話の次元が違います……!!」



カインの猛省っぷりは見ればはっきりとわかる。


今にも剣を抜いて自害しそうな勢いだ。


さて、この堅物な騎士をどう説得するかと、


フレヤは遠い目になった。



「あなたも、反省しているし、


 今回の件に関しては、あなたを不安にさせてしまった


 私の言動に責任があるわ」


「いいえ。


 己が主を信じられず、あまつさえ裏切った者など、


 万死に値します」


「私の剣」



静かに呼びかけると、カインは、はい、と小さく返事をした。


グレーの瞳は蝋燭の火のようにゆらゆら揺れている。


それでも彼はまだ、フレヤのことを主だと思ってくれている。



「あなたはもう折れてしまったの?


 私があなたを握り、振るうことはもう許されていないの?」


「この命果てるまで、私は貴女の剣でいるつもりでした。


 しかし、その刃を己が主に向けるなど……」


「剣とは諸刃の剣よ。


 使い方を心得てなくて怪我をした愚かな主であっただけよ」


「そんなことは……!!」



カインは言い募ろうとして口ごもった。


彼はフレヤの表情を見て、迷うように口を開いた。



「貴女様は、いまだ私を剣だと認めてくださっているのですか?


 また、貴女様に使っていただけるのだと、


 夢見ることを許されるのでしょうか」


「最後の最後にあなたが選んだのは私よ。


 もっとも、あなたがステファン様を選んでも


 平手打ちでも体当たりでもして


 目を覚まさせるつもりだったのだけれど。


 あなたが私以外を選ぶだなんて、許さないわ」



フレヤは無表情でそう言ってのけた。


騎士はぽかんとした。


どうやら己の主が言った苛烈な言葉に


理解が追い付かなかったようだ。


やがてその顔に苦笑めいた、


何かを諦めてような、だけど温かな笑みが浮かぶ。



「貴女様は……やはり変わってしまわれたようだ」
















城に戻ってから平穏な日常を取り戻すまでは少し時間がかかった。


安全を確認し、オスロ国から援軍が来ないのを見て


避難命令を解除した。


しかし、このままでいいわけがない。


避難を解除したからと言って、彼らが幸せな日常に


戻れるわけではない。


彼らの生活は一部の者を除いて、貧しい者が多い。


彼らの暮らしを改善しなければ何も始まらない。


大臣たちによる政治の腐敗もまだなにも変えられていない。


隣国オスロ国との関係も微妙なものになっている。


ステファンの遺体を丁寧に整えてから返上し、


あったことを包み隠さず全てオスロ国の大臣達に話した。


驚く者、怒る者、呆然とする者、さまざまだったが、


どうやらステファンは裏では冷徹なことで知られていたらしい。


どの者にもどこかでほっとしたような表情が


見え隠れしていた。


奴隷制度撤廃や、王族の在り方の再考など


オスロ国でも静かに変革が始まっているようだった。


女王のフレヤが直々にオスロ国に赴き謝罪し


事情を話したことが功を奏し信用はしてもらえた。


しかし、それで、関係は良くなったわけではない。


フレヤは両国の関係改善を進めながらも


国の改善に奔走していた。


そんなある日、ついにアルハフ族とシウたちの一行が


コペンハヴン国を今日発つと告げてきた。


フレヤは思わず書類にサインをしていた手がとまり


大事な書類にぽとりとインクを垂らしてしまった。


彼らは国を救ってくれた者たちとして


国賓として扱っていた。


好きなだけいてくれて構わないと伝えていたはずなので


もう出発するとは思わなかったのだ。


急いでメイドに言われた玄関に行ってみると


身支度を整えたシウたち東の異形の者達と


アルハフ族の者達がフレヤのほうを一斉に見た。


その中にチノの姿を見て胸に今までにないほど強い痛みが走った。


重いもので頭を殴られ冷水をかけられたような衝撃。


そうだった。


チノはアルハフ族の族長だ。


期間限定の護衛役であっただけで、


彼はいつまでもここに留まるような人ではない。


アルハフ族は流浪の民だ。


流れゆく季節と共に転々と土地を渡り歩いていく。


チノはその導き手でもあり守り手でもある人だ。


どうしてそれを忘れていたのだろう。


いや、忘れていたのではない。


忘れてしまいたかっただけだ。



「もう、行ってしまうの……?」



自分のものとは思えないほどか細い声が出た。


行かないでほしいと、その思いは伝わったはずだ。


だというのに、その場にいる者達は静かにうなずいた。



「我には異形の者のための国を作るという使命がある。


