無難なところで…
同行しないと答えたミアティスの母親に一番驚きを示していたのは当然というべきか、ミアティスだった。
《え、でもお母さん…それなら、何処に行くの?》
群れを作り生活するフェルスアピナだが今はミアティスの母親一体、その母親が何処で何をするのか不安に駆られたミアティスは母親の居場所だけでも聞いておかねばならないと行き先を尋ねる。
《此処に居ますよ。龍真さんの住居は恐らく此処からそれ程離れていないのでしょう?》
ミアティスの母親は龍真の方へ視線を向け、龍真は同意して頷く。
《でしたら余計、何かあった時の避難場所は必要ではないですか?》
この一言でミアティスを始め龍真達は一緒に行かないと決めた真意を察した。
何が起こるか分からない危険と隣り合わせの"勇滅の森"で第2の住居としての場所を確保しつつ留守を任せて欲しいと言うのだ。
《理由は分かった。でも群れを成してないと生活は困難じゃないのか?》
フェルスアピナの住処に居着く理由には納得するも生活の継続に不安が有るのではと思い至った龍真は本人の残る意思を汲み取りつつどうして行くか確認する。
《元々、同族との生活に余り馴染めていませんでしたから、生活するのに困る事は有りませんよ》
龍真とミルガ・ヴォリオスは知らないがミアティスの母親も人族との混血だ。
元より野性的な生活に違和感を覚えてた上で、娘のミアティスを守りながら生活していた以前と比べれば単独での生活にも支障は無かったのだ。
《じゃあ、お母さん…っ。遊びに、来ても…良い?》
避難場所の留守を預かるとはいえ一人でいつの間にか居なくなってるのは嫌でまだ成体ではないミアティスは何とかして母親と繋がりを持とうと食い下がる。
一度永遠の離別を覚悟してから過ごす時間が出来たのだ、甘えたい盛りなのも考えれば当然だろう。
《それは…マスターの龍真さん次第よ?今の貴女は龍真さんのスレイモンスターなんですから》
スレイリンクした後は親子関係であっても自由が制限されるようだ。
だから相互の同意が必要で有り、血の契約等と言う手順を踏み実行される上スレイモンスターと共に居る者が少ないのだった。
勿論ミアティスの母親はそれを理解した上で娘を頼んだのだから判断を龍真に委ねたのも当然の事だった。
《…マスター》
《必要な時に帰って来るなら遊びに行っても構わないけどな。戻るのに危険を感じる時間になったなら親子水入らずで泊まってから帰れば良い事だし》
眉を下げて申し訳無さそうに視線を向けて来るミアティスが皆まで言う前に龍真は許可を出して頷く。
元より現状それを制限する理由も無いし本来の親子関係で過ごす時間も大切だと判断したからだ。
3年後に人里へ向かうと計画していた龍真としてはその時嫌でも同行させる事になる為、限り有る時間を有効に使って貰いたかったのだ。
《あり、がと…マスター。人族って…もっと、怖いって…思ってた》
ミアティスの中では人族は力弱くとも残忍で卑劣で無慈悲な生物だという先入観が有った。
その為あっさり了承を得られると思ってなかったのだろう。
魔物の言葉にも適用された龍真のスキルがあったからこそ滞りなく話を進められたのであって、他の人族ではスレイリンクを行うだけでも苦労するのは明白だった。
《そろそろ話は纏まったようだな。では龍真よ今度は私の話を聞いて貰おうか》
聖獣とも呼ばれる高位の魔物の癖に、場の空気を読んで親子の会話が一段落付くまで待っていたミルガ・ヴォリオスが待ってましたと言わんばかりに口を開く。
《どうしたんだ?…ミルガ》
《ええい、その呼び名は止めんか!龍真、これから私も友として同行するのだ。人の居る場所に行くとなれば"聖獣様"ともなれば騒ぎになって不便だろう?》
《まぁ…確かに》
