魔物が増えた生活 2
龍真達が住居として使っている洞窟から少し離れた開けた場所で龍真とシオンは戦っていた。
《龍真よ、そろそろ終わりにしておこうか》
区切り良くスキルを使った所で動いていたシオンが足を止め、今日の鍛練の終了を告げる。
それを聞いた龍真もイビルティグレスの牙を下ろし【自由保存】に戻す。
《良いのか?俺は未だ問題無いが…》
《龍真が人族の所へ顔を出すのは未だ期間が有るのだろう?だったら無理せずとも続ける事が大事だ。それに、他に勉学やら住居の整備やらが必要だと言ってたではないか。そちらに割く時間も削る訳にはいかないだろうからな》
鍛練中にも固有スキルのお陰でレベルを上げてる龍真は体力的にも問題無く継続しても良かったが同じく余裕だったシオンに諌められ、他の作業にも手を回す時間を失念していた事を思い出した。
《それもそうだな。じゃあ戻ろうか》
山積みになっているやるべき事を解消する為に龍真はあっさりと鍛練を中止して洞窟の中へと戻って行く。
《マスター、シオン様、その…お帰りなさい。ご飯、作ったの》
龍真とシオンが洞窟の中へ足を踏み入れると中から香ばしい香りが漂ってきた。
鍛練で2時間程身体を動かしていた龍真達は胃袋を刺激され匂いを辿り匂いの元へ到着するとミアティスが朝食を準備してくれていた。
因みにはだけていた服もどきはちゃんと着直されている。
《これは、ミアティスが作ったのか?》
木を切り裂いて円形のテーブルとして置かれた物に木製の皿が並べられ、その上には木の実、川に生息していた魚のような魔物の丸焼き、程良く焼けた肉、貫いて引き上げた温泉で茹でられたであろう卵…そして、小皿に乗せられた塩と胡椒らしき物体が存在していた。
《うん、私…魔法、少し使えるし、お母さんに聞いたり見に行ったりして人族の料理、ちょっと出来てた。群れの中では無駄って言われて役立たずって言われてたけど、マスター達の役に立てるかもって、思って》
作った事を肯定したミアティスは以前から人族風の料理を知っていて、よく同族の狩りもさせられていた事を話し、自分がスレイモンスターとして龍真に出来る事を思い付いてやってみたのだと上目遣いで見上げながら暴露する。
自信が全く無いのは勝手に狩りをして勝手に物を増やして頼まれてない事をやった事で叱られるのではないかと思ってしまったからだった。
《いや…充分過ぎるくらいだ。これは塩と胡椒か?》
ミアティスは起きていても適当に時間を潰していたとばかり思っていた龍真は魔物らしからぬ人間的な振舞いで持てなされ予想以上のミアティスの器用さに驚いていた。
早速テーブルに座ると一番気になっていた塩と胡椒と思われる粉を【識別眼】で見分け、人間が食べても害はないか確認してから口に含む。
ミアティスが出した物を疑ってる訳では無いが人間の胃袋と魔物の胃袋は造りが異なってるだろうと判断して念を入れたのだ。
久々に口に広がる塩分と続いて舐めたスパイスを龍真は咥内で堪能する。
《しお?こしょう?…マスター、これ…白結晶と黒結晶って言って、人族の料理に欠かせない物なの。マスター、違う名前で呼んでるの?》
味は完全に塩と胡椒なのだが、この世界での一般的な呼び方は白結晶と黒結晶だと分かった。
龍真がどの場所でも龍真という名前であるように、名称に関しては変換されないのだろう。
そう言った物も新鮮だと捉えて楽しむしかないと考えてる龍真でも面倒な物は面倒だった。
《そうだな。でも味は一緒だ》
毎回塩、胡椒と呼べばミアティスも追随したり使い分けで引っ掛かるだろうと断定した龍真は異世界名称で統一する事を選択した。
此処は日本…ましてや地球ですら無いのだ。
《それにしても、ミアティスは一体これを何処で…》
《龍真、そしてミアティスよ…そう言う話は食べながらでも出来るだろう?…であればもう食べんか?折角の旨そうな料理が冷めてしまうからな》
調味料を何処から調達したのか凄く気になった龍真がミアティスに尋ねようとしたら耐え兼ねたシオンに中断され、律儀に一緒に食べないかと促された。
《それもそうだな、ミアティス…ありがとな》
待ち切れないシオンに同調し我慢して食べるのを長引かせる気など毛頭無かった龍真は、隣りを陣取るミアティスの頭を撫でて笑みを浮かべ礼を伝える。
それぞれ思い思いに口に運び、龍真は久し振りの誰かの手料理と素材以外の味を堪能するのだった。
《ご馳走様、久々に旨かった》
食後に果実を搾った飲み物を飲み干すと龍真は満足げに壁に凭れ掛かった。
