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第21話 幼馴染との初デート

 そして、デート当日。

 俺は、待ち合わせ場所である駅前で瑞望みずもを待っていた。

 家同士がそう離れているわけではないのに、こうしてわざわざ待ち合わせをすることになったのは瑞望の要望……ではなく、俺が決めた。

 デートにおいて待ち合わせをすることに特別な意味があるということは、俺にだってわかっている。

 こういう非日常感も必要だと思うし。

 周りに瑞望らしき姿はなく、俺の方が早かったようだ。


「よかった。ここで遅れるわけにはいかないもんな」


 瑞望より先にやってきたのは、俺なりの気遣いではある。

 休日ということもあって、周囲はカップルだらけ。見た感じ俺より年上が多そうだ。

 そんな中で、小柄な瑞望の姿があればすぐに気づくから。

 そうして瑞望を待っていたのだが。


「……それにしては、ちょっと遅いかも」


 約束の時間の5分前になっても、瑞望は現れなかった。

 しっかりしている瑞望のことだから、遅刻することはありえないし。


「電車の遅延……それか、何かの事故に巻き込まれてる?」


 心配になった俺は、瑞望に確認のラインをしようとスマホを取り出す。


「えーと、瑞望のアカウントは……」

「あっ、翔ちゃん!」

「ああ、瑞望。大丈夫だった――」


 こちらに駆け寄るその女の子の姿を目にしたとき、俺は「人違いでした、すみません」って謝りそうになったよ。


 だって、俺を「翔ちゃん」と呼んだその子は、俺の記憶と違って「美少女」というよりは「美人」と言い表した方が良さそうな見た目をしていたのだから。

 茶色の長い髪をまっすぐ下ろしていて、黒いワンピースの上に落ち着いた色合いのベージュジャケットを羽織っている。そして白いショルダーバッグ。足元は底の厚いスニーカーを履いているから、実際の身長よりも高く見える。

 その楚々とした落ち着いた雰囲気は、我が校の聖女様である泰栖さんにだって負けていない。


「えっと、どちら様?」


 俺のことを、呼び慣れた「翔ちゃん」呼びしているのだから瑞望に決まっているのだが、俺は目の前の女子が幼馴染と同一人物だとは信じられない気持ちだった。


「やだなー。あたしだよー、浅葱あさぎ瑞望」

「瑞望の名を騙る別人ではなく?」

「え? 翔ちゃんマジで疑ってるの?」

「……ごめん。なんか、雰囲気違ったから」

「あっ、やっぱり変かな……気合い入れすぎて引いた?」


 瑞望が、下ろした髪の毛先をいじいじしながら申し訳無さそうにする。


「い、いや! 逆だって! なんかいつもより大人っぽい感じだったから!」

「大人っぽい……」


 一瞬、ぽかんとした様子の瑞望だったけれど。


「んふふ、そうなの! よかったぁ、翔ちゃんにそう思ってもらえて!」


 澄ました顔ではなく、満面の笑みを見たとき、こいつは俺のよく知る瑞望だと確信できた。


「実はね、昨日お姉ちゃんがうちに帰ってきて! 今日デートするんだって言ったら、髪もメイクもやってくれたの!」

「そうだったのか……」


 瑞望には、一人暮らしをしながら都心で働いている姉がいる。瑞望と違ってクールでモデル体型で、外見は泰栖さんに近いかもしれない。

 それはそれとして、瑞望の姉にまで付き合っていることを知られてしまったのか。

 これは徐々に外堀が埋まっていってるな……。


「翔ちゃんがそんなにびっくりしちゃったんなら、お姉ちゃんに頼んでよかったよ」

「ああ。先制パンチ食らった気分だよ。その格好で学校行ったら、お前だっておまけっぽい扱いをされることはないよ」

「そうかな。そこまでかなー」


 笑みを見せながら、瑞望は自然な仕草で俺の手を握った。


「でも、あたしは翔ちゃんがわかってくれればそれでいいんだ」


 瑞望が体を寄せ、腕同士がぴったりくっつく。


「ていうか、いつもの自分と違う感じで恥ずかしいから、翔ちゃんにしか見せたくないよ」


 はにかむような笑みを見せてくれたとき、俺の胸の内からきゅんとした擬音が響いた気がした。

 ひょっとしたらこいつ、俺が思っているよりもずっとずっと可愛いのでは?

