2度目のスレイリンク
《龍真よ、そろそろまた本気で戦ってみぬか?》
それは唐突なシオンの提案だった。
シオンとミアティスが住んで約3ヶ月が経過していた。その間特に住居を襲われる事も無く平和に過ごし最早日課になった早朝からの鍛練、朝食、勉学の一連の流れを終え、昼の食事を済ませ自由時間となり外に出た所声を掛けられたのだ。
「シオン、本気で戦うって言ったって…場所は?」
《心配無い、もう確保しておる》
「…時間は?」
《私は今すぐにでも構わぬぞ?龍真の準備が出来たなら行こう》
「……なんでまた唐突に?」
《私が戦いたいと思ったからだ、それ以外あるまい?》
龍真が出した幾つかの質問にシオンは淀みなく即答する。事前に準備していたかのような用意周到ぶりだった。
ミアティスが人族としての言葉を学ぶ過程で龍真もそっちで喋る事をイメージし始め、シオンは元から人族の言語を理解していて念話で返せる事から龍真はシオンに対して魔物に伝わるようにではなく普通に話している。
「いや、なら断る。そんな何処かの戦闘狂みたいな軽い流れでお前と戦わないといけないんだ?」
理由無く無駄な戦いをしようと切り出したシオンに龍真はあからさまに面倒臭そうな表情を浮かべて決闘の申し出を断った。平和に過ごしているのに無理に命を危険に晒す必要は無いし聖獣との決闘イベントは以前フェルスアピナの群れの住処で行ったのだ。
次に大きく事を動かす龍真が17歳の時まで何らかのイベント、それも同じような決闘イベントを重ねて起こす必要性は一切感じないし、そんな物を行ったとしていざ小説に起こした時読者が望むとも思えなかった。
《龍真よ、これを受けるのに無意味にやれとは言わん。お主が見事私を倒した暁には、私とのスレイリンクを認めようではないかっ!》
「…本気で言ってるのか、それ」
決闘を渋る事はおろか面倒臭そうに断られたシオンは何の見返りも無く龍真に提案した訳ではなかった。
自らを倒す事を条件に龍真とのスレイリンクを認めると持ち掛けて来たのだ。
これを聞いた龍真としても黙って無視する訳にはいかない。自分が高位の魔物・聖獣だという立場にプライドを持ち、以前の戦いでもスレイリンクは許せず友人としての同行までで妥協したシオンからのこの提案なのだ。未だ数ヶ月という長い付き合いとは決して言えない期間しか過ごしてない龍真が普通に考えてもそれは破格な提案だと思った。
《うむ、言った事に嘘偽りは無い。龍真が私を倒せたらの話だがな》
龍真が一度聞いた事を遠回しにもう一度確認してみたのだがシオンの意思に揺らぎは見えなかった。本気で勝利するのを条件に龍真とスレイリンクするつもりだと分かると龍真の眼の色も一変する。
「何処までやるつもりか話す必要があるだろうが、以前戦った時と同じじゃないのは把握してて言ってるんだろうな?」
《その気が出て来たようだな、龍真の成長を一番身近で見ているのは私だぞ?それは要らぬ気遣いというものだ》
適当に流そうとしていた面倒臭さが滲み出る表情から真剣な面持ちに変化した龍真を見てシオンもこの提案は効果覿面だったとほくそ笑む。
龍真がシオンを友人として扱うのは変わらないがそれでもスレイリンクして傍に置いておきたいのは鍛練や勉学の合間に幾度か耳にしていた。自分が本気で戦う相手が極端に少ないシオンにとって勝利するなら良し、龍真が勝利してもシオンが敵わない相手が傍に居る事になってそれはそれで良し、というどちらにしても満足出来る状況を作ったのだ。
「わかった、それならお前と戦う。殺すつもりも殺されるつもりもないからそれを踏まえてだな」
《その程度の事分かっておるわ、では行くぞ。龍真よ、私の背に乗れ》
シオンに促され龍真は翼を動かす邪魔にならないように背中に跨がる。体毛を掴んで支える訳には行かず首飾りの紐のような部分を掴むとシオンは翼を拡げて羽ばたき、上空へ舞い上がった。
「…っ、こんな感覚なのか」
乗馬経験が全くない龍真が乗馬器具も無く、更には高所に上がり不安定な状態で姿勢を維持して踏ん張れたのは若くなった身体と成長スキル、そしてシオンとの日々の鍛練の賜物だろう。
