つがい
ヘレナに促されて部屋の椅子に座り、あらためて彼女と向き直る。
大きな青い瞳のすぐ下にはうっすらと隈ができていた。
突然の環境の変化と急な事態によく眠れていないのかもしれない。
「もう、カルトから聞いているとは思うのだけど、
改めて何があったのか私から話すわ」
「はい。
他の誰でもなく、お姉さまの口からすべてを聞きたいです」
決意に満ちた瞳でヘレナがうなずく。
フレヤは、ヘレナが嫁いで行ってしまった後の話を
ぽつぽつと語りだした。
なるべく私情を挟まぬよう、客観的に話すように努めた。
メノウの脅迫、父に死の歌を歌ったこと、
ステファンの裏切りの話をすると、
さすがのヘレナも顔色を変えた。
しかし、ヘレナは口をはさむことなく、
黙って話を聞いていた。
そして、ステファンの城に潜入し、
ヘレナを攫うところまで話すと、フレヤは口を閉じた。
「話してくださって、ありがとうございました」
「長くなってしまったわ。
ごめんなさいね」
「いえ……」
それっきりヘレナは口をつぐんでしまった。
考え込んでいるようだった。
今まで聞いた話を自分の中で整理しているに違いない。
「もしかしたら、宿を変えるかもしれないから
それだけは知っておいて」
「はい……」
力なくヘレナが頷いた。
余計なことを話して混乱させてしまったかもしれないが
ヘレナも知る権利がある。
そう思って話したのだが逆効果になってしまっただろうか。
少し気がかりに思いながらもフレヤは椅子から立ち上がった。
すこし沈んだ表情のヘレナもそれに気づいて立ち上がる。
それを手で制する。
「考えたいこともあるだろうから、見送りはいいわ。
ゆっくり休みなさい」
「……はい、お姉さま」
部屋を出ようと扉を開くと、
なぜか当然のごとくカルトがそこに立っていた。
遅れて彼がヘレナの護衛役を買って出ていたことを思い出す。
「話、長すぎない?
ヘレナ、疲れただろ」
「そ、そうね。
長くなってしまったわ。
あのこにも考える時間が必要だと思うの」
遠回しにヘレナから少し離れてやれと言ったつもりだったのだが
当然のごとく部屋に足を踏み入れようとする
カルトの腕を慌てて掴む。
「なに?
まだなんかあるの?」
不機嫌そうに目を細めてこちらを見るカルトに
またも違和感を抱く。
やはりおかしい。
いつものカルトではないみたいだ。
「カルト、あなたどうしたの?」
「なにが?」
なにがおかしいといわれて言葉に詰まる。
いつものカルトではないみたいだと言えば
鼻で笑われるだけだと分かっているから口ごもってしまう。
「なに?
さっさと言いなよ」
「ヘレナに対してだけは、カルトらしくないというか……」
てっきり怪訝な顔をされるのかと身構えていたが
以外にもカルトはしばらく黙っていた。
フレヤもハラハラしながらカルトの返答を待つ。
「……つがい、なんだよね」
「は?」
重々しく告げられた言葉に、フレヤはぽかんと口を開けた。
しかし、カルトはいたってまじめな顔をしている。
「個人差はあるみたいだけど、おれは一目見た瞬間
雷が落ちたみたいに、このこがおれの運命の人なんだって」
カルトはどちらかと言うと合理的で現実的な思考の持ち主だ。
そのメルヘンな内容に、フレヤの口は開きっぱなしだ。
しかし、本人はいたって真剣な顔なので
嘘でしょう、などと冗談でも口にできない雰囲気だ。
「なに、それ……」
「アルハフ族は獣の一族だから、こういうことは
本能的にわかるってわけ。
チョルノのやつから聞いてないの?」
カルトが不思議そうに首をかしげる。
その拍子にカルトの長い前髪がさらりと緑の目を隠した。
チノからはそんなことは一言も聞いていない。
首を横に振ると、カルトは心底どうでもよさそうに横を向いた。
「ま、どうだっていいけど。
じゃ、あんたはさっさと自分の部屋に帰りなよ」
その目は既にヘレナの部屋の入り口に向けられる。
フレヤは大人しく彼に背を向けた。
もうこれ以上しつこく食い下がっても
カルトは不機嫌になる一方だ。
しかし、今聞いたことが頭の中から離れない。
悶々と考えながら足を進めていると
いつのまにか自室の近くまで来てしまっていた。
はっとした。
部屋の前に誰か立っている。
気配に聡い彼はすぐにこちらの存在に気付いた。
「お帰りになられましたか」
カインだった。
騎士らしく背筋を伸ばしている姿はまぶしく映った。
今あ平民の服を着ているが、その立ち振る舞いだけで
彼の育ちの良さがすぐにわかる。
「話し合いはいかがでしたか」
カインの問いに対して、フレヤは無言で首を横に振った。
カインは沈鬱そうに眉根を寄せた後、
意を決したように口を開いた。
「姫様、申し上げたいことがあります」
「だから、私はもう、姫じゃ……」
「いえ、貴女様は、コペンハヴン国第一王位継承者。
姫様ではなく、もうすぐ陛下とお呼びすることになるでしょう」
カインは昔から頭の固いところがある。
フレヤは諦めて息を吐き出した。
「もう、いいわ。
話なら、私の部屋の中でしましょう?」
はい、と従順にうなずいたカインは
さっとフレヤをエスコートして部屋まで連れて行ってくれる。
どこまでも騎士らしい男だ。
フレヤは部屋の椅子に座り、カインにも座るように促したが
主の前でそのような真似は、と慇懃に断られてしまった。
もはや半分分かりかけていたことなので、
フレヤはそのままカインを立たせておくことにした。
「それで?
言いたいことって何かしら?」
「あのシウ第一皇子とは、ここで別れましょう」
フレヤは、目を丸くした。
まさか、そういわれるとは思わなかったのだ。
「どうしてそう思うのかしら?」
「国がフレヤ様を追い詰めたのにもかかわらず、
心優しいあなた様は国を見捨てなさらない。
ならば、一刻も早くコペンハヴン国に戻るべきです。
ステファン王は猶予をやる、などと言ったようですが
馬鹿正直に待つとは限りません。
今すぐに攻め込まれてもおかしくないのです。
奇襲は、戦略の常套手段ですから」
武人らしい意見だった。
そして、どれも的を射た意見ばかりで、フレヤは一瞬黙った。
「……もう少しだけ、時間を頂戴」
「フレヤ様」
カインがわずかに焦れたような声で名前を呼ぶ。
カインがフレヤの名を呼ぶのは、
たしなめるときやいさめる時だけだ。
「……あの人には、恩がある。
私だけでなくアルハフ族の人たちの命も助けてくれた。
恩を返さないまま勝手に離れるのは気が引けるの」
「しかし、ことは一刻を争います。
気が引けるのでありましたら、
一時的に彼らから離れるだけでも良いのではないでしょうか」
カインは食い下がった。
フレヤは目を細めて考え込んだ。
「……あと、もう一回だけ聞きに行く。
だめなら、コペンハヴン国に行くわ」
「……かしこまりました」
本当であれば、今すぐにでもコペンハヴンに戻りたいであろう
カインは、フレヤの意思を汲んでくれたようだった。
低く頭を垂れるカインのつむじを見て、
何か焦りのようなものが胸を突いた。
カインは何か違う言葉を求めている気がする。
しかし、人の感情の機微に疎いフレヤはどうしたらいいのかわからなかった。




