発散した後は合理的に行くべきだ
龍真の前に出て構えたシオンの瞳は意気揚々としている。盗賊団を退治したり神殿で儀式を行ったりしてはいたもののシオン自体はリオンの前で馬として過ごしていたのだ、身体を動かしたいと思ってもそれは必然的なことだった。
「シオン、戦うのは別に構わないんだが…」
《心配するな、"暴れ馬"として動けば良いのだろう?》
龍真が皆まで言わなくとも察して返答する辺り流石は聖獣様である。龍真が頷くと間髪入れずに地を蹴って駆け出し、問答無用で接近してくるブルーガの群れの中へ突っ込んで行った。
「龍真君…聖獣様、本当に気にしてないのかな?」
シオンが駆けていき龍真達から離れると不安がってたリオンが龍真に近付き小声で確認してきた。余程不安に感じていたのだろう、声が僅かに震えている。耳の良いミアティスにも丸聴こえなのだが。
「リオンが思ってる程気にしてないし、俺達が最初に決めてたことが少し甘かったってだけだからな。自由に振る舞ってたシオンから見れば相当窮屈だったんだろ」
「そうかな…そうだと良いんだけど」
龍真が気にしなくても平気だと言ってもリオンにとってはやはり直ぐに平然と出来るものではないらしい。ブルーガの群れを蹴散らして軽快に肉塊に変えているのがそのまま自分の国に向けられるのだと考えれば納得出来なくはない話だが、龍真から見たシオンはそういうことに興味がないように見えるし、話し合った上での宿泊方法で不満が出たからと言って八つ当たりするような非常識さも持ち合わせてないのを知っていたので気に留める必要性も感じられなかったのだ。
"聖獣と交流のある人族"としての期間最長記録を現在進行形で更新し続けている龍真だったが本人にその自覚は皆無だった。
《この程度では物足りぬが…まぁ仕方あるまい》
「少しは発散出来たみたいだな」
もう一度大丈夫だとリオンに諭してシオンに視線を向けると既に事は終わっていた。
返り血の1つも無く悠然と戻って来たシオンは未だ物足りない様子だったが多少の気晴らしにはなったようだ。
"主が私の相手をしてくれれば一番手っ取り早く済むのだがな"と視線で訴えるシオンを龍真はスルーする。少なくとも今の状況ではそれは不可能だし、シオンもそれを理解しているからこそ口に出さないのだ。
「さて、確認なんだがリオン…此処から帝都リリーファルナまで徒歩で帰るならどれくらい掛かるんだ?」
「そうだね、リオン達が帝都から出発してテムジェに着いたのは…大体2日くらいだったよ。リオン達ゆっくりだったし本当はもっと早いのかも知れないけど」
今度はリオンの気持ちの切り替えに焦点を向けた龍真は、シオンの首を数回撫でた後リオンの方を向きテムジェ付近から帝都までの距離を訊ねる。
過敏になってる感情を刺激しない無難且つ帰還するに当たって適切な問い掛けだと判断したからだった。
龍真の質問を受けたリオンは自分が帝都を出た時に要した移動時間を応える。テムジェから"勇滅の森"に向かった時と同様、緩やかな移動速度だったようで誤差はありそうだ。
「それならミアティスに空から帝都を探して貰って、最短距離で行くのが無難だな。行く時は迂回とかもしてただろうし」
龍真が今後の方針を考えて目配せするとミアティスは龍真の指示が出るまでもなくにこりと微笑み上空へ舞い上がった。
数十人規模の護衛部隊では移動出来ない場所も存在するだろうし、最短ルートを使うことで多少困難な道を通ればリオンを狙う者への撹乱にも繋がる、という合理的な結論でそう決めたのだ。
「そうかも。リオン達が向かう時は整った道ばかりだったから。…でも龍真君、もしかしてまた、聖獣様に乗って行くの?」
ミアティスが飛び立って直ぐリオンは歩きながら龍真に近付いていくと帝都までの移動方法を訊ねてきた。当然シオンに聴こえないように小声で。
「ん…現状出来る移動手段で一番最適だからな。昨日乗ったのはやっぱり怖かったか?」
流石に馬であることを蔑ろにしてシオンの翼で空中移動など未だ目立った行動は行うべきではないし、龍真とリオンが背に乗って駆ける移動方法が最適だとはいったが一度目に行ったテムジェまでの乗馬が中々に堪えているのだろう。リオンの声は若干消沈気味であった。
「そ、それもあるけどっ。やっぱり聖獣様に乗るなんて畏れ多いというかなんというか…ね?」
リオンは自分が行う所作も失礼ではないかと萎縮していたようだ。"全部言わなくても伝わるよね?"というような上目遣いと眼差しで龍真に訴えてくる。
「リオン、気持ちは分からなくもないが昨日も話した通り今のシオンは馬として扱うべきなんだ。心苦しいかも知れないが乗ってくれ…それと」
「っ!?」
