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第参話 傑 〃 第肆章 僕

そりゃあ、俺は彼ではないので、彼の元の家に勝手に入ることは実に良くない事だと重々分かってはいるけれど、然し、事前にアポを取っていたとしたら、まあそれは許容範囲であろう。

 然し、それがこの事故の引き金になることを判断することができなかったけれど。


 少し、昔の話をしようと思う。

 俺はあの時に、君に会った。

 出逢った、の方がいいのかもしれない。

 今霧神社で出逢ったあの日、そこに来ていた俺はいつものように藤咲(ふじさき)楳々と薙綯恋奈と永井壕と天褪(あめさめ) 喜納(きのう)とそれと俺で遊んでいた。そんなある夏の過ぎ行きかけていたいつかの日だった。

 太陽が高く昇っていた時からそこで遊び始めていたのだが、気温が一番高くなる時を越えて、おやつの時間も過ぎ、西日が射し込み始めた午後四時半頃。

「おーい仲良し五人衆達~。今日はこれから用事があるんや。ちょっと早めに帰ってくれへんか?」

 神主さんは言う。

「分かった。」

「じゃあどうする壕ちゃん。壕ちゃんちで残りの時間遊べる?」

 壕ちゃんとは永井壕のことで、壕の事を壕ちゃんと呼ぶのは恋奈と楳々だけだった。俺と喜納は呼ばない。小一の時だけれど恥ずかしかったのだ。今、喜納に問いかけたのは、壕だった。