 戦いの傷も完全に癒えた故、


 ここにとどまっている理由はない」



そっけなく聞こえる言葉だが、声音には温もりがあった。


ふん、とメノウが鼻息あらく息を吐いた。


そらりとつややかな金髪を荒っぽくかきあげる姿は


すっかりアルハフ族のそれだ。



「私があなたを陥れた時、肥えている富裕層でもなく


 苦しむ貧困層でもなく、あえて中間層を


 味方につけたのかわかりますか?


 彼らが、漠然を未来に不安を抱き、


 漠然と現状に不満を抱きやすいからです。


 せいぜい足をすくわれないように


 気を付けることですね」


「……ええ」



言葉はきついがメノウなりの忠告なのだろう。


それには頷きながら答えた。


これ、メノウとたしなめるようにして言ったのは


アルハフ族の呪術師トンガだ。


祖母の叱責にメノウはむっと唇を閉ざした。


なんだか見ていてほほえましい。


二人の間のわだかまりがほぼなくなっているように見える。



「孫をすくってくれたこと、礼を言うよ」


「いいえ、礼は……」



改めて正面から礼を言われると照れて戸惑ってしまう。


うろたえていると、アルハフ族のみんなから


さざなみのような小さな笑い声が広がった。


それは決して嫌なものではなくて温かいものだった。


それを受けて、自然にほほえみが浮かんだ。



「私からも、ありがとう。


 力を貸してくれて、嬉しかった」



その場に和やかな空気が満ちる中、


シウがくるりと踵を返した。



「では、我らはもう行く。


 汝を妃とできなければ、ここにいる価値などない。


 ……いくぞ」


「あなた達が困ったときは、


 今度は私たちが助けとなるから!!


 だからいつでもまた来て!!」



黒衣をひるがえす背中にフレヤは叫んだ。


シウは一瞬ちらりとこちらを振り返ったが、


何も言わないまま王宮から出て行ってしまった。


しかし、その唇に笑みが浮かんでいたのは


気のせいではなかったはずだ。



「では、我らも去ろう」


「今までの非礼、許してとは言わない。


 ただ全国民を代表して謝罪はさせてほしい。


 ごめんなさい。


 本当に、ありがとう。


 どうかまた来て。


 私たちはいつでもあなた達を歓迎する」



アルハフ族の面々はそれぞれに頷くと、


静かに王宮から出ていく。


フレヤはそれを見送ることができず、うつむいていた。


チノが自分から離れていく姿など直視できない。


何より、チノからは何も言われていないまま


去られることがショックだった。


泣くまいと唇をかみしめた。



「戻るぞフレヤ。


 まだ公務があるのだろう」


「ええ。


 ……えっ……!?」



思わず勢いよく顔をあげてしまった。


クマができているな……と、フレヤの目の下のあたりに


手を伸ばしてくるその人を信じられない思いで見上げた。



「な、なんで、チノ。


 みんなと一緒に出発するんじゃ……」


「おまえがいるのに、するわけないだろう」



即答だった。


呆然としてチノを見る。



「族長は……?」


「トンガに任せた。


 メノウが補佐するから問題はないだろう」


「いいの、そんな勝手……?」


「フレヤが番だと言ったら、折れた」



唖然としてしまう。


どうやら、獣としての独特な文化もあるアルハフ族では


番の存在が何よりも優先されるらしい。



「傍にいてくれるの……?」


「何度言えばわかるんだ。


 おれは、おまえが何を言おうとおまえの傍から離れな……」



チノの言葉は途中で消えた。


フレヤが勢いよくチノの体に抱きついたからだ。


人目をはばからない行動にさすがのチノも驚いたらしい。


言葉が降ってこない。


優秀なメイド達はさっと主の方から目をそらした。


そして空気を読んで、静かにその場から退散していく。



「……嬉しい」


「え……?」


「どこにも行かないでチノ。


 ずっと傍にいて。


 私を、離さないでいて」



チノの服がしわになるほど強く強く抱きしめる。


腕の中でしなやかな筋肉がこわばるのが分かったが


それでも離さない。


もう、離してなどやれない。


やがて、大きな手が頭を柔らかく撫でて


フレヤの顔をあげさせた。


熱を帯びた緑の目がひどく近くにあった。


その目に吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。



「あ、いたいた。


 フレヤー?」


「ちょっ、放しなさい!!


