01◇良く考えてみたら厳密には美少女なんて一人もいなかった
「やってらんねぇ、酒だ酒! 酒を持ってこい――ッ!」
このクソ恥ずかしい恰好のままそう叫んだのはこの俺、アルスレイナ・ラナクラプトだ。そうは言っても俺は決して酒乱じゃない。むしろ酒はかなり弱い方だと自覚している。酒の肴を適当につまみながらチマチマと2、3合やるのが関の山。
繰り返し言わせてもらう。ここにいるのは、その素行の良さが自他共に認められている、極めて品行方正な鍛冶屋アルスレイナだ。
「お、やっぱキクノツカサは冷やでも旨いね。このふくよかで飾らない感じがイケる。肉料理にはもってこいだ」
カウンターに突っ伏したままヤサグレていた俺だったが、出された地酒と角煮を突っついているうちに少しずつ気を持ち直す。ここマイグーザの辺りは酒処としても有名なだけあって、俺好みの酒には事欠かない。
「アルスレイナーっ。あの人達、帰っちゃったよ? いいのかなぁ?」
「構わん、構わん。そもそも、この企画に無理があったんだ」
心配そうな顔で俺の隣に腰かけたウェイトレス姿の相棒に、おれは頬杖をついたまま答える。
「にわか仕立てのウェイトレスで釣ろうなんて安直過ぎるって。そもそもだよ、美少女ウェイトレス三人って、この三人の中に美少女なんて一人でもいるか?」
「そうなのー?」
そう言いながら俺の皿の上にある角煮をヒョイと突っつき、口の中に放り込む金髪の美少女。その形のいい唇が「あ、おいしい」と言葉を紡ぐが、その姿に騙されちゃいけない。
「まず、レイラ――じゃなかった、メセナローズ。お前さんは美『少女』か? そうじゃないだろ、俺と同い年だろ、要するにアラサーだろ? その自覚はあるか? 無いんだろ? そもそも魔王だろ? 少女とか年増とかそういうの超越してるだろうが。そもそも何ださっきのあれ、超ドン引きだったぞ?」
「えー、ひどーい。けっこうウケたと思うんだけどなー」
「そもそも、俺は女ですらない。胸にこんな詰めものまでさせられて……責任者出て来い」
「でも、似合ってたよー。あの二人も一目惚れって感じだったし。ていうか、アルスレイナ昔から美人さんだもんねー。一緒に旅してた頃、若者からお爺ちゃんまで、アルスレイナを見た人達はみんな、陰でハァハァしていたの知ってるよー」
「俺のトラウマをえぐるのは止めてくれ。そもそも、お前さんの呪いだろ? 魔王、グヮズ=ナグナよ。とっとと呪いを解いて、15年間この姿にロックしたままなのを解除してくれ」
「えーっ、いやだよー。そもそも一度かけた術は解くことはできないし」
「じゃあ、なんでそんなことしたんだよ」
「わたしが魔王になっちゃったせいで歳を取らないのに、アルスレイナだけ老けていくなんていやだもーん」
「はぁぁ……」
頭が痛くなったきた。こんなやり取りを続けているうち、次第に俺だけが何かおかしいように感じてくる。気を取り直すためにコップに残った酒を飲み干す。
「そして残るもう一人。チトセはまあ、ギリギリ美“少女”にカウントしてもかもしれない。まあ、それも期限切れ間近だが。そもそも、これをウェイトレスに仕立て上げるってのには無理があるとは思わないか?」
俺はそう言いながらカウンターの隣の席に座る人物をあごでしゃくる。椅子にチョコンと座った彼女は、銀髪のおかっぱ頭を小さく揺らしながら一心不乱にハンバーグをパクついていた。
「どう見たって“少女”というより“幼女”だろ。もっとも、仕事ぶりは俺やレイラ――じゃない、メセナローズよりよっぽどマシだけどね」
とは言え、その姿を見ればハンバーグより小さな旗が立ったお子様ランチが良く似合うように感じるだろう。ちなみに“期限切れ間近”というのは、このどう見ても幼女のこの女の子が既に17歳という驚愕の事実を指している。俺は小さくため息をつくと再び頬杖をつき、空っぽになったコップに向かい呟く。
