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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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誘拐計画

国境までの道は、なるべく人通りを避けて、


村はずれの道を歩いたり、道なき道を歩くこともあった。


しかし、道中は不気味なほど何事もなかった。


それが、幸運だからだと考えるには


あまりにも過酷な経験をしすぎていた。


これも罠の一つかもしれないと考えるほどには


用心深くならざるを得なくなっていた。



「今夜はここで野宿だ」



そうカルトが言ったのは、日が傾き始めたころだった。


山の中をくたくたになるまで歩いていたフレヤは、


心の中で安堵のため息をついた。


もう動きたくないくらいに疲れていた。


てきぱきと野宿の準備をすすめる異形の者たちに


手伝いをしようと声をかけようとした。


しかし、あんた邪魔、とカルトに隅に追いやられ


ぐったりと地面に座り込むという情けないありさまだった。



「姫、あまり無理はなさらぬよう」



カインが心配そうにフレヤの顔をのぞき込む。


昔と同じ呼び方に、わずかななつかしさが胸に灯った。


その思い出は、今ではあまりにも遠い日々だった。



「平気よ。


 それに私はもう姫じゃないからその呼び方はやめて」


「明日からは、私がお運びいたしましょうか、姫」



カインはその言葉が聞こえなかったかのように、呼び名を変えなかった。


フレヤはむっとしてわずかに眉をひそめた。



「カイン、私はもう」


「あなたさまがたとえ王都を追われる身となったとしても、


 私にとって姫であることには、変わりありません」


「いいえ。


 もう姫と呼ばれる身分でいていいほど、愚かではないつもりよ」


「あなたさまは……」



カインがわずかに瞳を陰らせた。


その手がぎゅっと握りしめられる。


幼いころからフレヤだけを守ってきた手だ。


その手がフレヤに触れたことは一度だってない。


騎士としての一線を越えることは決してない、まじめな人だ。



「あなたさまは、変わられてしまった」



ひそやかな声だった。


ゆっくりと瞬きをする。


変わった?