それだけ素材の味と白結晶(塩)と黒結晶(胡椒)を足した味が別格だったのだ。
《うむ、ミアティスよ…そなたの食事、中々に美味であったぞ。今後も頼めぬか?》
今、正に龍真が頼もうとしていたミアティスの食事当番をシオンの方が先に要求した。
恥ずかしげに頬を染めこくこくと頷くミアティスを見るとシオンは龍真へ視線を戻す。
《して、龍真よ。今度は世界情勢の知識を初歩的な物から叩き込みたいと思うのだが…覚悟は出来ておるか?》
朝食前に身体を動かし、食後に頭を働かせようとシオンは提案する。
昼の食事の前に鍛練と勉学を終わらせ、その後自由行動を取る流れを作っておいた方が計画的なのは確かだった。
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《……というのが基本的な常識だ、分からぬ事はあるか?》
洞窟の外の木々や花が咲き乱れる陽当たりの良い場所で数個の木を切り、切り株を椅子変わりにして龍真はシオンを教師としてこの世界の基本的な事を一通り教えて貰っていた。
それによって同じ物でも名称の違う物や同一の物を理解出来て予備知識が増えた龍真は伐採した木の皮にナイフでメモして【自由保存】に次々収納して行った。
この場で携帯や紙を取り出してペンで書いて残そう物なら要らない詮索を受けるだろうと見越しての一手間だ。
スレイリンクしたミアティスもシオンにも、異世界人だと話すには未だ早計だったし聖獣として永い時を生きたシオンの興味を惹かない内容な訳じゃないのは龍真本人が一番理解していた。
裏切るケースも頭の片隅に残しておいて安全策を暫く取っていく龍真だった。
《今のところ特に無いな。疑問に思ってた所はシオンが解消してくれてる》
幼子に諭すように噛み砕いて説明するシオンは黄金角のペガサスにしておくには勿体無い程指導のやり方が上手かった。
誰かに指南していた経験が有ったのかも知れないが不要な詮索は知識の吸収から脱線した話に方向転換する可能性が高い事から本人が語るまで追及しない事にしている。
友情の間の節度である。
《そうかそうか、それならば良いのだ!では、今日は此処までにして食事にしようではないか!》
人間の集中力を考慮しての判断だろうか、シオンが切り上げるタイミングも絶妙だった。
食事が出来てミアティスが呼びに来たのはその直後の事だったのでどの道食事に入っていただろう。
《…あの、マスター。倒した魔物って、保存…してる?》
ミアティスが龍真にそんな事を聴いてきたのは、食事を済ませて寛ぎながらこれから何を済ませようか考えていた時だった。
《ん…まぁ、敵意を持って問答無用で襲って来た魔物は倒して対処して念の為保存してるが…どうかしたか?》
龍真とミアティスが初めて会った時にミアティスが襲われたミノタウロスに酷似した魔物、グラ・ダルガスを倒して解体して素材に変えなかった事を思い出したから尋ねたミアティスだったが、龍真は今まで倒してきた魔物の事だと捉えてしまった。
《もしかして、一杯…居る?マスター、私…手があって食べれる魔物とか、切り分けてたから…っ、解体、する?》
グラ・ダルガスの他にも何体か居るのだと理解したミアティスだったが構わず龍真に解体を申し出てきた。
《「解体してくれるのか?それは正直有難いが、食べるのと素材に分けるのはちょっと違うかもな…もちことシオンは知ってるか?」》
龍真がミアティスに解体して貰えるか確認すると姿を消していたもちこが姿を現し、それに気付いた龍真がシオンともちこに解体知識があるか尋ねる。
《この通り四つ足で自分でしたことは無いが、人族が何処を重宝しているかは勿論分かるぞ?》
「私は人族と行動を共にしてるし欲しい部位は大体分かるけど、"勇滅の森"の魔物はどれも希少価値だから売るのを考えてるなら時間を置いてからが良いよ?」
もちこもシオンも解体に対する知識を持っていて龍真は安堵した。
よく考えれば分別出来てるとは言え、魔物の亡骸をそのまま残しておくのは余り気持ち良い物ではないので解体出来るなら早めに解体しておきたかったのだ。
《それならこの近くに解体する場所を作ろうか。一ヶ所でした方が楽だしな》
もちこからの売却注意を聞き入れつつ、解体場を作りそこで魔物の解体を始める事で今後の作業が決まった。
心なしかミアティスが気合いを入れたように見えたのは龍真の気のせいではないだろう。
読んで下さってる皆さん、いつも本当に有難うございます。