「メセナローズさえいれば、俺がこんな恰好しなくて済むのに……いや、駄目か。あいつならチョットしたことにブチ切れて、何もかも滅茶苦茶にし兼ねない。絶対に客商売をやらせちゃいけない人間だもんな……」
そんな俺の目の前に新しい料理が運ばれてくる。目を上げると、白髪交じりで彫りの深い男が、こちらを心配そうに見つめていた。
「……やはり、メディアの力で何とかしようというのは安易に過ぎましたかね。あ、どうも。責任者、出てきました」
そう語るのはここのマスター、猟師のレオさんだ。運ばれてきたのは鯛の照り焼き。隣に座るレイラ――じゃない、メセナローズの前にも同じ皿。彼女の目が輝き、その瞳の色を思わせる、艶やかな琥珀色にこんがりと燻された白身に箸を伸ばす。その姿を見たマスターは不思議そうな顔で俺に問いかける。
「ところで、この人がメセナローズさんでしょ? メセナローズさんがいれば……って、どういうことですか? それに時々レイラさんって呼んでいるようですが」
「あ、気にしないでくれ。本当のことを言うとコイツはレイラ。メセナローズとは別人だ。レオさん、良かったね。もしメセナローズがここに居ればあんた、下手すりゃ今頃、殺傷沙汰になっていてもおかしくなかったぜ。店の存続どころの話じゃなかったかもな……」
「はあ……殺傷沙汰ですか」
「ああ、この店ごとバラバラに破壊されていたかもしれない。それほどに恐ろしい、凶暴女だ」
「……おそろしいですな」
「ああ、恐ろしい……」
そうなのだ。まあ、ちょっと遅くなったが少し説明した方がいいか。俺の隣に座っているのはチトセ、そして反対側がレイラだ。まあ、細かい話を省くとチトセは俺の恩師の娘、レイラは大昔に俺と旅をしていた相棒だ。で、その俺達三人はちょっとした事情で魔王討伐のバンドに参加したって訳。
魔王討伐の方は、いろいろと事情があって有耶無耶になってしまったのだが、これまた別の事情があって俺たちは旅を続けている。ついこの間までは北の街ユ=ドノ、そして魔王の住まう“血の山脈”にいたんだけど、さらに北の方にあるこの街、マイグーザにしばらくの間、逗留することにしていた。
で、メセナローズというのは、その魔王討伐の旅を続けていた若者の一人。要するに元々パーティを組んでいた三人のうちの一人。そこに俺達三人が転がり込んできたってのが実情か。
ところが、そのメセナローズがちょっとしたトラブルで一時的に離脱してしまった。その理由というのが、これまた非常にややこしい話で、そのことを上手く説明する自信も無かったし、なにより面倒臭かった。そこで、メセナローズと入れ替わり入ってきたレイラがメセナローズに化けて、メセナローズのフリをして誤魔化しているというのが、この訳の分からない状況の背景だ。
ちなみにレイラとメセナローズは瓜二つと言っていい程ソックリ。まあ、メセナローズと出会った時、彼女を懐かしのレイラと勘違いしたことこそが、俺たちが心ならずもこの旅の仲間に入った理由だったりする。
なお性格の方は二人、まるっきり違う。これで何故、メセナローズのお仲間二人が気が付かないのかはまるっきり謎だが、それはきっと奴らがおバカで単純なのと、俺が放つジャストでコレクトリーなフォローの賜物だろう。
「ねえ、アルスレイナ?」
「どうした、チトセ」
「ズースウィードとザドレイド、遅いね?」
「そうか、もうこんな時間か。もうそろそろ帰って来ると思うけどな……こんな恰好を見られて、また大笑いされるのも悔しいから俺は着替えるよ……」
俺がそう答えたのと同時だった。店の扉が勢い良く放たれ、鋭い声が15テーブルほどのこじんまりとした店の空気を震わせる。