「うーん。多分、遊べるとおもうけど、じゃあ行こう。」

「そうだね!翔も行くよね。」

 これは薙綯。皆から恋奈と呼ばれている。

 そして俺は、灸原翔だ。

「うん、分かった。行くよ。」

「そうだね。僕も行くよ。」

 これは天褪喜納。


「じゃあ皆遊ぶんだね。じゃあレッツGO!」

 俺らは皆、神社から出て行った。

 西日が架かって薄いオレンジを身に纏い恰も(あたかも)ペンキで罰当たりに着色されたような鳥居をくぐり、階段を難なく降り抜いた。

 その時はまだ、俺らは自転車を所有していなかったので皆歩いて壕の家に向かっていく。

 西日を背に受けて進む。壕の家は今霧神社から東にあるので、そちらに向かい歩いていく。

 前から自転車が走ってきたので、俺達は避ける。乗っていたのは俺達と同年代、否、多分同い年、言うなれば小学校一年生、の子だった。

 何かに気が付いた俺は、自分のポケットを(まさぐ)る。

「あ、神社に家の鍵忘れてきちゃった。」

「本当かそれは。」

 真っ先に反応してくれたのは喜納だった。

「うん。」

「どっかに隠れてるっていうことは無いの?」

 次に反応したのは楳々だった。

「うん。駆けっこするのに邪魔だったから神社のお金入れるところにポンッとおいたの憶えてるもん。」

「そうか、それじゃあ取りに帰る?」

 その次は壕。

「いいや、大丈夫。皆先に行ってて。」

「分かった。後でちゃんと来てよ。すっぽかしたら駄目だからねっ。」

 最後は恋奈だった。

「ちゃんと行くよ。すぐ行くね。」

 と行って、俺は神社に戻っていった。




 神社は、何かいつもとは違う雰囲気を醸し出していて、近寄り難いような感じがした。

 それは奥のほうで話している人が原因だった。

 あそこだけ周囲の空気が重くなっているようだった。

 何か危険そうだったので近寄りたくは無かったのだが、そこは神社の本堂であり、その付近には賽銭箱があったのでそこに仕方なく近寄らなければならなかった。

 その人は神主さんと話している。近寄ってみると以外や以外、少年だった。

 今年小学生に上がったような感じの、云わば小学一年生。

 そして、さっきすれ違った子と酷似していた。

 話し声が聴こえてきた。

「××君。まあそれは分かるんやけど、ここはそれが本職では×××××。」

 所々聞こえ辛い。

「でも、でも、×、×××××。だから、×××××。」

「それはさっき××××。×××、ああ、うん。×××××。」

「×××。」

 さらに近づくと、神主さんが俺に気が付いた。

「あっ、翔君。どうしたんや?今日は用事があるって言ってたんやけどな。」

 ここぞとばかりに話しかけてくる神主さん。

「あ、忘れ物したから。」

「そうなんや。」

 その少年は俺に気が付いた。でも、殆ど無視をして、神主さんに言った。

「おじさん。用事があったんだね。それは仕方が無いや。」

「いや、まあ、そうなんよ。」

「神主さん、どうかしたの?」

 気になった僕は、問いかけた。

「ん?翔君には関係が無い話や。」

 当時の俺は、不謹慎、と言う言葉の存在を知らなかったので、神主さんのその言葉の意味が分からなかったので、その後に

『でも、気になるよ気になるよ、教えて~。』

 と言うつもりでいたのだが、それはその少年に妨げられ、僕が訊きたかった事も分かった。

「ああ、僕の祖母が一昨日死んじゃったんだよ。通夜と葬式は昨日終わったのだけれど、いま一つ実感が分からなくてさ。自分で墓地を作ろうと思ったんだよ。でもね、僕は専門じゃないから無理だって、おじさんが言うんだよ。その事で話してたの。」

 小一の僕でも、余計なことを訊いてしまったということは正直分かった。然し、どう反応するとも分からず、そのまま、

「あ、ああ。」

 と返事をするほか無かった。

 その少年は、何一つ変わらぬ顔で、否、その顔は何か子供らしさが無いような、この世の全てが判り切っているような、自分の人生が決まり決まっているかのような、そんな、絶望しきった顔だった。

 そんな顔で、少年は僕に言った。

 この場面は、僕には全く予想し得なかったことであり、全く有り得ない、世界でも起こり得ない事例であろう。

 賢すぎて賢すぎて賢すぎ過ぎて、もう判りきってしまった絶望少年。

 俺は彼に、強い印象を受けた。

 化物だ、と。

 そして、彼、その化物と呼ばれるべき少年は言った。

「あっと、それから、僕の名前はね、傑って言うんだ。これからもよろしくね。君の名前は?」

「えっと、……。俺は、灸原翔。くばらと間違えられやすいけれど、お灸の灸に野原の原。よろ……しく。」

 傑と名乗った少年は、言い方は嬉しがっているが口調は変わらないで言った。

「それじゃあ、今から僕らは友達だ!わあ、楽しみだなあ。僕、友達って初めてだから!」

「そ、そうなんだ。」

 こうして、この時から、僕と傑の関係が始まった。

 始まっていたんだ。






 第肆章 僕


 全てを知ることは、実に人を駄目にすることだと僕は思う。

 僕はそれを体験した。

 もう既に、僕は駄目になっていた。

 世界に飽きていた。全てを知り尽くして何もかもにも飽きていて、然し、そこでまだ僕は刺激を求めていた。


 まあ、昔話はそこらへんにしておこう。


 記憶を消したはずだったのだが、まさか、取り戻すなんて、否、記憶を知るなんて。

 そんな、堪ったことはない。

 なんて堪らない。堪ったもんじゃない。

 そう、僕は、記憶を取り戻したのだ。

 然し、思い出したとはいっても、所々思い出せていないところがある。

 それは何故だか知りえない。

 

 昔話をすることには、僕のことを皆は知り得ないと思うので、やはり、話そうと思う。


 


 旧僕の残っているなかで一番古い記憶は、この町に引っ越してきた時からだった。

 この町とは、今霧のことであり、墓苗のことではない。

 多分、現僕はその事を知らないし、知らされていないだろう。まあ、別に知らなくてもいいことだ。

 さて、この町、今霧に引っ越してきたのは三歳の時だ。三歳の時、罠居から今霧に引っ越してきた。罠居では、僕のこの性格によって周囲から変な目で見られていて、僕自身が居辛くなり、僕自身で引っ越しを要求した。それは許可された。許可されたという言い方は何か堅苦しい言い方がする。

 今霧に引っ越してきて、僕は家の中で独りだった。独りだったというのは被害者のようで無責任なような気がするので返ると、僕は独りになりたかったので、独りを望んだので、独りになった。

