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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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忠狂の騎士

不意に、アルハフ族の者たちが、体をこわばらせた。


あたりに緊張が走る。



「……誰か来る」



チノが油断なく、一つの方角を見つめていた。


聞こえるのは、馬のひづめの音だ。


この感じだと、かなりの速さで駆けている。


王宮の兵の可能性が高い。


戦えるものは、さっと腰の剣を抜き放ち、構える。


アルハフ族の女性たちは、自分の子供を引き連れて、


木の陰に隠れて息をひそめた。


フレヤもいつでも歌えるように大きく息を吸い込んだ。



「フレヤ様!!


 どこにおられますかー!?」



しかし、その声をきいて、フレヤははっと目を見開いた。


この声は。



「カイン!?


 カインなの!?」



思わずチノの腕から抜け出して、駆けだしてしまう。


馬に乗る人物が見えた。


やはり間違いない。


さらに大きく一歩踏み出す。


しかし、気持ちがはやるあまり、足がもつれて転びそうになる。



「きゃっ」


「フレヤ……!!」


「フレヤ様……!!」



身体が傾く。


チノが焦った顔でこちらに駆け寄ってくるのが視界の端で見えた。


衝撃を覚悟してぎゅっと目を閉じた。


だが、思っていたよりも衝撃が強くない。


なにか硬いものに抱き留められたような。



「お怪我はございませんか?」



柔らかい声が気づかいの響きを帯びて耳に届く。


硬い感触の騎士服。


なつかしさが胸にこみあげる。



「ありがとう、カイン。


 大丈夫よ」


「はい、フレヤ様」



柔らかく細められたグレーの瞳をこんなに近くで見るのは


いつぶりだろうか。


はっとして周りを見渡すと、


みんなは一様に硬い表情を保っていた。



「フレヤ、その男から離れろ」



チノでさえ、ひどく硬い声で慎重に呼びかけてくる。


フレヤから動く前に、チノが抱き上げてこようとしたが


むっとした表情でカインがフレヤを硬く抱き寄せた。



「おれは、フレヤ様の敵ではない」


「そういう問題ではない。


 おまえは、メノウに操られているかのせいがある」



チノがひどく低い声でそう言った。


はっとする。


たしかにそうだ。


カインが操られていないという保証がどこにある。


カインを突飛ばすようにして、その身から離れると


彼の顔を両手で包み込んで引き寄せた。



「ふ、フレヤ様っ」


「静かに、私の目を見て」



グレーの瞳は落ち着きなくあたりをさまよっているが


妙な淀みなどはなく、澄んでいた。


意識もはっきりしている。


操られているわけではなさそうだ。


しかし、カインの整った唇が意味もなく震え


包み込んでいる頬が熱を帯び赤くなっていくのが気になる。


薄い唇を親指でさすると、カインが息をのむ気配がした。



「大丈夫。


 彼は、私付きの騎士だった人よ。


 信頼できるわ。


 操られている痕跡もない」



フレヤの言葉にその場の空気がわずかに緩んだ。


しかし、なぜかチノの荒々しい気配は消えない。


今度は、無言でひったくるようにフレヤの体を抱き上げた。


一瞬で、カインのまなざしが険しいものに代わる。


彼も即座に立ち上がった。


はっとして見ると、カインの隣には馬がいた。


フレヤが転ぶ瞬間に馬を下りたのか。


相変わらず、恐ろしいまでの身体能力だった。



「っ、おまえは……」



憎々しげな声だった。


カインはチノが来るまでは、フレヤ専属の騎士だった。


幼いころから、ずっと守ってくれていた。


それをチノを王から守るためとはいえ、地位を奪われた存在なのだから


憎い存在となってしまうのは仕方のないことかもしれない。



「なぜ、追ってきたのカイン。


 危険なのはわかっているはずよ」


「フレヤ様。


 私の主はフレヤ様ただおひとり。


 たとえ、あなたが私という剣を握ることがなくとも、


 あなたの剣であることは未来永劫変わりません」



さっと騎士の礼の形をとり、地面に片膝をついて


カインはこちらを見上げてくる。


端正な顔に乱れた前髪がはらりとかかる。


真剣なまなざし。


嘘偽りのない言葉なのだと悟る。



「私は、国を捨てようとしているのよ」


「私は国ではなく、貴女様ご自身にお仕えしております。


 今までご同行できなかったわたくしめをお許しください。


 今度こそ地の果てまでもお供いたします」

「だめよ。


 連れて行かない」



フレヤはきっぱりと言った。


カインの瞳に傷ついた色が走る。


それを見て良心が痛んだが、厳しい表情は保った。


フレヤは、チノの腕を軽くたたいて、おろしてもらった。


こうでもしないとカインはついてくる。


チノを護衛役にし、彼は解任するのだって


剣術で負けるその瞬間まで頑として認めようとしなかった。



「その命令だけは聞けません」


「カイン」


「あなたさまが、崖からご乱心なさり転落なさったとの噂を聞いた時