転移したばかりの龍真であれば高所への恐怖や不安定な背中の影響で簡単に落下していた筈だ。
《多少の重量は感じるが飛行には問題無さそうだな…何せ私も誰かを背に乗せるのは初めてなのだ、少し慎重に向かうとしよう》
「嘘だろ…仕方無いな」
長寿で永い時間を生きてきた筈のシオンから告げられた初めての体験発言にてっきり慣れてる物だとばかり思って身を任せる気満々だった龍真は一瞬血の気が引いたが、直ぐに気持ちを切り替えて空の乗馬に集中した。
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《つ、着いたぞ。此処だ》
"勇滅の森"の上空をシオンが飛行し龍真達は森の一部で荒野と化してる場所へと降り立った。
「…俺が勝負に勝ってお前をスレイモンスターにしたら、真っ先に乗馬道具を作ってやる…」
シオンの背から降りた龍真は早々とシオンから離れ乱れた息を整えるとスキルの一つ【感情保護】を使わなかったのを後悔しながら次に乗る時の事を考えて勝利後の話をする。
お互いに初めて行う乗馬飛行の乗り心地ははっきり言って最悪だったのだ。こんな状態で長時間飛ばなかったのがせめてもの救いだと龍真は心底思った。
《ぬ…早くも勝利宣言か。私に対してそのような口を聞く人族などお前くらいなものだろうな!》
自分の不手際があった自覚を持っていたシオンはばつの悪さを払拭するが如く光属性魔法を収束し全身を光で包み込んで戦闘準備を始める。
「お前を敬う…って気持ちが有るかと言われたら微妙だしな。年の功で教えてくれた事には感謝してるが、それとこれとは別な話だ」
待った無しに準備を始めたシオンに対して龍真もスキル【神圧】を解き放ち周辺を呑み込むようなプレッシャーを与える。文字通り神が与える圧力を相手に放つのだ。
《気にする必要はないぞ?何故なら私にとっても良い暇潰しになったからだ。…成程、良い圧力だ、並の者ではひとたまりもあるまいな》
どうやらシオンに対しては全く効いてない訳では無いが、萎縮する程の物ではないようだ。その辺は龍真も期待しておらず使う機会の少ないスキルを取り敢えず使用しておいたという感じだった。
「少し雰囲気が変わった程度に捉えられれば別に良いしな、じゃあ決まり事の確認するぞ?"即死、消滅系統のスキルは無し"、"治療出来ない怪我、切断なども禁止"、"どちらかが降参を告げるか意識を飛ばした時点で決着"…それで問題無いな?」
龍真の左眼が光を灯し【識別眼】を発動させるとミアティスに加工して貰い定期的に改良を加えてきた元イビルティグレスの牙の刀剣を出し、柄を握るとシオンに構える。龍真はこの刀剣を"エアル・ブレイカー"と名付けていた。完全に中二脳である。
《勿論だ、では行くぞ龍真よ》
龍真がへし折った黄金の角はシオンとミアティスが住居に住んでから早い段階で綺麗に整えられている。そこから少しだけ伸びた黄金の角に一層光を収束させたシオンはルールを承諾すると、武器を構えた事を開始の合図と取り以前の戦いより数段速い速度で突進を繰り出した。
龍真の魔力に反応して、ミアティスが埋め込みフェルスアピナが得意な風属性の魔力を込めた宝玉が力を発揮し、突進で切り裂く風の動きに合わせて吸い込まれるように角を受け止めると龍真は自分とエアル・ブレイカーの刀身に衝撃を残さないようにシオンを脇に受け流す。
龍真自身の強さも上がっていたが持っている武器の性能も雲泥の差と言える程上がっており、それが攻防の幅を拡げていた為龍真は心の中でミアティスに感謝を述べた。
因みに龍真は攻撃を無効化するスキル【断絶結界】は使用していない。
スキル使用に制限を掛けたら本気の勝負では無いのでは、と突っ込まれそうだが、シオンが求めていたのは血肉が躍る力のぶつかり合いでの戦いだと龍真は理解していた為龍真の方からそういう状況下での"本気"を提案したのだ。
そして何より、そういう戦いでないと面白みが無いだろうと感じていたのだ。
こうして龍真にとって2度目のスレイリンクを賭けた戦いが幕を開けた。
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