 マズイぞ。瑞望の可愛いに、俺が釣り合ってない。

 一応よそ行きな格好はしたけれど、瑞望ほど気合を入れた髪型や服装じゃないことが悔やまれる。歩衣のアドバイスをもっと真剣に聞いておくべきだった。


「そ、そうだな。じゃあ立ち話もなんだし、さっさと行こう」

「そうだね!」


 瑞望に圧倒された恥ずかしさと嬉しさが半々な俺は、デートが始まったばかりだというのに照れくささが全開になって、手足が同時に出てしまいそうだった。

 緊張しまくりなことが瑞望にバレたら恥ずかしいな。

 そんな思いがあったのだが、隣を見ると瑞望も俺と同じような動きをしていた。

 その瞬間、俺が密かに抱えていた、「女子をリードするために、男子たるもの常にカッコいい姿を見せなければいけない」という重圧から開放された気がした。


「待った、瑞望」

「え、なに?」

「俺、実は初デートで緊張してるんだ」

「そ、そうなんだ! 実はあたしも……!」

「瑞望がオシャレしてきてくれたことは嬉しい。俺はちょっとばかり残念な格好だが……」

「そんなことないよ! 翔ちゃんなりに頑張ってくれたんだってわかるし」

「ありがとうな」


 ここでダメ出しをしないのは瑞望のいいところだけど、意志の弱い俺はそんな瑞望に甘えきってしまいそうだから、俺自身が自分を甘やかしすぎないように気をつけないと。


「ここはお互い、もっと気軽に行くべきだと思うんだ。このままじゃ緊張しすぎて、予定していた食事のときも何食ってんのかわからなくなりそうだ」

「そうだね。せっかくのご飯なのに何食べてるのかわからなかったら嫌だよ」


 別に高級レストランでディナーとかいう気取ったことをする予定はないけどさ。近場のファミレスで済ますことになるだろう。それでも、瑞望と二人きりで出かけて食事をする初めてで大事な瞬間だ。せっかくだし、いい時間を過ごしたいものである。


「ここからは、いつも通りに行こうや。普段の俺達らしく振る舞っちゃおう」

「翔ちゃんの言ってることはわかるよ」


 ふんふん頷く瑞望は、やがてそっと俺の手を掴む。


「でも、緊張しない範囲で翔ちゃんに甘えながらデートしたいなぁ」

「……じゃあ、その方向性で」


 緊張を解くために瑞望を説き伏せようとしたけど、最後の最後に瑞望にしてやられてしまった。

 やっぱ恋愛パワーじゃ瑞望の方が上なのかもしれない。

 そんなわけで俺と瑞望は、恋人らしく腕を組んで街を歩いていた。

 心なしか、周囲の人々も瑞望に視線を送っているような気がする。やっぱり今の瑞望は、とても目を引く可愛い女の子に見えるのだろう。

 だからといって、好き勝手視線に晒すことを許しはしないぞ。

 今日の俺は瑞望のデート相手。

 お姫様のナイトでいてやるさ。

 そんな俺の決意をよそに。


「昨日はねー、翔ちゃんとデートするって考えると、なかなか眠れなかったんだー。だからちょっとクマができちゃってね、お姉ちゃんのメイクで隠してもらったの」


 瑞望は楽しそうだ。口を開くとやっぱり幼い感じが出てしまうらしい。

 まあ、美人モードな瑞望と一緒にいるより、俺としてはそっちの方がずっと気楽ではあるんだけど。

 お目当ての複合アミューズメント施設へ向かって歩いているうちに、緊張も収まってきた。

 そこはそれ、やっぱり瑞望は瑞望。男女関係なく俺の交友関係の中で一番話しやすい相手だから。

 仮にこれが、泰栖さんと一緒だったら緊張しっぱなしだろうけどさ。

 ……って、俺はこんな大事なデートのときにどうして泰栖さんのことを考えてしまうんだ!

 今日は、泰栖さんのことを吹っ切るためのデートなんだぞ!

 この調子で、上手くデートを完遂できるのだろうか……?


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