02◇鍛冶砥ぎのサービス、いかがですか?
「よう、帰ったぜ。飯だ飯! 早く用意しろよ!」
「ズースウィード、相変わらずガサツな人です。ディナーの時間なのですから、もう少し静かにしてください」
「何言ってるんだザドレイド。ガラガラじゃねえか、客っつーたって、メセナローズ達しか居ねえだろ。というか、三人ともここでアルバイト中だからカウント外だぜ」
そう。この二人こそメセナローズのお仲間。若き剣士、ズースウィードとザドレイドだ。二人とも長身痩躯、甘いマスクに堂々とした立ち居振る舞い。当然、行く先々でおねーちゃん達にキャーキャー騒がれているイケスカない奴らだ。
まあもっとも、ガキンチョ並みに単純でおバカなズースウィードと、上っ面はニヒルでクールだけど内面はむっつり暗いザドレイド。二人ともすぐに飽きられて、おねーちゃん達の方からバイバイされちゃうのは火を見るより明らか。その姿を見る度に、俺は心の中でガッツポーズをしながら溜飲を下げていたのは秘密だ。
さて。ウェイトレス姿を見られた俺。もちろん、女装趣味なんて無い。
(しまった――遅かったか)
そう心の中で舌打ちをした俺を見るズースウィード。こけた頬と横一文字に結ばれた凛々しい唇で楽しそうな表情を作ると、これまた楽しそうな声色で俺に声をかける。
「おう、アルスレイナ。相変わらず似合ってんじゃねぇか!」
「放っといてくれ……」
「いや、マジだって。最初ナ・クラレイドに立ち寄った時に、アルスレイナの店で見た時から思ってたけどよ? その美少女っぷり、どうにかならねぇか」
「念のため言っておくが、変な妄想はしないでくれ」
「いえいえ。町の男達が噂しているのをご存知ないですか? まるで天使が舞い降りたみたいだって。うかうかしていると、そのうち掘られますよ。気を付けてください」
「止めろザドレイドまで! というかお前さん達の方こそ、おホモ逹じゃないかと俺は疑ってるんだが大丈夫か、そこんとこ?」
「ふざけろよ。まあいい、ホント腹が減って倒れそうだ。とびっきり旨いのを頼むぜ!」
そう言うと二人は六人掛けのテーブル席を占拠する。装備した武具を外し、無造作に脱いだ戦闘服を空いた椅子に掛けた二人は、上はタンクトップのシャツ一枚という姿。露わになる鍛え抜かれた肉体。そいつを誰もいない店内に見せつけると、ズースウィードは腰に着けていた武具を俺の方へと放り投げる。
「ちいと斬れなくなってきた。頼むぜ、アルスレイナ」
放物線を描いて飛んでくるそいつを片手で受け取った俺は、クルリと椅子を回しズースウィードに向き直ると、お約束の言葉をかける。
「で、今日の成果は?」
「這闇が70体ほど、魔獣は40位だ」
「ほう、大した成果じゃないか。ザドレイドは?」
「這闇が73体です。魔獣は……29匹程ですが……」
ザドレイドの奴、そう言いながらチラリとズースウィードを見やる。ライバルをかなり意識しているようである。かなり細かいヤツだ。一方のズースウィードはえらく大ざっぱ。おホモ逹同士とはいえ、性格はかなり異なる。
ちなみに、這闇というのは一種の妖魔で人を喰らう悪鬼だ。魔獣も人に害為す凶暴な獣。どちらも闇より生まれた存在で、それを倒せるのは退魔戦闘術をマスターした、ほんの一握りの剣士しかいないという厄介な存在だ。
そしてこの二人は退魔戦闘術、干渉共鳴術式と呼んでいる精霊術を駆使することができる、数少ない剣士の一員だった。
「じゃあ、ちょっと拝見」
俺はそう言うと、今しがた受け取ったズースウィードの武器を両手に持つ。それは、俺たちが『カタナ』と呼んでいる武器。鋼を鍛錬して造られた、反りを持った刀身に鋭い刃を持つ片刃の剣。退魔戦闘において最強の武器と位置付けられながら、その製作には複雑で緻密な作業を必要とし、それ故にこれを鍛えることができる鍛冶屋はほんの一握り。世の中に出回る数が限られるため、冒険者達にとって垂涎の的なっている代物だ。
鮫皮にベニバナで染め上げられた革紐が巻かれた柄を右手に、漆塗りの朴に黄蘗の組糸が巻かれた鞘を左手に持つ。質素この上ない――しかし魚子地が念入りに入れられた――赤銅製の鍔に左手の親指をかけ、鯉口を切る。
青々と澄んだ鋼が顔をのぞかせ、それは灯されたランプの光を鈍く反射する。俺は棟を滑らせ一気に刀身を抜き放つ。
良く詰んだ刀身の焼肌、燈火をうけキラキラと輝く沸と、まるで視線を引き込むかのように霞む匂、そして白く燦々と光る焼刃。その全てが露わになる。それは、さっきまでの和やかなこの場を一瞬にして凛とした空気に変えた。そして俺はその抜き身の刀身を改め、唾を飛ばさないように口の中で言葉を紡ぎ出す。
「ああ。曲がりや歪みもないし、これと言って大きな欠けもない。いつも通り、中砥から砥ぎ直すだけで大丈夫だね。ま、一日もあれば仕上がるよ。じゃあ、ちょっと預かる」
そりゃそうだ。なにしろコイツは『カタナ』の中でも最高峰の一振り、ナ・ゴローニュの名物だ。いくらカタナと言えど、そんじょそこらのカタナじゃ、闇が実体化してまるで金属の様な物質で組成された這闇や、硬い甲殻や骨を持つ魔獣を100体以上相手にした日にはボロボロになっているだろう。それどころか、その十分の一でも怪しいくらいだ。