 放しなさいったら!!」



気の抜けるような声が聞こえてきて、思わずそちらを見た。


見ればカインとその腕の中で暴れているヘレナの姿があった。


腕の中で暴れているのにもかかわらず、カルトは


ひどく楽しそうにヘレナのことを横抱きにして歩いてくる。


何故かチノの方から殺気のようなものが


ゆらゆらと立ち上っているが気のせいだと思いたい。



「……邪魔をするな、カルト」


「あー悪い。


 ヘレナのことしか目に入らなかったわごめんな?」



呼びかけられた自分はどうすればいいのかと


チノに抱きついたまま固まっていると、


カルトの目がこちらに向いた。



「と、まあ冗談は置いておいて、


 フレヤ、おれ、アルハフ族(みんな)とは行かないから、


 そこんとこよろしくってだけ」



そんじゃ、と言うとカルトは去っていこうとしたが


フレヤは、カルト!、と慌てて彼を呼び止めた。


面倒そうにカルトが振り返る。



「なに、まだなんかあるの?」


「なんで」


「馬鹿なこと聞かないでよ。


 ヘレナがいるからに決まってるだろ。


 なー、ヘレナ―」


「くっ!!


 離れなさい!!」



ぐりぐりと頬ずりしてこようとするカルトの顔を


全力で押しとどめているヘレナは必死の形相だ。


なるほど。


ここにも一人、番という特例を認められた者がいたようだ。


じゃ、というと、カルトは本当に歩き去ってしまった。


その腕の中にはとれたての魚のごとく


暴れるヘレナの姿があって、目を丸くするしかない。


ヘレナは、カルトといると本当の自分でいられるようだから


良いことかもしれない、と姉の観点から思ってしまった。


そんなことを考えていると、


腕の中からするりとチノの体が抜けた。


唐突な行動に寂しくなって思わずチノの顔を見上げたら、


額に唇が落ちてきた。



「……まだやるべきことが終わっていないのだろう?」


「そう、だったわ」



今の今まで忘れていたが、署名しなければならない書類が


山のように残っているのだった。


あわてて部屋に戻ろうとしたら、


すばやく手首をつかまれた。


見れば、チノが不機嫌そうに目をすがめている。



「おまえはすぐに女王としてのおまえに戻るから


 面白くない」


「そ、そういわれても……」



拗ねたように言うチノがなんだか可愛らしい。


そう思っていたら、唐突にぐいっと引き寄せられた。



「……今夜、公務が終わったら、お前の部屋に行くから、


 そのつもりでいろ」



耳元で囁くと、チノは手首をぱっと離した。


騎士団の鍛錬に参加してくると、スタスタとその場を去っていく


チノを呆然と見送った。



「そのつもりって……どのつもりなのかしら」



フレヤのつぶやきにこたえる者は、誰もいない。

























コペンハヴン国は人魚の魔女の末裔の王国だ。


人魚の末裔の女王がたった年は、国は魔物から守られ


国交も広がり、国は豊かに栄えたのだという。


彼女の傍にはいつも狼のような黒衣をまとった護衛役が


ひっさりと控えていたそうな。


その女王は数年後に双子を生み、


彼らは互いを助け合う良き王になったのだという。


その髪は海原のごとく青く、その瞳は森よりも深い緑の


それは美しい者達だったそうな。



我らがコペンハヴン国に幸あらんことを。




ーコペンハヴン歴史書より一部抜粋ー

ここまで読んでくださりありがとうございます。

次はまたどろっどろの恋愛ものを書く予定なので

良ければまたよろしくお願いいたします!!

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