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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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自覚

関所では、シウの目の力と、フレヤの幻惑の歌の力で


何事もなく通過することができた。


本来なら喜ぶべきなのかもしれないが、フレヤの表情は晴れない。


どう考えても、あまりにもうまくことが運びすぎている。


ステファンのことだ。


こちらの考えていることなどお見通しに違いない。


関所を見たらわかった。


まるでいつもと変わらない警備の兵の数。


フレヤが、ステファンの国、オスロ国に向かうと


彼ならば気づけたはずだが、それでも兵の数は変わらなかった。


つまり、それは、ステファンがオスロ国で待っているということだろう。


ステファンは馬車を使って一日もかからずにオスロ国に着けるだろうが


こちらはそうはいかない。


数日かけて国境を越えるのだ。


ステファンのことだから、なにか策を練っているに違いない。


そこまで考えて、彼の婚約者だった時よりもよほど


彼が何を考えているのか思考を巡らせている自分に気付いて


苦笑を浮かべてしまう。


無事に関所を通り抜けた後は、平坦な道が続くので


山道とは違い、自分の足ではなく馬に乗って移動することとなった。


王宮に置いてきた愛馬のシルバノが恋しい。


背後は振り返らず、前だけを見据えて馬を進める。


列は、目の良い異形の一族が先頭となって進み、


その次に人間に対する幻惑の力を使え、地理に詳しいフレヤとシウが続く。


その後ろには、フレヤを守り従うように付き添うカインと


戦闘力の高いアルハフ族の二人が馬を並べている。


しかし、ここの雰囲気がとんでもなく悪いままだった。


カインはともかく、あの二人はいまだに和解していないらしい。


彼らの仲たがいの原因の大元は自分にあるのだと思うと


ずしりと胸が重たくなった。


何とかして和解させたいが、根本的な原因が口出しをしても


現状はなにもよい方向に向かわないだろう。



「それで?


 空を飛んで王妃の部屋へと一直線か」



突然シウに話しかけられ、フレヤは驚いてそちらを見た。


シウは立派な漆黒のたてがみを持つ馬を堂々と乗りこなしている。


そのまなざしは、まっすぐ前だけを見据えていた。



「しかし、あの城は門の警備が厳重なうえに、


 門から王宮まで距離がある。


 汝の城とは勝手が違うぞ」


「わかっているわ。


 でも、あなたもわかっていると思うけど、


 ステファン様は、明らかに私を城に誘い込もうとしている。


 関所のあたりではっきりわかったわ」



シウは答えない。


無言は肯定と言うことだ。


シウも、これが罠であることに気付いている。



「彼の狙いがわからない以上、


 下手に手を打つべきではないのではわかっているわ。


 あなたも時期尚早だと言いたいのでしょう。


 でも、ことは一刻を争う」


「……では、どのように王妃を攫うつもりだ」



あきらめたようにシウは言った。


どうしても意思を変えるつもりがないフレヤに折れてくれたのだろう。


シウにはほとんど利益のないことに突き合わせている。


それでも見捨てないところは面倒見がいいということか。


だから、彼は配下の者に慕われているのかもしれない。



「前と同じようにはいかぬぞ」


「そうね。


 陽動作戦は不意を突いたからできたもの。


 それもほとんどの兵力が城に残っていなかった状態だったからこそ


 成功できたわ。


 ステファン様はこのことを踏まえたうえで、


 警備をさらに強固なものにしてくるはず。


 今回は、別の方法を使わなくてはならない。


 ……私に考えがあるの」
















オスロ国王都についたのは、その日の夕方だった。


フレヤたち一行は、怪しまれないようにするために、


二手に分かれることにした。


幻惑の力が使えるシウとフレヤは違うグループにいる。


フレヤから頑として離れようとしない、カインとチノは


フレヤと同じグループに、逆にシウの傍を


頑として離れようとしないリン達は、シウたちと同じグループにいる。


大人数だと親締まれる可能性があるので、互いに違う宿をとって、


次の日の早朝に合流することとなっている。


宿の主を歌で惑わせ、部屋をとったところまではいいが、


今度は部屋割りでチノとカインがもめだした。


同じ部屋で寝泊まりしなければフレヤを守れない、と


表情乏しく言い募るチノと、


淑女、ましてや王女殿下と同室だなんて言語道断だと


決して折れないカインの言い争いが始まった。



「カイン。


 私はもう野宿とかで、何度も殿方とともに寝ているわ。


 別に今まで何もなかったのだし」



カインの顔色が憤怒の赤から、絶望の白に変わった。


ひめ、と力なく言葉がカインの唇から洩れた後、


彼は呻きを漏らしてその場に膝をついた。


なにやら、御身をお守りできなかった私に罰を


などとぶつぶつ言っているが、いつものことなので気にしてはいられない。



「カイン。


 私はチノと同室で寝るから、あなたは隣の部屋で寝て頂戴」


「っ、姫を男と二人きりにさせるなど私にはできません!!


