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這闇(はゐやみ)

 俺が到着した時、『イーザ・ブルーノ』には7名ほどのギルド構成員が揃っていた。その中には先程の御近所さんや、例のムグ・ゴードレスの姿もある。


「遅いぞ」


 ムグ・ゴードレスは低い声で俺を非難する。

 ランタンの光に、やたらと太い鼻っ柱と鷹のように鋭い目を持つその顔が浮かび上がる。それは、奴の性格を十分すぎるほどよく表していた。


「よし。スザク、バラリスタ、ポーロークの三名は俺に付いてこい。残りはここで待機だ」


 良かった、俺は見張りだ。

 ムグ・ゴードレスが指名したのは三人とも奴のお気に入り。

 どいつもこいつも好戦的な男で、いつも機会あらば哀れな子羊をバラバラに切り裂きたいと思っているような連中だ。

 指名された瞬間、この三人が見せたのは軽いガッツポーズだった。

 俺はその姿を横目で見つめる――こいつら、半分はストレス解消でここに来ているんだろうな――そう思いながら。

 それにしても――良く見るとなんかこいつら、凄くギラギラしているよ。


(やばいな……殺る気満々じゃねえの?)


 そんな思いを抱きながら、ムグ・ゴードレスの視線に俺は無言のまま頷く。

 実行部隊四人は宿屋の裏口を開け、足音を忍ばせながら入って行く。

 ドアの鍵はかかっていない……宿屋の方には、金を積んでいるのだろう。


    **


 階下に残った俺たち四人は、何をするでもなく壁に寄り掛かってじっとしている。世間話をするような気分じゃあないし、一応、酔っ払いなんかがフラフラとこちらにやって来て、変な騒ぎなんかを起こさないように警戒しなければならない。


(それにしても――)


 俺は先程から、得も知れぬ違和感を感じ始めていた。

 夜の闇が濃すぎる。今日は新月だっけ?

 ――いや、そんなはずは無い。さっき月が沈んだばかりだ。星明りで周りはちゃんと見えている。

 違和感の正体――それが何なのか、手持無沙汰の俺は必死に考える。

 そして、その正体にようやく気が付く。


(そうだ――風が全くないんだ)


 そのせいだろうか、ねっとりとした空気が肌にまとわりつく。

 嫌な感じだ。まるで――そんなことを考えていた時だ。


『………っ……ぎゃあっ……』

『……るなぁっ……来るなぁッ……』


 声にならない悲鳴が宿屋の中から聞こえる。

 傭兵崩れが血祭りに逢っている……にしては、様子が少しおかしい。


 次の瞬間、『ドカン』という建物全体を揺らすような音と共に一室の窓が吹き飛び、そこから土煙が上がる。


「何だ!?」

「上の方だぞ!」

 居残り組のうち、若い衆二人が現場に向かおうと立ち上がる。


「こりゃ……まずいんじゃ……」

 そう呟く俺も、首根っこを引っ張られて宿屋の中に引っ張り込まれ、弓矢工房の主人もまた、仕方なさそうについてくる。


    **


「たっ、助けてくれーッ!」


 二階の通路で血相を変えて走ってきたのは、バラリスタだ。

 体中血だらけで、右腕がだらんと垂れさがっている。

 この男、いつも残酷そうな目つきで、今日の生贄を品定めしているような人物だ。しかし、カマキリのようなその顔を、今はくしゃくしゃにして泣きべそをかいている。


「どうした!」「大丈夫か?」「何があったんだ!?」


 口々にバラリスタへと声をかけるが、当の本人は怯えきった表情で何も答えられない。


「行くぞっ」

「おう!」


 先行する二人が、バラリスタの血痕を頼りに奥の部屋へと向かっていく。


「ちょっと、まずいって! ここは引き返そう」

 彼らの背中に向かって小さく叫ぶが、二人にその気は無いらしい。

「何言ってやがるんだ! てめえも来い!」

 俺の意見はなんなく否定され、逆に袖口を掴まれてしまう。

 弓矢工房の主人もバラリスタを介抱しながら、俺に視線を送り「そうだ」と頷く。


(……仕方がない……)


 俺も二人に続く――ああ、嫌だ。流されやすいこの性格!


 宿屋の主人の手配で傭兵崩れの部屋の周りには誰も泊っていない筈だが、この騒ぎで起き出したのだろう。少し離れた部屋からは、ドアを少し開けた客が不安そうにこちらを見ている。

 やがて血の跡は大きく曲がり、開け放たれたドアの向こうへと消えていた。

 その部屋に入る直前、予感していた嫌な事態が今、現実に起こっていることを確信した。

 部屋の中からは、『むわっ』とするような血の臭いと闇、そして瘴気が入り混じった空気が漂っている。そして――


 その中はまさしく地獄だった。


 まず目に入ってきたのが、血と肉片――それは、天井にまでこびり付いていた。

 下の方に視線を向けると、血の海の中に生首が転がっている……ポーロークだ。

 片手片足が無くなり、ひしゃげた格好で横たわっているのは……きっとスザクだろう。


「……う……うぇっ……」

「……あ……あはは……」


 先に部屋へと入って行った二人は、体中ガタガタ震わせている。

 だから止めようと言ったのに……。

 いや、そう言う俺も恐怖で倒れそうになるのを、何とかこらえるので精一杯だ。

 冷汗が流れ出し、心臓は今にも飛び出しそうだ。


 その時だ。


 天井に貼りついていた赤黒い何か――そう、腐りかけた肉塊のような何かだ。

 それが次第に凝固して、禍々しい姿へと形を変える。

 内臓と、筋肉と、得体のしれない器官――これらをごちゃ混ぜに血で固めた様な胴体。

 そこから伸びる、節くれだった枯木のような長い手足。

 どれが手でどれが足かは釈然としないが、それらは合わせて5本ある。その手足がぎこちなく動き、それは天井からゆっくりと血だまりに降りてくる。


 やたら長い首の上に乗っているのは歪んだ頭部だ。しかしその頭部はいかなる生物とも異質なもの。薄く開いた真っ赤な目と、横一文字に開いた大きな口のみが辛うじてそれが頭であることを物語っている。

 その姿を見て、思わず俺はチビリそうになる……いや、恥ずかしい話だが。

 

 “這闇はゐやみ”  《赤と黒の死神ギュワ・ンズ


 奴が大きく口を開ける――その中からは人の頭が生えていた。

 この顔に見覚えは無い。きっと、この部屋に泊っていた傭兵崩れのものだろう。

 そいつは、この傭兵崩れを取り込んで、闇夜から実体化したのだ。

 そして、ノコノコとやって来た新たな食糧――ポーローク達を捉え、八つ裂きにし、捕食したのだ。その化け物は捕食の際、その体をアメーバのように変形させ、咀嚼、消化する。

 今まさにそれを終え、狩猟形態に形を変えながら次の贄を取り込もうとしている――そう、俺達を。


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