第19話 会いに行けなかった理由
その後、SNSで話題になっていて、歩衣がドハマリしているらしい配信ドラマを三人で観ることになった。
タブレットからミラーリングして、俺の部屋にあるテレビに映す。
瑞望と歩衣が並んで折りたたみのローテーブルの前に座っていて、俺はベッドから鑑賞した。
三角関係に悩む男が主人公で、親友同士の美少女二人との間で板挟みになるドロドロのラブストーリーだ。
歩衣と瑞望は、興奮した様子で鑑賞していたんだけど、俺は気が気じゃなかったよ。
画面の向こうで思い悩む主人公に自己投影しすぎて、胃が痛くなりそうだった。
「ズモちゃん、どうだった?」
50分番組の一話目を見終わったとき、歩衣が瑞望に感想を求めた。
歩衣としては、自分が楽しいと感じたものをシェアしたいらしかったけど、瑞望は難しそうな表情をしていた。
「うーん、楽しくは観れたんだけどねー。でもあたしは、こういう主人公は嫌かなぁ」
「えー、なんで? ドキドキしない?」
「だって、このヒロイン二人は友達同士なんでしょ? 主人公くんを巡ってケンカになっちゃいそうだよぉ。仲良しの二人がケンカするのなんて見たくないからね」
瑞望は、グラスに入ったジュースを煽り、ローテーブルにコトン! と置いた。
「そうなっちゃう前に主人公くんにはハッキリしてほしい!」
「へー、ズモちゃんなんか熱くね?」
「あたしはもっと、少年漫画みたいにわかりやすい方が好きだからさ! でも主人公くんがあたしの好みじゃないってだけで、お話としては面白いよ! 教えてくれてありがとね」
盛り上がる女子陣をよそに、俺は冷や汗がダラダラだったよ。
だって俺は、瑞望が嫌っていることそのものをしているのだから。
「ヤバ。お菓子もジュースも切れかけじゃん。取ってくるねー」
普段ぐうたらで俺任せなくせに、やたらと主賓ぶるなと思ったら、部屋を出る直前に意味ありげなニヤニヤ笑いをしてきた。
「もしかしたらお菓子のストック切れれてコンビニまで買いに行くかもしれないから、二人でゆっくり待っててねー。んひひ」
二人きりの状況をつくってやったぞ、と言わんばかり。
でも、タイミングとしては最悪だよ……。
そういう意図があるなら、もっと甘々な恋愛モノでも流しといてくれたらよかったのに。
俺の動揺を、瑞望に悟られないといいんだけど……。
「歩衣ちゃんって難しいドラマが好きなんだね。あたしにはよくわかんなくて、感想どう言えばいいのか困っちゃったんだー」
苦笑いしながら、俺の隣にぽふんと腰掛けてくる瑞望。
「いや、歩衣だってあまりわかってないよ。あいつはみんなが面白いって言ってるから、自分もノリで『ヤバ! おもしろ!』なんて言ってるだけで。薄っぺらい楽しみ方だよな」
だからさっきのドロドロ三角関係ドラマのことなんて真に受けないでね!