 私も、同じ部屋に!!」


「そう?


 別に構わないけ……」


「ふざけるな。


 フレヤを守るのはおれ一人で十分だ」



また二人のにらみ合いが始まった。


フレヤは、疲れた目でそれを見ていたが、


他の兵をそれぞれの部屋に行かせると、彼らに向き直った。


別に一人でも大丈夫だと言おうと口を開いた。



「……」



しかし、勝手に口がとじてしまった。


これは、もしかしたら、チノと話し合いの機会を設ける


絶好の機会なのではないのかと考えてしまったのだ。



「カイン」


「はい、姫」



フレヤの呼びかけにカインはすぐ答えた。


チノの傍を離れ、フレヤの前にひざまずく。


彼は、忠義心にあつい騎士だ。


フレヤはすっと、仮面をまとうように顔から一切の感情を消した。



「私の剣だと言いましたね」


「はい、姫」


「兵たちは、私の矛となり盾となる者たち。


 私だけでなく、私を守りしもの全てを守る力があなたにはある。


 騎士としての務め、果たせますね?」



カインの表情が硬くなったが、その硬さは瞬時に霧散した。


彼は低く頭を垂れた。



「仰せのままに、姫」



カインはこちらをふと見上げた。


昏いものが宿るまなざしだった。


先ほどのチノの昏い微笑とはまた違う種類のものだった。



「姫。


 あなたは私という剣を錆びさせず、また握ってくださりますか」


「……ええ」



どう答えたらいいのかわからず、小さくうなずくと


カインはわずかに息を吐いて立ち上がった。


グレーの瞳から陰りは消えていなかった。



「……失礼いたします」



カインは一礼すると、その場を足早に去ってしまった。


彼の忠義心を利用するようなことになり、心が痛んだ。


たとえ、もう王女でなくなっても


カインにとってフレヤは主であり、姫君であるのだと、


彼は彼のすべてをもって言ってくれているというのに。


彼の忠義にこたえたい。


だがそのためには、何をすればいいのだろう。


結局答えは出ないまま、チノに無言で促されて


部屋へと足を踏み入れる。


チノがぱたんと木の扉を閉じると、途端にその場が静寂に満ちた。


部屋はそんなに広くはないが、木造の落ち着いた雰囲気の部屋だった。


しかし、何気なくベッドのほうを見て固まってしまう。


ベッドが一つしかない。


大きなベッドだった。


夫婦や恋人たちが一緒に寄り添って寝るようなものだった。


どうしよう。


部屋を替えてもらうべきか。


動揺を隠しきれずに、思わずチノのほうを伺ってしまう。



「どうした」



チノは憎らしいほどに落ち着いていた。


彼が一歩こちらに近づく。


ギシっと床が軋んだ。



「べ、べべべベッドが、一つしかないようなのだけど」



しまった。


あきらかに動揺しているのがバレバレだ。


目をうろうろと泳がせて、必死に取り繕う言葉を探していると


ふっとチノから息が漏れた。


フレヤは目を見開いた。


チノが笑っている。


見たことのない種類の笑みだった。


とろとろにとけたキャラメリゼのような甘さを含んだまなざし。


普段、あまり表情を変えない人だから、


その破壊力は半端なものではなかった。


しかも、何故だかわからないが嬉しそうに見える。


そんなに、こちらが慌てているのを見るのが楽しいのだろうか。



「あ、ああああの私、店の人に部屋を替えて……」


「その必要はないだろう?」



ばくばくと心臓が痛いくらいに早く脈打つ。


なんだこの空気は。


砂糖をそのまま気化させたように、むせかえるほどに甘い。


ひどく落ち着かなくて、何かを話そうと言葉を探すが、何も言えない。


頬と耳の先に熱が集まるのが自分でもわかった。



「で、でも」


「おれには、何も支障はないが」



フレヤははっとした。


横目で外を確認すると、窓から差し込む夕日の光は既になかった。


黄昏の空に浮かぶのは、満月。


そして、目の前のチノの瞳も、黄金にらんらんと輝いている。


彼の中で、狼としての意識が強くなっているのだ。


数歩距離を詰められる。