 幼稚園には行くことにした。そこでもまた色んな事を知ることができるので行くことにした。それはでも、幼稚園を入る前から知ってはいた。知識は一度見聞きしただけで整理できるし整頓できるし記憶できる。

 幼稚園では、この僕自身が露見しないよう、ひっそりと過ごしていった。

 例えば、運動会の駆けっこでは六人中三位に。音楽発表会ではカスタネットを演奏して。芸術発表の演劇では村人Bを演じた。

 知識があったので、楽器の演奏法もある程度は分かるので来た人が感動できるような演奏くらいはできるが、目立たないものを選んだ。

 小学一年生の時も、出来るだけ目立たないようにした。

 然し、目立たなければならなくなってしまった。

 それは僕にも予想することが出来ないことだったのである。

 勉強が出来なかったのである。

 国語算数理科社会に関して明らかに異常だった。僕自身、何もかも知っていると思ってはいたのだけれど、勉強できなかったのは知らなかった。それは多分、幼稚園では勉強しなかったからだろうと、そのときに考えついた。

 平均点を大きく下回る点数に、家族皆驚いていた。

 先生達は、僕を勉強が出来ない生徒なんだと位置づけていた。

 そのときの平均点は曖昧なもので、然し、小学一年生のテストといえばもう簡単のことしかしない云わばテスト慣らしのテストであるのでそれはもう百点が目標点のテストでしかあらなかった。

 因みに言うと、僕が初めて解いたテストは、目標点の百分の三十九しか獲る事ができなかった。

 僕は勉強が出来ないと、そこで僕は理解した。

 体育の授業でも、僕は驚いた。

 駆けっこがいつもビリになった。

 サッカーも思うように出来なかった。

 知識はある。サッカーを蹴る時の足の向き、蹴り方、蹴った後の動作。

 思うようにはいかない、そう僕は知った。

 知識、記憶力、思考力は十二分にある。けれど、勉強や運動ができない。

 兄や姉のようにはいかなかった。

 そして、小学二年生のとき、祖母が死んだ。

 それは母方の祖母であり、名は何と言ったか、淺萌恵美あさめえみだったか。

 まあ、人はいつか死ぬことも分かってはいたし、僕も残りの人生どうやって生きていこうと半ば思い始めていた頃だったし、然し、全く持って実感が湧かなかった。

 そこは、普通の小学二年生だ。

 いつか死ぬことは分かってはいるけれど、死んだ後やどのように死ぬかなど、そんなことは本やインターネットには本当の情報など載っていなかった。

 今霧には墓地がある。そこに祖母は埋められることになったが、何か、それのような行動を起こすことは出来ないか考えて、それは自分で墓地を作るということになった。

 あの日、自転車で神社に向かった。

 そして、神主さんに会い、彼に会う。

 彼に出逢う。

 

 それからというもの、恋奈、××、喜納、×、翔とともに遊んだ。

 遊ぶ、というのは知識としては、勉強や仕事を忘れて好きなことをして時間を過ごす、と言う意味だと知ってはいたのだが、それの本当の意味は、このとき知った。

 友達と、遊ぶということ、素晴らしい。

 僕のことを一子供として接してくれる彼等は今まで遭遇してきた彼等よりもより現実的で、そしてとても心に響くものであった。

 今までの出来事は、無機質で、影も質量も想い出も溜まったものじゃなかった。

 まあ。

 出逢ってからは本当に楽しかった。

 然し、それは長くは続かなかった。


 僕が言ったあの言葉によって、僕の異常に皆は気付いてしまったのだ。

 喜納の誕生日の日、僕は皆に言ったのだ。

 「××××××××××××。」

 と。

 それは、普通の小学二年生から見ても普通の小学生が言うことではないことが誰でもわかるような言葉だった。


 異常は異常でしかなくて

 そして怪物も怪物でしかない。

 怪物が普通には為り得ないし、元から異常だった異常も正常には為り得ない。

 人は、生まれながらにして決まり決まっていたのだ。

 僕は、誰にも干渉されない。そういう人生だったのだ。



 そして僕は、この日々を、楽しかった毎日を*っ*した過ちを、失態を、そうなる原因である僕の異常を、異常によるこの記憶を、消したかったのだ。


 