「そんなことない。


 何一つ変わっていないわ」


「いいえ。


 今のあなたさまは、もう昔の姫とは違う」


「もし私が変わってしまったと感じるなら、


 それはいいことかもしれない。


 私は無知で愚かだった。


 今は少しだけましになったと思うわ」



民のことを知ったふりをして、何一つ救えていなかった。


国の一部だけを見て、全てを見ようとはしなかった。


王族の無知は罪なのだ。



「そういえば、何故隣国に行くのか話していなかったわね」


「危険をおかしてまでなさりたいことがあるのですか?」


「ヘレナを、さらう」



その言葉は、今まで誰にも言っていなかったことだったので


驚いたシウがこちらを振り返った。


異形の者たちも作業の手を止めてこちらを見る。



「汝、己の妹とはいえ、一国の王妃をさらうのが


 どれだけのことかわかっているのか」


「わかっているわ」



フレヤは深く頷いてみせた。


シウが真紅の瞳を細めてこちらを見つめる。


何かを見定めているような目。



「約束を反故にする気か。


 汝は、己の妹の安否確認だけをしに行くのではなかったか」


「ここに来るまでの道でずっと考えていたの。


 ……でも、やっぱりステファン様のもとには置いておけない」



強くこぶしを握り締めた。


冷たいアイスブルーの瞳を思い出しても、


もう心が躍るようなことはなくなってしまった。


心に灯るのは、憎悪なのか、悲哀なのかわからない。



「だから協力してほしい」


「我が、否と言うとは露とも考えていなさそうな顔だな」


「あなたのこと、信用しているから」



そう言うと、シウはわずかに虚を突かれたような顔見せた。


そしてすぐにその表情を見せたのを恥じるかのように、


片手で口元を覆ってしまった。


シウは、その整いすぎた容姿のせいで冷酷な印象を受けるが


こうして一緒に過ごしていると、ずいぶんと人間臭い表情も


するのかと驚いてしまう。



「……我を愚弄するか」


「信用しているという言葉のどこが愚弄することになるの」



シウがこちらを睨みつけてくるが、まったく怖くなかった。


反論の言葉はない。


交渉成立だった。


王妃を、妹をさらいに行くのだ。
















夜のとばりがおちた。


あたりは闇に包まれ、フレヤの目では何も見ない。


だが、夜目のきくチノとカルトがてきぱきと食事の配膳をしていた。


驚いたのは、シウの食事だった。


吸血鬼の一族だと聞いていたから、


どこかから人間を攫ってきて生き血をすするのかと


はらはらしていたが、ごく普通に、炙ったウサギの肉を口にしていた。


どうやら、毎度の食事が血、と言うわけではないらしい。



「王妃を攫うと言ったな。


 良き策でもあるというのか」



視線に気づいたのか、シウがそう問いかけてきた。


フレヤは食事の手を止めて、シウを見つめた。



「ステファン様の城は、何度も訪れているから


 簡単な構造くらいはわかるわ」


「王妃の部屋もか?」


「……ヘレナの部屋はおそらく、城の最上階。


 ステファン王の自室の隣よ」



話を聞いていた異形の兵たちがわずかにざわつく。


これ以上ないほどにリスクの高いことに手を出そうとしていることを


悟ったのだろう。


もとより危険は承知している。



「どう攫うつもりだ。


 あの王のことだ。


 厳重な警備で城を囲っているのは間違いない」


「そうね。


 だから、窓から突入する」



さらりと放たれた言葉に、カインが驚いて目を見開いたのが見えた。


それもそうだろう。


空を飛んで攫うだなんて、普通なら正気を疑うような作戦だ。



「だから、またあなたの軍に頼ることになる」


「それは別に構わぬ。


 だが、王妃が拒んだ場合はどうする」


「……どういうこと?」



言われていることがわからなくて眉を顰める。


シウは淡々と言葉をつづけた。



「王妃が、ともには行かぬと救いの手を拒んだら


 どうするのかと聞いている」


「……」



それは、心の中で消しきれなかった可能性の一つだった。


ヘレナはステファンを慕っていた。


少なくとも、姉を裏切ってまで手に入れるほど


愛しているのだろう。


利用されているとも知らずに。


ステファンがヘレナを利用していると感じたのは


あの本当の性格を見てからだった。


ヘレナは、絶対に気付けない。



「……それでも、奪うの」



しばらくの間その場が沈黙に満ちた。


やがて、シウはため息をついた。



「まぁよい。


 今回のことは全て汝の言い出したことゆえ、


 汝にすべて任せる。


 我は手は貸すが、作戦などには口を出さぬ」



つややかな黒髪がシウの額にはらりとかかり、瞳を見えなくした。


煩わし気にそれをかき上げる姿は、まるで


作戦のことに興味がないようにも見えた。


フレヤは唇をかみしめた。


シウは言葉通り本当に異形の者にしか心を開かない。


たとえ、異形の者の親族がどうなろうと


異形の力がなければまるで興味を示さない。


自分の言い方が悪かったのだろうかと考え込むが、


シウは立ち上がってしまった。



「明日、また作戦とやらは聞こう。


 今宵は早めに寝る」



そう言うと、彼はさっさと歩きだしてしまった。















「あなたは……何をやっていたのですか……!!」



暗がりの中、珍しいほどに感情をあらわにした


メノウの声が響き渡った。


いつもは人形のように表情を変えない彼女が、


まなざしもきつく、瞳を細めていた。


その視線の先にいるのはステファン王だった。



「逃がすも何も、あれほどの大軍に一度の攻め込まれては


 あなたのために戦力を割いている城の警備では太刀打ちできなかった」


「白々しいことを。


 あなたほどの人がそう簡単に獲物を逃がすわけなどないのに」



そう言うと、形の良い唇をかみしめて


メノウは夜のとばりのおちた窓の外を見つめた。


次にどう動くかの策を脳裏で巡らせているようだった。



「そうね……関所を完全に封鎖しましょう。


 私がまずあの娘の立場に立ったなら、


 まずはこの国を出ようとするわ。


 協力者がいるのですもの。


 そんなに難しいことではないわ」


「それは許可できない」



なんでもないことのようにさらりとステファンが言った。


メノウは信じられない言葉を聞いたかのように眉をひそめた。



「なぜです?


 関所さえ封鎖すれば……」


「それは不要だし許可できないと言っている。


 フレヤ様がどこに向かわれるのかくらい、見当がつく」


「それは?」


「我が国だ」



ステファンは当たり前のことの様に言った。


メノウはまだ怪訝そうな表情を崩さない。


この男の自信はどこからきているのか。



「どうしてそれがわかるのですか?」


「伊達に何年も婚約者だったわけではない。


 フレヤ様の行動パターンくらいは読める。


 彼女は優しいから、我が妻を救い出しにでも行くのだろう」


「王妃のことですか?


 ……ああ。


 彼女が、貴方の妻でなければ、あの娘と同じ目に遭わせたものを」


「別にしてくれてもかまわないよ」



あまりにも淡々とした口調だったので、


メノウは一瞬、何を言われたのかがわからなかった。


ステファンはひどく落ち着いていた。


その瞳は不気味なほど凪いでいる。


メノウは理解できないという風に、語気を強めた。



「あなたの妻でしょう?」


「彼女に愛などない。


 利用価値があったから利用しただけにすぎない」



不意に窓の外を見ていたステファンがメノウに向き直った。


突然のことに反応が遅れる。


その不気味なほど凪いだアイスブルーの目がメノウをとらえた。



「あなたもだ、メノウ」


「王、何を……?」


「あなたは、もう用済みだと言っているのだ」



ステファンはふわりと笑みを浮かべた。


ぞくり、とメノウの背筋に悪寒が走った。


喰われる。


獣としての本能がそう告げた。


アルハフ族特有の俊敏な動きで、メノウは素早く距離をとった。


ステファンは変わらず笑みを浮かべて立っている。


彼は指一本動かしていない。


だというのに、この威圧感はなんだ。



「メノウ。


 もう十分に踊ってくれた。


 あとは、穏やかに休むといい」



背後から殺気を感じ、はっとして飛びのくと、


見たことのない黒装束の男たちが


一斉にこちらにとびかかってきたところだった。


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