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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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24/88

愕然

(こんなつもりでは、なかったのに……)



隣を歩く沈鬱な表情の妹を見て、フレヤはわずかに唇をかんだ。


傷つけるつもりはなかった。


ただ、我慢ができなかった。


妹に申し訳ない思われと、憐れまれて、


傷をえぐる言葉の数々に、耐えられなかったのだ。


謝罪の言葉もとってつけたような感じがするので口には出せなかった。



「フレヤ」



聞きなれた声にはっと顔を上げる。


廊下の壁にもたれて、腕を組むチノがこちらを見ていた。


なぜかその姿に張り詰めていた心がふっとほぐれるのを感じた。


彼の姿にひどく安堵している自分がいる。



「チノ」



対するヘレナは、眉をかすかにひそめてチノを見ていた。


続いてフレヤのほうを見やる。



「お姉さま、こちらは……?」


「チノよ。


 私の護衛をしてもらっているの」


「彼は、以前、見かけなかった気がしますが……」


「数か月前に私の護衛となったのよ」



初めてヘレナと会った時に比べて、


ひどく身ぎれいだから気づかなかったのだろう。


不思議そうにチノのことをヘレナは見つめている。



「話は終わったのか」


「ええ」



ヘレナが目を見開いた。


王族に対する口の利き方がなっていないのに驚きを隠せないのだろう。


チノは別に臣下でも何でもないので、そこはフレヤは気にしていない。



「ああ、ここにいたのか二人とも」



どきりと心臓が脈打った。


柔らかな声とともに、ステファンが廊下の向こうから姿を現した。


平静を装って、ステファンに向き直る。



「話はすんだのだろうか」


「ええ、妹との久しぶりの時間、ありがとうございます」



軽く一礼するとステファンは静かにほほ笑んだ。


フレヤは目を細める。



「フレヤ様、私もあなたに少しお話があるのだが、いいだろうか」



チノが目を細めて動こうとした。


それを視線でけん制する。


動くな、何も言うな、と。


チノはもの言いたげにこちらを見つめていたが、


ふっと視線をそらした。


どうやらフレヤの意思を尊重してくれるらしい。



「できれば、私も人払いをして、話をさせてほしい」



ステファンの言葉に、フレヤはぐっと手を握りしめた。


人払いをして、ヘレナも付けないということは


ヘレナにも聞かせられない話だというのか。


また、懺悔か。


また、憐れみのまなざしを向けられるのか。


そう思うと、体がこわばってしまう。


必死にカラカラに乾燥した唇を動かした。



「私は、かまいません」



心とは逆の言葉がこぼれ出た。
















ヘレナはついてこなかった。


元婚約者が自分の夫と二人きりになるなんて、


妻としては複雑な心境であろうに、何も言わなかった。


そう思いながら、人払いをした部屋までステファンを案内する。



「貴女の護衛も、外においてはくれないか」



足を止めたステファンが不意にやんわりと言った。


影のように付き従うチノにその視線は向けられている。


チノはちらりとフレヤを見た。


フレヤは彼に小さくうなづいて見せる。



「わかりました」



そう答えると、フレヤは真鍮の扉の取っ手を握った。

























「ずいぶんと信用なさっているようだ」



少しだけからかうような調子のステファンの言葉に目を細める。


信用。


私はチノを信用しているのだろうか。


自分でも彼に対する感情がよくわからない。


これは信頼の感情なのだろうか。



「そうでしょうか」


「ああ。


 昔はそのような表情は私には見せてくださらなかった」



苦笑するステファンにズキリと胸が痛んだ。


貴方だからみせなかったのだと言えたらどんなにいいだろう。


笑顔を直視できず、フレヤはそっと視線をそらした。



「それで、話とはなんでしょうか?」



声がわずかに低くなった。


それに気付かない様子で、ステファンは言葉をつづけた。



「話というのは、革命軍、についてだ」



体がこわばるのが分かった。


今、最も聞きたくない名前だった。


ぎゅっと手を握りしめる。



「革命軍が……何か?」


「近頃、ずいぶんと動きが目立たないらしい。


 なにか変わったことなどないだろうか?」



変わったことならある。


変わりすぎてしまったほどだ。


ステファンに夢見るように恋していた日々があまりにも遠かった。


もうすぐ、殺人を犯そうとしているのだから。


実の父をこの声を使って、死においやろうとしているのだから。



「……特には、ございませんが」


「そう、か」



声はかすれなかっただろうか。


いつも通りふるまえているだろうか。


フレヤは唇をかんだ。


そうでないと、唇が震えているのを悟られてしまう。



「私は、心配だ。


 貴女は肝心なことをいつも話さない」



フレヤは目を見開いた。


まるでフレヤのことを深く知っているかの口調。


フレヤは彼のことを何も知らないというのに。


ただ、恋に恋をしているようなありさまだったのに。


……恋に、恋を?



「どうか、少しでも困ったことがあったら私を頼ってほしい」



うそだ。


そう思いたい。


だけど、嘘だと思い込もうとすればするほど浮き彫りになる。


そう。


ステファンに恋をしているのではなかったと。


ただ、はじめての淡い思いに有頂天になっていただけだったのだと。


愕然とするフレヤに、何を思ったのかステファンがかすかに笑った。



「フレヤ様」



柔らかな声にはっと我に返る。


口の中がカラカラだ。


手先が冷える感覚がする。



「私はこれで」



綺麗に一礼するステファンを呆然と見る。


去っていく背中を呼び止めることすらできなかった。


彼のことは好きだ。


好きだった。


この気持ちは執着心からくるもの……?


私のものだった人が突然いなくなったから、


恋しくて、追い求めているだけ……?



「おい」



突如かけられた声にびくっと肩がはねた。


あわてて振り返るとチノがそこに立っていた。


いつから立っていたのか。


気配にまったく気づけなかった。



「ち、の」



声がかすれる。


胸がぎゅっとなった。


チノはその緑の瞳に、かすかに心配そうな色をのぞかせていた。


何を言われた。


まなざしでそう告げられた。



「……革命軍のことよ」


「……」



自分の個人的な感情は、無理やり心の隅に押し込んだ。


フレヤは少し考えた後、チノのほうへ少し歩み寄った。


手を伸ばしその手に触れる。


握りしめた彼の指はあたたかくて、乾燥したさらさらした感触だった。


彼がどこへもいかないようにぎゅっと握りしめる。



「メノウと面識があるの?」


「……」



チノは黙ったままだった。


その目からは一切の感情の色が消えた。


読み取れない。


彼が何を考えているのか。



「同じ志をともにするものって、メノウは言っていたけど本当なの?


 チノは、メノウの味方だったの?」



ゆっくりとまたたく緑の瞳。


それがメノウの緑の瞳が重なった。


まさか。


いや、そんなはずは。



「……メノウは、あなたの、同族?」



この国の民は青い瞳を持つ。


海の一族だからだ。


海の民である王族が国を統治している。


緑の瞳は、この国の民以外の者が持つ。


例えば、チノの一族、放浪の民アルハフ族だ。


フレヤは、アルハフ族以外の緑の瞳を見たことがない。


チノは、黙ったままだった。







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