しかしこれは違う。こんな風に刃先が丸くなって切れ味が落ちるくらいで済むのは、強靭さと刃持ちの良さ、そしてしなやかさを持つ最強のカタナだからだ。
そう、武器に全く興味の無いそこらへんのオバチャンや子供達まで知っている程の名刀ということになれば、世界広しと言えどこのナ・ゴローニュ以外には無いだろう。
そして、このカタナを打ったのはこの俺、アルスレイナと隣に座るチトセの二人だ。
「じゃ、仕上がるまでコイツを使ってくれ」
俺はそう言うと、預かったカタナを再び鞘に収めカウンターの上に置き、傍らに置いていた別のカタナを、今度はズースウィードに放り投げる。
「助かるぜ」
ヤツはさっき運ばれてきたカルパッチョを口に放り込みながら、宙を飛んできたそれを片手で掴む。その器用さに感心しながら、念のためにちょいと言葉を添える。
「そいつには水の精霊術をかけているから。火の精霊術じゃないぞ、間違えるなよ?」
「当たり前だ。このズースウィード様がそんなヘマするかよ」
「それと知ってると思うが、そいつの拵えにはちょっとした仕掛けがしてあるから。ま、お前さんには必要無いと思うから仕掛けを外して置いてくれ」
「ああ、分かっているぜ」
(本当に分かっているんだか……)
訝しげな視線を送りつつも、必死に夕飯を腹に収め続けているズースウィードの邪魔をしちゃ悪いかと思い、俺は口を噤む。
たった今ズースウィードに渡したカタナなのだが、いつもはスペアとして俺が持ち歩いているものだ。もちろんこれもナ・ゴローニュの業物、アルスレイナ造之の大太刀という訳。実はこのカタナを巡って、俺の店でズースウィードと一悶着あったという曰く付きのブツなんだけど、今じゃヤツともこんな風なやり取りをする関係になっている。
ちなみにズースウィード達とは違い俺とチトセは補助要員。野戦行軍中に食事を作ったり、こんな風に武器のメンテナンスをするのが役割。とは言え、彼らと行動を共にする限りは化物に襲われるリスクが常に付きまとう。そのため護身用の武器として帯刀していた。
俺用のカタナは別にあるのだけど、どうせならと言うことで、さっきのカタナを含めて二本凪いでいる。半分は恰好付け、残り半分はすぐにズースウィードに渡せるようにという配慮だ。別に俺自身が二刀流使いという訳じゃない――ま、やれと言われれば二刀流も使うけどね。
ただ、いざ二刀流をやれと言われた場合に、とんでもない難題が立ちはだかる。と言うかそれ以前の問題もある。実はこのカタナ、馬鹿デカイのだ。一般的なカタナより二割以上は長いだろうか。これは、これくらいリーチが長い方が退魔戦闘で有利という理由から。しかしこれら退魔戦闘用のカタナ――大太刀を鞘から抜くのは、それだけで一苦労だったりする。
なにしろ、見ての通り女の子と言っても通じるくらい俺は小柄だから。しかも、もう一本のカタナはコイツより更に一割ほど長い。俺の腕より全然長いこのカタナ達を抜くためには一工夫、二工夫が必要なんだ。
まず、拵えは“太刀拵え”風にして、刃を下に腰にぶら下げている。刃を上にして腰のベルトに差す一般的な帯刀方法じゃ、俺の腕のリーチじゃ鞘から抜けない。長身のズースウィードは同じカタナでも腰に差したまま平気で抜きやがるが――ちょっとジェラシーだ。
そしてカタナを抜く時は、鞘を思いっきり後ろに引く。場合によっては、腰のベルトから金具を外して鞘を放り出しちゃう。
ところが――二刀流の場合、一本目を右手に持った状態じゃ、左手で二本目を抜けない。右手が塞がっていて鯉口を切れないんだ。
そこでさっきズースウィードと交わした話に戻る。あっちのカタナの拵えにはバネとラチェットを組み合わせた仕掛けが施されている。思いっきり柄を引っ張った後押し込むと仕掛けのラチェットが外れて、バネの力で鯉口が切れるようになっているんだ。更に鞘が大きく後退して抜刀をサポートするパラレルリンク機構も付けていた。
どれも、ズースウィードの使い方にとっては無用の長物なので、その機構を外しておいてくれと言うアドバイスをした次第。
「ところで、ザドレイドの方はいいのかい? 良ければ一緒にやっておくよ」
「私のカタナはいいです。まだ切れ味は落ちていませんから」
「あ、そう」
そうなのだ。ザドレイドもズースウィードと同じく“カタナ”を差している。もっとも、こっちは俺が作刀したもんじゃない。それにザドレイドのは長さも一般的なカタナだ。
実のところ、俺はザドレイドのカタナを砥いだことは一回もない。その理由だが、一つにザドレイドの主兵装は弓矢ということがある。カタナは近接戦闘に持ち込まれた場合のサブウェポンとして使っていた。それだけカタナの方は使用頻度が低いので、研ぎ直しもそれほど必要としないみたいなんだ。
ただ――どうもそれだけじゃないらしい。ヤツのカタナ、恐ろしく長切れすることに俺は気付いていた。しかも切れ味抜群。ナ・ゴローニュ並、いや下手をすればそれ以上の性能を持ってやがる。それについては心当たりがない訳ではないのだが――後でザドレイドに聞いてみよう。もし俺が考えている通りだとしたら、あれはトンデモナイ代物だ。




