第7話
家で、夜会で、クリステラはロレンスの周りを纏わりつくようになった。私が大切に思っていれば思っているほどクリステラにとっては美味しい獲物なのだ。涎を垂らしてロレンスの周りを徘徊している。態とよろめいて倒れ込んでみたり、腕に胸を押し付けて甘えてみたり…当然ながら私はいい気持ちがしない。
うじうじイライラする。
すると決まって「ヴィオ」と呼ばれる。ロレンスが言外に「負け犬の顔をするな」と言っているのだ。
ロレンスは私の方を愛してくれている。それは態度の端々から感じ取れる。言葉に出して「惚れている」ということもある。私は負け犬ではない。ロレンスに愛されているのだ。自信を持たなければ…しかし我が家の庭園でもクリステラに纏わりつかれる。纏わりつかれるのが嫌なら離れたところでデートすれば?といわれるかもしれないが、ロレンスは「自分がクリステラに靡かない」ことを私に見せているつもりであるようだ。確かに楽々あしらっていて歯牙にもかけない感じは伝わってくる。
でもイライラすることはイライラする。
ロレンスは私のものなのに。
クリステラは美味しいご馳走を前に健気な乙女アピールが絶好調だし。
「それでね、アイリーンははっと気づくの。『バートは私を愛している』と…愛って不思議ですよね…」
今は聞いてもいないのに熱心に最近読んだ『ヤドリギの下で』という恋物語の感想を述べている。私も聞くとはなしに聞いているが、何となくこの話の展開が読めた。そして長年繰り返されてきたクリステラの行動パターンも。
「ヤドリギの下で待つバートを目にして、アイリーンは微笑んで、ちょっと背伸びしてキスするの。こんなふう…」
ロレンスの唇に自分の唇をくっつけようとしたクリステラの頬を打つ。
「痛っ…!」
「クリステラ。これは私『が』愛して、私『を』愛している、私だけの男なの。気安く触らないで。」
クリステラの前で、見せつけるようにロレンスの唇を奪った。
私に火をつけたのは未だかつて覚えのない闘争心。ロレンスは私のものだという自負。奪わせることなど決して許しはしない。私の中にぱっと燃えるような情熱が弾けた。
クリステラは茫然とした後、戦慄いたと思ったら、びゃーびゃー泣きながら立ち去ってしまった。
ロレンスが私を抱き寄せて唇を貪った。激しいキスにあわあわと狼狽えていると護衛が存在を主張するように「エホン」と咳払いした。
「これくらい見逃せよ。」
ロレンスが護衛を睨んだ。
「どこまでエスカレートされるかわかりませんからな。」
護衛はしれっとした顔で言い返した。
ロレンスは私を撫でて抱き締めた。
「とりあえず『勝ち犬レッスン』はこんなもんでいいだろう。あの雌犬も噛まれたら痛いことくらい多少は思い知ったさ。」
「そうかなあ…」
勝ち犬レッスンってなんだろう。
クリステラが懲りたかもしれないという意見には大分懐疑的だけれど。直ぐにぴゃーぴゃー泣く癖に一晩もすればケロッとしていることが殆どだから。
「あの雌犬は完全にお前を舐め切って、『自分が勝てるのは当たり前』だと思い込んでいたのさ。負け犬のお前は『絶対に自分に牙など剥かない』と思い込んで。その根底を覆したんだから、ショックだっただろうよ。」
うーむ…
「懲りてなかったら懲りるまで何度でも牙を剥いてやれ。」
「がんばる…」
何度でもクリステラに歯向かってみせる。今なら絶対にクリステラに負けない気がするのだ。
「けど…」
それには
「ロレンスはずっと私だけを見てなきゃダメだよ…?」
私は「ロレンスに愛されている」という自信が無ければ戦えはしないから。ロレンスが愛してくれなきゃ強くなれない。
じっと上目遣いでロレンスを見つめると軽く鼻を覆った。何だか悶絶しているようだ。
「……これはGOだろ?」
「いけません。」
護衛の人と何か言い合っている。
***
ロレンスの言った通りクリステラは『私に噛まれることもある』ことを思い知ったようだ。「私のものを奪う」というスタイルから「自分のものを奪われないようにする」スタイルに入ってしまったようだ。まずは両親の愛情を奪われないように…と思っているようなのだが、長年のクリステラの私に対する仕打ちに両親としても思うところがあるらしく、両親は微妙にクリステラとは距離を置いている。それがクリステラを震撼させたらしく今は両親に見てもらおうと一生懸命健気な良い子のように振舞うのに必死だ。
一度は愛した我が子なのだから両親もいずれは絆されてくれると思うが、そこに辿り着くまでの道のりは遠そうである。
勝ち犬レッスンを乗り越えた私は…
「ヴィオレッタ嬢、次は僕と踊ってください。」
「いえ、僕と…」
「あちらで軽食など召し上がりませんか?」
……何故かモテモテに。
元地はあの超美少女クリステラと同じ血を引いているわけで、顔立ち自体はそこそこ整っていたのだが、勝者の自信をつけると美しく見えるらしく、他所様の気を引いてしまっている。とはいえ私の心はロレンスだけのものなんだけどね。こうやって掴まってると大抵頃合いを見計らって…
「ヴィオ。尻尾を振るのは俺だけでいい。」
きた。ロレンスが私を抱き寄せて腕の中に囲う。
「……犬扱いは止めてくださいまし。」
唇を尖らせる。
「結婚したら嫁扱いしてやるよ。」
ツンツンと唇を指でつつかれた。
うう…嫁扱いか。それってどんなの?聞いてみたいけど怖いような気がする。嬉しいけど恥かしい。お砂糖の海に沈められたらどうしよう。
酒場で馬鹿なことを話しながら笑い合ってた頃はこんなロレンス知らなかった。
「ほら、踊るぞ。」
ロレンスの乱暴な手つきは、少し優しい。