第38話 気楽だけど気が重い
その夜。
新入生歓迎会を翌日に控えた夜だ。
「明日で終わりだよね! ね?」
いつものようにビデオ通話をしていると、瑞望はとても嬉しそうにしていた。
「翔ちゃんとどうやって遊ぶか、いっぱい考えてるんだ。だから明日は頑張ってね」
「瑞望、泰栖さんから何か聞いてない?」
「え? 翔ちゃんのこと? なんで?」
「いや、お前ってなんか泰栖さんから俺の評判聞いてるみたいだから……」
「えー、別におかしなことは言ってないけど? 翔ちゃんのことは褒めてたけどね。フォローしてあげてるんでしょ? ありがとね」
「そっか……」
どうやら恐れていることは未だ起きていないようだ。
きっと少し前までの泰栖さんなら、相手が親友とはいえ、恋愛の話なんて恥ずかしがって出来なかったに違いない。
でも、今の泰栖さんは、以前とは違うのだ。
『川幡くんのことが好きで告白したんですけど、返事待ちですからこれからもっと積極的になれば、いい返事をもらえるかもしれませんよね?』
なんて、瑞望にアドバイスを求める可能性だってゼロじゃない。
俺と瑞望が付き合っていることを知れば泰栖さんは落ち込むだろうし、すぐ返事をしなかったことを怒るだろう。自分にも、親友の瑞望にも不義理なことだと思うはずだから。
その流れで俺が泰栖さんに告白されていたことを知った瑞望は、すぐお断りの返事をせずに迷い続けた俺に失望するに違いない。
「なーに、翔ちゃん、やっぱりきーちゃんに興味持っちゃったの?」
「俺は元々、泰栖さんのファンだよ」
この程度の情報を伝えるくらいなら、瑞望だって前々から知っているから問題ない。
「それだけだ。俺はお前と付き合ってるんだから、そうホイホイ付き合う子を乗り換えないって。ていうか、そんなこと俺にはできない」
「だよね。翔ちゃんはいろんな女の子に手を出せちゃう人じゃないもん」
軽口を叩いて俺をバカにしているようでいて、そこには長年の付き合いから来る信頼のようなものを感じてしまった。
……胸が痛い。
「まあ、俺は今日そんな泰栖さんとバックスターコーヒーに行ったわけだけど」
何もかもを黙っていたくはなくて、さほど問題ないであろう泰栖さんとのことを伝えてしまった。
「えっ!? なんで!? いいな!」
「泰栖さんが行ったことないって言うから。買い出しの帰りにちょっとな」
「あたしだって翔ちゃんとまだ行ったことないのに!」
「お前、コーヒー飲めないだろ?」
「翔ちゃんがコーヒー飲むとこ見て楽しむからいいよ」
「そんなの楽しいか?」
「楽しいよ! 翔ちゃんはコンテンツとして最強だから!」
これまで瑞望と過ごす時間は、放課後くらいしかなかった。
その時間に会えなかった分、俺への評価がマシマシになってしまっている感じがあった。
「じゃ、今度連れて行ってやるから、俺を見て楽しめよ。楽しめるもんならな」
「やった。翔ちゃん、絶対だからね」
瑞望が言った。
こんなことくらいで嬉しそうにしてしまうあたり、瑞望は俺と一緒にいられないことに不足を感じてくれているのかもしれない。
「でも……なんか良かったかも。きーちゃん、ここ数日間ですごく明るくなったっていうか。本当はもっと困ったことになっちゃうんじゃないかって心配してたんだけど、翔ちゃんは私が思ってるよりずーっと上手くフォローしてくれたんだね。それだけ手厚く助けてあげられちゃうなんて――」
それまで上機嫌で語っていた瑞望が、急に不安そうな顔になる。
「翔ちゃん……きーちゃんのこと好きになってない!?」
スマホの画面いっぱいになるくらいのどアップ状態で迫ってくる瑞望。
「な、なってるわけないだろ……! ちゃんと仕事として、泰栖さんと協力し合っただけだ」
心を揺り動かされているのは事実だけど、まだ俺は、泰栖さんと付き合うよりもお断りの返事をどうするべきか考える比率の方がずっと高いのだから。
ギリのところで留まってはいるわけ。
「え? なんで? きーちゃんを好きにならないなんて人としてどうなの?」
「いやなんて急にキレ顔になるの」
「大事な親友を好きにならないなんておかしいんだもん!」
「それは友達として好感を持ってほしいってことか?」
「そうだよ。きーちゃんはとってもいい子なんだから」
「そういう意味なら、俺は泰栖さんのことを前よりはわかった気がするよ。聖女様って呼ばれてるから、俺だってそういうイメージ持ってたんだけど、本当はちゃんと普通の人なんだなって」
「んふふ、そうなの。翔ちゃんもわかってくれたみたいだね」
どうして瑞望が偉そうにしているのだろう……ということは気になるのだが、それだけ今まで、泰栖希沙良という人が理解されて来なかったということなのかもしれない。
それからは、上機嫌な瑞望と他愛ない話をして、通話を切ることになった。
「じゃあ、明日も頑張ってね! あとちょっとで、あたしといーっぱい遊べるようになるよ!」
「そうだな」
「んもう! もっと喜んだ顔してくれればいいのに!」
騒ぐ瑞望をよそに、やっぱり泰栖さんと瑞望は違うよな、と改めて思った。
瑞望はよくも悪くも、気を遣わなくて済む。
付き合った今になっても恋愛特有の緊張感は薄いけれど、たとえお互い無言になったって苦しくならない気楽さがあった。
やっぱり俺にとって、泰栖さんは丁重に扱わないといけない人だから。
なんかこう、ゲスト扱いではあるんだよな。
「瑞望、ありがとうな。助かるよ」
「え? 助かるって……」
赤面した瑞望は、片腕で胸元を隠す。
「あ、あたし翔ちゃんの頭の中ではどんな格好になっちゃってるの!?」
こいつはいったい「助かる」をどう解釈したんだ?
「そういうのは、あたしが目の前にいるときにやって!」
なんか、幸せなヤツだな……。
泰栖さんが、瑞望に恋愛相談したせいで、俺からの告白の返事待ちをしていることがバレてしまうのではと不安だったのだが、今のところその心配はないようだ。
あとは、新入生歓迎会を無事に終えて……俺の方から、泰栖さんにお断りの返事をすればいいだけ。
まあ、それが一番難しいんだけど。