 あれほど己を呪ったことはございませんでした。


 もうあの時のような思いをしたくありません」



言うなり、カインは腰の剣を抜き放った。


くるりと刃のほうを自分に向け、柄をフレヤに差し出してくる。



「どうしても捨てるというのであれば、


 わが身をこの剣でお切捨てください」


「カイン!!」



手がわなわなと震えた。


彼の目は澄み切っていて、どれだけ本気で言っているのか


痛いくらいに伝わってきた。



「あなたさまに殺されるのであれば、本望」


「おまえ、主を人殺しにする気か」



チノが押し殺した声でつぶやく。


まだ頭が混乱していて、今の状況についていけない。


今何が起こっている。



「貴様は黙っていろ」



痛々しいまなざしとはうってかわって、


チノを睨みつける目はギラギラしていた。


手にじわりと汗がにじんだ。


カインは何か変わってしまった。


それは、自分がおこしてしまった変化なのだろうか。



「カイン」


「はい、フレヤ様」



グレーの目がこちらを見つめた。


水晶の様に澄み切った瞳だった。



「私は国王殺しの罪を追った女よ」


「はい」


「国を敵に回して追われているわ。


 危険な旅になる」


「はい」


「そして、貧困にあえぐこの国を捨てるつもりよ」


「はい」


「それでも私とともに来るというの」


「はい、フレヤ様」



フレヤは瞬きもしないで、じっとカインの目を見つめ続けた。


数秒の沈黙ののち、フレヤは息を吐いた。



「私が今から行くのは隣国です」



カインの目が輝いた。


フレヤが折れたのを悟ったのだろう。


カインはすっと剣を引くと鞘に納めた。


おい、とシウが咎めるように声を上げたが、仕方がない。


フレヤにはカインを殺せない。


しかし、カインの表情はすぐに曇った。



「隣国と言いますと」


「ステファン王の懐よ」



カインはしばらく何も言わなかった。


何かを思案するように考えこんでいる。



「フレヤ様。


 そのあとは、この者たちについていくおつもりですか」


「……ええ」


「かしこまりました。


 我が力を剣として盾として、存分にお使いください」



白髪に近いプラチナブロンドの頭を低く低く垂れる


カインの姿は、姫に忠誠を誓う騎士そのものだった。


まだ、アルハフ族の者や、シウの配下の者たちは


様子をうかがうように、遠巻きにカインを見ている。



「ではさっそくだけど、ここを発つわ」


「かしこまりました」



そっそうと髪をひるがえらせて歩くと、


カインがそのうしろをついてくる。


違和感を覚えた。


ここ数か月、後ろをついてきてくれるのはチノだったから。


なつかしさよりも違和感を覚えている自分がいることに


気づきたくなどなかった。



「アルハフ族のみんなとはここでお別れね」


「あ、おれはついていくけどね」



場違いなほど軽い口調でカルトが言った。


驚いて足を止めると、まるで体重を感じさせない


軽い足取りでカルトがこちらに近づいてくる。



「チョルノ、お前は来るな」


「ふざけるな、おれは」


「……ふざけてんのはどっちだよ」



すさまじい勢いで、カルトがチノの胸倉を掴んだ。


フレヤとチノにしか聞き取れないような小さな声でつぶやく。



「おまえ、自分の気持ちだけで動いていい立場じゃないだろ」


「知っている」


「一族はどうする気だよ」


「おれがいなくとも」


「そういう問題じゃない」



二人の会話は平行線上に続いていてどこまでも交わろうとしなかった。


だけど、二人とも、決して自分の意見を曲げようとしない。


カルトは、チノには族長をしてほしいからフレヤについていきたい。


チノは、こちらに義理のようなものを感じているから


ついてきて来ようとしているのだろうか。



「もういい、煩わしいな。


 来るのならまとめて来い。


 一刻も早くここを抜け出したい」



不機嫌なシウの一言で、あたりが静まり返る。


アルハフ族の者たちがひそひそと話している。


フレヤは目を伏せた。


フレヤのせいで、城に捕らえらるような目に遭ったのだ。


陰口をたたきたくなるのも無理はない。


しかし、やがてアルハフ族の呪術師トンガが前に進み出てきた。



「行きな、チョルノ。


 私らのことは私らが何とかするよ。


 我ら一族を二度も救った恩人だ。


 恩は返さなければケダモノにも劣る」


「ババ様!!」



カルトが顔色を変えたが、トンガの表情は変わらなかった。


まるで最初からすべてを知っていたかのように。



「あんたもわかってんだろ、カルト」


「……」



何のことだろう。


フレヤにはわからなかったが、どうやらアルハフ族は


族長であるチョルノをフレヤとともに一時的に送り出すことに


同意したようだった。


それは、チノの存在が半分、フレヤへの恩返しが半分といったところか。


ルザは肩を震わせて、ミクリの肩をぎゅっと抱きしめているようだった。


彼女は、いったい自分のせいでどれだけ傷ついただろうか。


胸がズシリと重くなった。

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