わずか数歩なのに、一瞬で距離が縮まった。


あわてて目の前にある硬い胸板を押したがびくともしない。


指先に、甘い体温が伝わってびりびりと痺れるような感覚が走った。



「かわいい」



ひそやかな吐息とともに、溶けてしまいそうなほど甘い声を


耳に直接落とされて、フレヤは腰が砕けてしまった。


その場にへたり込みそうになったが、すばやく腰に回った


たくましい腕がそれを許さない。


ふわりと抱き上げられて、口から小さく悲鳴が漏れた。



「おれを男だと意識して慌てふためくおまえを見ることになるとは」



チノがのどの奥でくつくつと笑う。


彼は、狼としての人格が表に出ているというのに


ひどく機嫌がいいようだった。


そう考えていると、とさり、と背中に柔らかい感触が当たった。


ベッドの上におろされたのだと知る。


チノが両腕でフレヤを囲うように、手をベッドについた。


視界にはチノと宿の天井しか映らない。



「……おまえは、綺麗な目をしているな」



さらりとチノの前髪が額に触れた。


信じられないくらい近くにチノの瞳がある。


フレヤは瞬きも忘れて、ただ固まっていた。


ぞっとするほど、野性的で魅力的なまなざしだった。



「紅玉のようだ。


 くりぬいて、飾って、ずっと眺めていたい」



物騒な言葉とは裏腹に、まなざしは熱くて甘く


自分の体ですら溶けてしまいそうな錯覚に陥る。


息がうまくできない。



「そうすれば、この綺麗な瞳はおれのことしか映さないだろう?」



まるで、こいねがわれているようだった。


おれのことを見てほしいと。


おれのことだけを見てほしいと。


そんなはずないのに。


これは己の願望が生み出した幻なのだろうか。



「あの騎士は、お前の騎士だったらしいな?」



突然変わった話題に、フレヤはわずかに眉を寄せた。


話の意図がわからないままに、混乱しながら小さく頷くと


チノは凄みのある笑みを浮かべた。



「この道中、あの男がおまえに話しかけるたびに、


 何度斬り殺しそうになるのを我慢したことか」


「な、なに言っているの」


「人間のおれは、いつも『おれ』を必死に抑えている。


 おまえを傷つけないように。


 おまえに醜い部分を見せないように。


 無駄な努力だっていうのにな」



チノがさらに覆いかぶさるようにして、のしかかってきた。


逃げられない。


身体が動かない。


声が震えるのが情けなかった。


怖いわけではない。


なんだか、もっと別の感情が胸に生まれている。


これは、この感情は。


ああ、認めたくない。


これは認めたら、いけない感情だ。


認めたら最後、苦しみもがくのは自分だ。


溺れるように、求めて、でも足りなくて、もっと求めて。


息ができなくて、苦しくて、だからもっともっと求め続ける。


暗い海の底に堕ちるように、底がなく、止まることがない。


知っている。


二度目のこの感情。


でも、一度目の時とは比べ物にならない焼けつくようなこの感情。



「いっそ殺してしまえば楽になるのか?」



すっとチノの指先がのど元を撫でた。


チノが笑みを浮かべたまま、目を細めた。


獲物の喉笛に食らいつく前の、獣のような表情だった。


優美で強靭なケモノに体を組み敷かれているような錯覚すら起きる。



「……私を殺すの?」


「いいや、殺さない。


 ……もう、殺せない」



のどにチノの顔がおりてきた。


噛みつかれるのかと体をこわばらせたが、


代わりに降ってきたのは、花弁のような優しい口づけだった。


フレヤは、心の中でうめいた。


認めたくないのに。


こんなことをされたら、認めざるを得ない。


泣きたくなる。


できることなら、彼と離れる最後まで気づきたくなんてなかったのに。


もう、堕ちてしまった。


どうしようもないところまで。


絶望的なまでに思い知る。


嗚呼。


この人が。


このケダモノが。


チノが好きだ。



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