龍真はそこで一度会話を区切りリオンの肩に手を添えた。急な動作を受けたリオンは条件反射のように肩をぴくりと跳ねさせ、驚きで眼を見開く。
「どんな状況になっても俺が守って連れて帰る。信じてくれ」
リオンの眼を見て語り掛ける龍真は真剣そのものだった。寧ろ真剣過ぎてリオンの頬が紅潮してるのを気付かない程である。
「うんっ、ありがと…龍真君」
それだけを何とか口に出来たリオンはシオンの背に乗る恐怖や心苦しさよりも龍真が紡いだ言葉による胸の高鳴りの方が勝ってしまっていた。謀らずも狙い通り恐怖心を和らげることに成功したのだ。
「…マスター、帝都リリーファルナの位置を把握しました。こちらの方角に直進すれば最短で到着します」
リオンの気が紛れて別な事に意識が向いて直ぐに空中探索を終えたミアティスが龍真達に合流した。
ミアティスが上空から捉えた帝都リリーファルナの位置は現在進んでいる整備された道から少し右方向にずれた方だったようでその方角を指差した。
「成程、じゃあこの方角に直進か。シオン…」
《うむ、分かっておる》
ミアティスが指差す方角に行かない理由はなく、龍真はシオンを呼びつけ隣に近付ける。
視線だけで伝わっていたシオンは龍真が話している途中から既に動いており直ぐに龍真が乗り易い位置に着いた。
「よし、行こうか。今度は少しリオンのことも考えて少し加減してな」
「宜しくお願いします、聖獣様っ」
龍真がシオンの背に跨がり手を差し伸べてリオンをその後ろに乗せるとテムジェへ向かった時のように布を2人の胴に巻き付けて準備を整える。リオンが何と言おうとこのまま進むのだろうと覚悟を決めて龍真の背にしがみつくとシオンは帝都に向けて最短距離で駆け出した。
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────────…
砦街テムジェを出て1日後。
龍真達の姿は帝都リリーファルナを視認出来る位置まで接近していた。
道中、川が行く手を阻んだり断裂した谷があったり林道があったりしたがシオンはそれを意に介さず、川から出ている岩を軽快に飛び抜け、断裂した道から反対側へ力強くジャンプし、林道から問答無用で襲い掛かる魔物を蹴散らして夜通し移動してきたのだ。
無論、途中で休憩を挟むことは忘れなかったが。
「こ…こんなに早く帝都に戻ってくるなんて…っ」
「リオン、帝都に帰って来ましたね…」
林道を抜け少し高い岩壁へ出た龍真達は眼下に広がる色彩豊かな自然とその先に存在する"帝都リリーファルナ"を一望した。
短時間の夜営と休息だけで帝都が見える距離まで辿り着いたことに驚くリオンに合わせ、リオンの担当精霊のメリアまで思わず声を漏らしていた。
(此処が帝都…か)
龍真も声にこそ出さないが先に見える未知の建造物に想いを馳せていた。
「…リオン、此処から先は誰が見てるかも分からないだろうし徒歩で向かおう。口調も戻した方が良いかも知れない」
「そっか、残念だけどリオンも我慢する。龍真君を困らせたくないしねっ」
帝都が目視出来る距離ということもあり、龍真は【識別眼】の感知範囲を拡げるとリオンと自分を結ぶ布を解いてシオンから降り、続いてリオンを降ろしながら公での関係に戻すことを勧めた。
リオンは毎度のことながら名残惜し気な表情を見せながらも納得出来ない理由もなく素直に頷いたのだった。
《では、今が頃合いだろうな。皆、少し眩しくなるだろうから少し眼を綴じていてくれぬか?なに、変なことはしたりせぬ》
龍真とリオンが背中から降りて行動の自由を得たシオンは吐息を吐き出すと改まって龍真達の方を向き、変なことをしないと念押しした上で眼を綴じて欲しいと頼んできた。
「それは別に良いが一体何を…まぁやらせてみれば分かるか」
各々気になっただろうと思い龍真が代表する形で真っ先に口を開いたが結果を見てのお楽しみと言わんばかりのシオンの眼を見て無駄だと悟り瞼を綴じた。
ミアティスやリオンもそれに習って視界を閉鎖する。
《……んんっ!!》
「っ!」
龍真達が全員瞼を綴じたのを確認するとシオンは声を漏らし力を込めた。
するとシオンの全身が光に包まれ淡い光を発し、龍真達に暖かな風が吹き抜ける。
(シオン…何か形状が変わって…っ!これは…人型か?)
強烈な輝きを放つシオンの状態にも識別を追加した龍真が脳裏で見たのは漆黒の天馬の容姿から人族の形へ変化していく様子だった。
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先月は中々更新も出来ず滞っていたのに気付いたら増えていて本当に嬉しく思います。