 引っ越しの日、お別れ会があった。××と恋奈は用事があって行けなかった。

 その日は、偶然にも、喜納の誕生日からちょうど一ヶ月が経った日だった。

 終わりがけに僕は言った。

 そして、祖母にお別れを言うために、神社に行った。

 それは偶然だったのだ。空には雲が殆ど無くて陽射しは直接刺してきて、太陽光に気が付いたのも得てして偶然であった。

 そこで僕は思いも寄らず、然しそれは、願い叶ったりであり、僕にとっては好都合だったのだ。

 階段を踏み外して、落ちた。

 それは、僕の記憶を消すのには充分すぎるほどの衝撃だった。生きている間で一度しか体験したことの無い衝撃だった。

 僕は記憶を消したのだ。

 不随意的に、無意識的に。




 それから、記憶空うつろの中、西日を背負い歩いていき、猫のミイ___多分僕が名付けたであろう、英語読みでは私という意味だ、僕は日常的にミイとは呼ばず、私と徒名で呼んでいた。___に会って、それから、××に会って、それから、それから、それから……。

 それからは、旧僕の記憶ではない。

 劣化異常者の現僕の記憶になる。




 目が覚めると、僕は僕が元住んでいた家の僕が元々寝床にしていた部屋でそして僕が元々使っていたベットの上で横になっていた。

 右を向くと、祖父と恋奈と翔が居た。

「おじいちゃん、恋奈、翔……。」

 それに気の付いた三人は、僕に話しかけた。

「き……君。」

「す、傑!」

「傑、大丈夫か。」

「あ、ああ。うん。」

 そうだ、僕は階段から落ちて気を失っていたんだ。まるであの時みたいに。

 然し、よくあの高さから落ちて無事だったものだ。知識はあるみたいだな。

「恋奈、翔、そうだったんだな。」

「そうってどう?……、あ、傑。今、私のこと恋奈って。」

「君、まさか。」

「そうみたいだ。」

「思い出したの?」

 僕は黙って頷いた。

 ベットから起き上がった僕は、窓から差し込む低い角度の日差しに目を刺される。僕の部屋の窓は西についているので、今は多分夕方なのだろうと思う。

 横では歓喜の渦が巻き上がっていた。

「良かった。良かったぁぁ!目を覚ましたことも、私たちのことを思い出したのも~!!!」

「そう、思い出したよ。」

「君!本当か!」

「ああ、そんなしょうもない嘘、吐く訳がない。」

「じいちゃんには分からないのお。本当に久しぶりであるし、わしのことを忘れていたなんてそんな、意味が分からない。」

「そうだよね。詳しいメカニズムは分からないけれど。」

 僕は、ある程度の記憶を話した。

 例えば、記憶の消えた日とか。

「でも、僕は、その、天褪喜納という人のことや、永井壕、藤咲楳々という人のことは分からないんだ。」

「そ、そうか。」

「その訳も分かっている。多分、記憶を失くしてから直接会っていないからだと思う。」

 僕の語った記憶の中には、僕が会っていない人のことは語られていなかったはずだ。唯、曖昧に述べていただけ。若しくは×で。

「でも、それは、また会っていけば憶え直す事が出来るんだし、ね。今は、嬉しく行こうよ。」

「ああ、そうだな。」

 僕は、言う。今までの苦悩を込めて。

「これから、僕らは関係を時間で埋め直していけばいいんだから。これから、よろしくね。二人とも。それからおじいちゃん。」

 頷く。

「そう、埋め直していけるんだ。未来は必然じゃなくて偶然でもなくてそれ以外の何物でもない自分自身の関係なんだから。その関係は関係であり続けようよ。」

「「えっ。」」

「ははは。」

 二人は驚いていた。僕は、その言葉を改めて言ったのだから。

 あの言葉を。

「それから。」

 と言って、言う。

「僕の名前は、梢傑って言います。これからもよろしく。」

 僕は、改めて灸原に自己紹介をした。





続く

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