干渉共鳴術式(ライナック)
「てめえらっ! ビビって突っ立てんじゃねえっ。右と左から同時にきりかかるんだっ!
もう一人は囮だっ。俺の方に引き寄せろぉっ! 俺が叩き斬るっ!!!」
そう叫んだのはギルドの頭、ムグ・ゴードレスだった。
声の方に振りかえると、奴は床の上にへたり込んでいる――片足が、膝の上から切断されていた。
その切断面からは血がどばどばと流れ出しており、やつの座っている辺りは血の池へと化している。
それでも、奴の瞳は怒りに満ちていた――恐怖の色は微塵もない。
この状況で恐怖にとらわれるより前に、自分と、自分の手下達を八つ裂きにしたこの化け物に対する闘志を、メラメラと燃やしているのだ。
「……す、すごい……」
思わず感嘆の声を上げてしまう――たいしたものだ。信じられないほどの精神力だった。
しかし、奴の命もまた、風前の灯である。
「おい、何をやっている! 今だ! 行けえっっ!!!」
ムグ・ゴードレスの声に圧されて、二人がやけくそ気味に化け物へと向かっていく。
「……む、無理だっ!」
そう上げた俺の声は、二人の悲鳴でかき消される。
赤と黒の死神はそれまでのぎこちない動きから打って変わり、目にも止まらない速さで彼らの方にその腕を伸ばす――
一人は腕を飛ばされ、もう一人は脇腹に一撃をくらい、血飛沫が舞う。
二人ともその場に倒れ、もんどり打つ。
あえて致命傷を与えず、じっくりとなぶり殺しにするつもりなんだろう。
(……あぁ、駄目だ……)
その光景を前にして、心の中の俺は泣き叫んでいる。
「おい、アルスレイナ! 何をやっている! 仲間が倒されて悔しくないのかっ!! 早く行けっ」
そんな俺の心の内を無視して、ムグ・ゴードレスはそう怒鳴りつける。
しかし爛々と燃えさかるその目とは裏腹に、真っ赤に紅潮していたはずの奴の顔から血の気が無くなって行く……失血が酷いのだ。
「さあ、俺が息の根を止めてやる! さあ、来いっ!」
――その闘志は称賛に値する。
この男のことは嫌いだが、その統率力、精神力、闘争本能――さすがはギルドの頂点に上り詰めた男だ。
しかし無理だ、無理なんだ……。
奴ら〈這闇〉は魔の理によって出現せし存在。
仮に相当腕の立つ戦士であっても、その物理攻撃は効かないんだ。
唯一の術――”精霊力”。
それは俺達の世界――現実世界を形作っている”場”とは全く違う力の源。
それらを引き出し、さらに物理攻撃と混合し、力を一点に込めることによって、初めてダメージを与えられる。
しかも、奴らの生命力は想像を超えたものだ。
弱点を的確に穿つことができなければ、倒すことはできない。
そう。恐らく……この場にいる人間……俺を含めて……の命は無いだろう。
それどころかこの宿屋――否、それだけじゃない。
この通り――いや、ナ・クラレイドに住まう人間のうち、何百人……何千人。
それだけの人間がきっと、この魔物一匹に喰われるだろう。
ロード・クラレイド親衛隊の聖戦士――退魔戦闘術を持つ最強の戦士である彼らが出動して、初めてこの化け物を止めることができるはずだ。
それまでの間どれだけの犠牲者がでるか……まるで他人事の様に、俺はそう考える。
「畜生、弱虫アルスレイナっ! 貴様、やはり仲間を見捨てるような奴かっ!!」
(……なにっ!?……)
ムグ・ゴードレスの怒号で俺は我に帰り――そしてその言葉に、一瞬カチンとくる。
その時だ。何故だろう、ふと旅の剣士、ズースウィードの姿が脳裏に浮かぶ。
(そうだ……奴だったら、この化け物を退治することもできるかもしれないな……)
そう思いながら、手に持っている折れたロングソードを収めた鞘に目を落とす。
(待てよ?……ひょっとしたら?……)
俺はロングソードを引き抜く。
「ようやくその気になったか! 早く行けっ!!」
ムグ・ゴードレスの叫びを無視し、剣を水平に構えたまま腕をゆっくりと前方――視線の高さにまで持っていく。
『ゴゥド……ザレツ……ザン……顕示、火炎の段』
咽をすぼめ、フォルマントを利かせた声で呪文を唱える。
簡単な呪文だが、俺の声に含まれる複雑な音韻は、それぞれ絡み合い、数百の精霊呪文を唱えるのと同じ効果を生む。
――《干渉共鳴術式》の略式呪文だ――
手に持ったロングソードの刀身が、猩々の目の如く赤々と光を帯びる。
「……やっぱり……」俺は思わず呟く。
通常ならば、この略式呪文では《ライナック》は発動しない。
しかし、ズースウィードはこの剣でこいつらと戦っていたのだ――
そう、干渉共鳴術式による精霊力の残滓が、このロングソードには込められている……。
しかもその精霊力は『火』の力だ。
ズースウィードの雰囲気からそう予想して『火の精霊術』の呪文を唱えたのだが――どんぴしゃり、だ!
よし、行けるかもしれないぞ!
イチかバチか。
どっちにしろ、こいつに喰われる運命ならば――見せてやろう、『窮鼠猫を咬む』という言葉を教えてやる!
その時、弓矢工房の主人が部屋の前にやってくるなり「ぎゃあっ」と悲鳴を上げる。化け物の注意がそちらに行く……そして彼を串刺しにしようと、一本の腕をピクリと動かす……今がチャンスだ。
「いくぞぉっ!」
その瞬間、俺は深い前傾姿勢で赤と黒の死神の方へと駆け出す。