「でも、お話の楽しみ方としてはそれもアリじゃないかなー」
まあ、例のドラマが配信された日は、たとえ俺が相手でも、歩衣はやたらと興奮した様子で語彙力不足の感想を伝えてくるから、そういうときは楽しそうだなと思うことはある。
「小学生のときは、こうやって三人で遊ぶこともいっぱいあったのにねー。中学が別々になった途端に会うこともなくなっちゃったから」
「……そうだな。その気になれば、すぐにでも会いに行けたのに」
悪いのは俺だ。
中学の頃、男子たるもの運動部に入るべき、という周りの空気に負けて、運動部に入部してしまった。
先輩後輩の意識が強い慣れない環境や体力的な面でもついていけなくなった俺は、夏になる頃には部活を辞めた。
いわば、初めての挫折。
そんなとき、たまたま瑞望の姿を見かけたことがあった。
中学でも瑞望は相変わらず人気者っぽくて、たくさんの友達に囲まれて楽しそうにしていた。
そんなキラキラした瑞望に平気な顔で話しかけられるほど、俺はメンタルが強いわけでもなければ恥知らずでもない。
そんな感じで鬱々とした中学時代が終わり、同じ高校に通ってるとわかってても、きっと俺のことなんて忘れているだろう、という弱気が勝り、瑞望に話しかけることができなかった。
俺に勇気があれば、もっと早くこうやって過ごすこともできたはずなのに。
「ごめんね」
「えっ? なんで瑞望が謝るんだよ」
「あたし、中学生になった翔ちゃんに会いに行くの、ちょっと怖くて。翔ちゃんだってもう新しい友達と仲良くしてるよねって思うと、なんか会いに行けなかったんだよね。小学生のときと同じように話しかけて、翔ちゃんだけずっと大人になっちゃってたらーって思うと不安だったから」
「……瑞望でも、同じこと考えていたのか」
「同じことって? え、翔ちゃんも?」
「俺だって、一度偶然瑞望を見かけたとき、あまりに中学生活が楽しそうだったから声かけられなかったんだよ。瑞望の想像と違って、俺はいまいちな中学生活送ってたから」
「えっ、えー? そうなの……?」
「ああ。瑞望もいなかったしな」
「あ、あたしのことそんな必要だったのかなー」
「俺の中学に瑞望がいればずっと楽しかったのは確かだろうな」
にゅふふと変な笑いを漏らす瑞望は俺を抱え込むように抱きついてきた。
「それなら、あたしからこうされたら翔ちゃんはすっごく嬉しいってことだよね?」
「……そりゃ嬉しいよ」
本心だ。
俺は……瑞望を好きには違いないのだから。
ただ、それが恋愛としての好きという気持ちなのかどうか、泰栖さんに抱いている気持ちと同じかどうか疑っているというだけで。
「やっぱ無理言って翔ちゃんと同じ中学通えばよかったかなぁ」
「そうなったら泰栖さんが困るだろ」
瑞望と泰栖さんは中学の頃からの付き合いだ。
泰栖さんだって中学時代から聖女扱いされていたのだろうし、もし瑞望がいなかったら、とても困ったことになっていたんじゃないか。
「そうかも。そしたらきーちゃんも呼んできちゃおう」
瑞望の中では、楽しいことになっているみたいだ。
「それに、中学が一緒だったらもっと早く付き合えてたかもしれないし」
隣にいる瑞望の手が、俺の手のひらに重なった。
そっと目を閉じる瑞望。
キスしてモードに入っているのかもしれないけれど、あいにくキス未経験な俺からすれば「ちょっとおねむの時間に入っちゃったかな? キス待ちってわけじゃないよね?」という疑問を捨てきれず、動けやしない。
ヤバい。
瑞望が無理に唇を尖らせようとしているせいで、笑ってしまいそうだ。
瑞望……やっぱお前に妖艶セクシー路線は似合わないよ。
ガタッと音がした。
扉の向こうからだ。
「わ、なに?」
ぴょんと飛んで瑞望が俺から離れてしまう。
「……歩衣。戻ってきたならさっさと入ってこい。盗み聞きしようとするな」
「へへへ、ごめんねー」
扉からにゅっと出てきたのは、悪びれる様子のない歩衣だ。
「二人がいい感じになるまで待ってあげてたんだけどー、どうだった?」
ニヤニヤする歩衣が、俺の隣に滑り込んでくる。
「おにぃはガンガン行くタイプじゃないからー、あーしがサポしてあげよって思ったんだけどー」
サポートするまでもなく、歩衣が介入してこなかったらいい感じの雰囲気になっていた可能性もあるんだけどな。
歩衣は、俺たちの表情を見比べると、驚いたような顔をする。
「なんかいい雰囲気じゃね!?」
はしゃぐ歩衣。
「ままままさか、キスとかしちゃった!?」
「そこまではしてない!」
「そこまではしてないよ!」
同時に抗議の声をあげる俺と瑞望だが、それすら今の歩衣にとってはライオンに生肉を放り込むようなものだった。
「ほーん、いい感じだったってわけね」
厄介なヤツにバレてしまったものだ。
「じゃ、いい感じになった記念に写真撮っちゃおうよ」
俺と瑞望の間に遠慮なく割り込んできて、歩衣はパシャリと自撮りをした。