"寧ろ聖獣という存在自体が騒ぎの種になって不便だが…"という突っ込みを喉から出る前に押し留めた龍真はミアティスの呼び方も考えてミルガ・ヴォリオスに同意する。
《そう、だから私にも"特別に"龍真が名付ける事を許可してやろう、良い名を名付けるのだぞ?》
《…何だそれは》
結局の所、聖獣でもミルガでも無く名前が欲しいとねだった。尊大に特別という部分を強調して。
《聖獣様の名付けが出来るなんて…やっぱり、マスター…すごい》
龍真が断ろうとして口を開く前に尊敬の眼差しを向けるミアティスを見て、龍真の断る意思は鳴りをひそめた。
純粋に尊敬するのを無下に出来る程龍真は青くないのだ。
《仕方無いな…考えるか。そうだな…》
今、龍真が考えてるのは2つの方向だった。
1つは漆黒のペガサスに相応しく真面目に名付ける事。
もう1つはもちこ同様安直に悪ノリで名付ける事。
(もちこ見たいな名前を付けたら色々言われるだろうな…かといって真面目過ぎたらもちこが面倒だ)
変な名前を名付けるとミルガ・ヴォリオスやミアティスに何か言われるのが明白で、1人だけふざけた名前で残すともちこが黙っていないだろうという状況で龍真は無難な名前を名付ける事に決めた。
(…そういえば、有名RPGゲームのシリーズでペガサスに付けてた名前があったな。それを省略したので良いか)
名前を決める龍真を今か今かと待ってる魔物達の視線を受けて余り考える時間も無いと察した龍真は名前を決めて口を開く。
《「よし、じゃあ"シオン"。お前は聖獣の"シオン"って事でどうだ?」》
《…シオンか、名前を略した短絡的な名前だったらどうしてやろうかと思ったが…案外まともな名を付けるのだな》
龍真の名付けた名前を噛み締めるようにして覚えたミルガ・ヴォリオス、シオンは龍真のネーミングを満足げに評価した。
ゲームのペガサスから引用して省略した上、雄でも雌でも使える名前にしただけとは口が裂けても言えない事実である。
「龍真さん、私だけもちこって付けるなんてやっぱり酷いと思うなぁ…」
名付けた会話が共通で伝わった事でもちこが姿を現し、ミアティスの時程では無い物の龍真に抗議しながらジト目を向ける。
「いや、もちこだって悪い名前じゃないんだぞ?」
「他の名前と系統が違うよね?誤魔化されないんだからっ」
名前の意味としては悪い物じゃないと弁解する龍真だが、何の慰めにもならなかったので落ち着くまでそっとしておく事にした。
《シオン様、覚えた。マスター、呼び易い名前…ありがと》
間の悪さなど関係無いと言わんばかりにミアティスが龍真に話し掛ける。
名前を付けていても様付けが取れないのは魔物の中でも身分があるのだろうと龍真は察して無理に訂正しない事にした。
《…取り敢えず、他は特に何も無いな?…どうした?》
ミルガ・ヴォリオスの名前を付けて今度こそ一段落しただろうと思い住処へ戻ろうとした龍真だが考え込んでいるミアティスの母親に気付き何か有るのか確認する。
《皆名を付けたのでしたら私も付けておきましょうか、ミアティスの母ですからレティスとでも名乗りましょう》
この場に関係している全員の中で自分一人だけ名前が無いのは不便だと感じたのか、ミアティスの母親は自分で名前を考えその場にぶっ込んで来た。
それもミアティスという名前に被るように。
《お母さん、名前…考えてたんだ…》
《ふむ、やりおるな》
《じゃあ…レティス、さん?で良いのか》
それぞれが思い思いの反応を示すとレティスは微笑みを浮かべた。
恐らく何も知らない人族では魔物の微笑みなど見る事も出来ない貴重な体験なのだが、【多言語理解】を持つ龍真には割と日常的な光景でもある。
《レティスで良いですよ、龍真さん。貴方は私達親子を救ってくれたんですから…》
クリスマスイブですね、もうすぐ年末です。
読んで下さってる皆さん、いつも本当に有難うございます。




